学校に着いてからも、遥は魔法少女の話題を口にし続けていた。というか、校内あちこちでこの話題でもちきりだった。昨日以上の盛り上がりだったし、覆面男がこの学校にいると誰もが確信していた。
本当に、制服のまま戦うべきじゃなかった。
学校内では、遥と俺は特によく話すというわけじゃない。けど聞こえてくる。遥が同性の友達と仲良くおしゃべりしている、魔法少女が可愛いとかそんな感じの内容。
チラチラとこっちを見ている気がするのは気のせいか。
その他にも、学校を挙げて魔法少女と覆面男を支援するべきだとの意見とか、ファンクラブを作ろうって声まで聞こえてきた。もちろん、覆面男を探そうって声も。勘弁してくれ。
魔法少女シャイニーセイバーが、胸は無いけれど可愛いという意見は生徒全体の意見として一致していた。
女は巨乳に限るとかいってクラスの女子から引かれているお調子者の男子生徒が、ああいうのも良いとか嗜好の転換を表明したことは周囲に驚きを持って受け入れられた。いや、なんでだよ。
付き合うならああいう女の子がいい、って言い張る男子を何人も見た。正気か。あの愛奈だぞ。
魔法少女が人々に好意的に受け止められてほしい。そんなラフィオの希望が叶えられているならいいんだけど。
ところが、当のラフィオは現状に満足していなかった。新たな魔法少女を探さなければいけないから。
「本人がなりたがってるんだ。誘ってあげるべきじゃないかい?」
昼休み、学食に行くために一階に降りていく俺に、ラフィオがポケットの中から話しかけてきた。
遥のことだ。
「あれだけやる気があって、しかも適性もいい。なにより悠馬の知り合いだ。適任だよ」
「そうなんだけどな」
「逆に、なにを躊躇っているんだい?」
「……」
ラフィオの質問に、俺は答えられなかった。誠実な態度とは言えないのは理解している。
「そっか。まあ、言いたくなったら言ってくれ。僕も君の意志は尊重したい」
なのにラフィオは、気を悪くするでもなくポケットの中に戻っていった。
「悠馬! 一緒に帰ろ!」
「あー。ごめん。今日も用事があって」
「えー」
放課後。やはり遥に誘われながらも、俺は逃げるように教室から出た。
「また明日ね!」
遥がそう呼びかけたのは聞こえた。それが、胸を締め付けるようだった。
「ということがあったんだ」
「え、なに悠馬ってば、そんな仲いい女の子いたの? 付き合ってるとか?」
「そこかよ」
ラフィオは俺の心情に踏み込むことはしなくても、遥を魔法少女に勧誘することを諦めてはいない。
夕食の場で、愛奈に今日のことを報告した。別に止める話じゃないし、俺もラフィオが話すままにした。
ちなみに今日の夕食は生姜焼きだ。男の子の格好になったラフィオがエプロンを着てスマホ片手にレシピを見ながら料理をする姿は、早くも板についてきた。
愛奈はおいしいと泣きながらビールを飲んでいた。ラフィオの話も半分くらいしか聞いてないように見えた。
さすがに、学校でファンクラブ設立の動きが出てきたとか、巨乳派から貧乳派に転向する男が出たとか言われたくだりでは動きが固まったけど。
戸惑いと、自分は世間的に見ても貧乳であることを突きつけられたショックが大きかったらしい。
受け入れられない残酷な事実だったんだな。誰の目からしても、貧乳なのは疑いようのない事実なのに。
世の中は、これに夢中になってるんだよな。
自分の胸元の真実から目を逸した愛奈は、自身の評判よりも遥の存在の方が気になるようだった。
「へー。ふーん。毎朝女の子を手助けしてる、ねー」
「別に付き合ってはないからな。ただの友達。クラスメイトだ」
「うんうん。わたしに無許可で不純異性交愛は認めないからね!」
「やらないけど、なんで姉ちゃんにそんなこと決められなきゃいけないんだ」
「だって悠馬は将来、わたしを養うことになるから! 他の女に構ってる暇はないのよ!」
「はいはい」
「それで愛奈。他の魔法少女の件だけど」
「あー。そうだったわねー。正直、わたしひとりだと手が足りないかなって思うわ。今日は怪物出て来てないけど、毎日だと大変だし」
なんかその言い方、日によっては戦うのを他の魔法少女に任せるつもりみたいに聞こえるな。
実際そうなんだろうな。させないけど。
「誰が魔法少女になるかは、ふたり両方が納得する結論を出せばいいわ。あんまり小さな子を戦わせるのは、ちょっと気乗りしないけどね」
「そうだね。僕も、お隣のモフり魔を身内に入れたくない。絶対に、絶対にだ」
「そっかー。ラフィオはつむぎちゃん苦手かー」
愛奈は震えながら決意するラフィオを見てケラケラと笑った。
「全員が納得するのは難しいよねー。ま、ゆっくり考えようよ。悩め若者たち!」
愛奈の機嫌がいいのは、食生活が大幅に改善されつつあるからなんだろう。
ところで、明日のことだけど。
「ラフィオ。ひとつ提案だ。明日は一本早いバスに乗らないか?」
「いいけど、いいのかい? 意図はわかるとも。遥と顔を合わせて、魔法少女について話されるのが気まずいんだろう?」
「まあ、そうだな」
さすがお見通しか。俺が魔法少女の関係者だとバレたら面倒なことになる。そしてバレる余地は十分にある。主にラフィオのせいで。
「お勧めはできないな。君がいないと、誰が彼女の車椅子を押してやるんだい?」
「誰だってできるだろ。バスの運転手もいるし。他の客もいる。それにラフィオ、家を出る時間がずれるってことは、つむぎとも会わなくて済むってことだぞ」
「!! そうか! なんだそういうことか悠馬! 君は僕のことも考えてくれたんだね! 君とはうまくやれる気がするよ相棒!」
なんて見事な手のひら返しなんだ。これはこれで浅ましく見えて、自分のやり方がどうかと思えてきた。しかも。
「いつもより何分か早く起きるということだよね? 悠馬が愛奈を起こして家を出すまでフライパンを止めないということは……」
「姉ちゃんも早起きすることになるな」
「嫌です絶対に嫌です! 断固として拒否しますむしろ遥って子を今すぐ魔法少女にするのに賛成ねわたしは!」
こっちも浅ましいな。
全員の意見を合わせるのは、たしかに難しい。