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1-18.遥のささやかな願い

 その後も、朝食を食べながらも仕事に行くのをなんとか避けたがる姉にフライパンを叩き続けて、スーツ姿で家から出ていくのを見送った。


「毎朝あんなことをしてるのかい? 大変だね」

「まあな。毎朝大変なのはラフィオも同じだけどな」

「どういうことだい?」


 疑問を持っているラフィオを鞄に入れて、俺もいつも通りの時間に玄関から出て。


「おはようございます! 悠馬さん!」

「おう。おはよう」

「ひいっ!?」


 同じタイミングで出てきた隣人のつむぎに挨拶された。


 ラフィオが鞄の中から悲鳴を上げたけど、つむぎには聞こえてないと思う。どっちにしろ違いはないけど。


「むー。やっぱり悠馬さん、モフモフを隠し持ってる気がします」

「そうか?」

「はい! 気配でわかります!」


 一緒にエレベーターまで向かう途中、つむぎはラフィオの存在になぜか勘付いて食い下がってきた。


「別に生きものじゃなくてもいいんです! わたし、ぬいぐるみでも楽しくモフモフできるので!」

「このマンション、ペット飼うのに制限あるからな」


 つむぎの部屋には大量のぬいぐるみがあるとは、以前聞いたことがあった。毎日モフっているらしい。


「ぬいぐるみでもいいんです! わたし、博愛主義なので!」

「モフモフばかり愛するのは博愛主義じゃないと思うな!?」

「? 悠馬さん、今誰かの声がしませんでしたか?」

「どうかな」


 思わず突っ込んでしまったラフィオの声を、モフモフを逃さないモフリストはしっかり聞いていた。


「それより、今日も遅刻するなよ。俺の姉ちゃんみたいになるなよ」

「むー。わかりました! 行ってきます!」


 俺を名残惜しそうに見つめながらも、つむぎは学校の方向まで駆け出していった。


「僕は毎日、あの悪魔に怯えなければいけないのか?」

「身内に引き込めよ。楽になるぞ」

「絶対に断る!」


 そうだよな。俺も、小学生を戦いに巻き込みたくない。

あと、同級生も。


 なのに。


「悠馬おはよ! 昨日のテレビ見た!?」

「おはよう。テレビ? どんなのだ?」

「噂の魔法少女!」

「あー……」


 昨日は魔法少女が初めてカメラの前に姿を現した日。公の場で挨拶もした。

 それを、遥も目にした。昨日の時点でもニュースにはなってたけど、遥は今日始めて話題にした。


「これ見てよ」


 バス停で、遥がスマホの画面を見せてくる。車椅子に座ってるから、俺に向けて掲げる姿勢だ。

 ネット記事の見出しだった。「怪物を殺す謎の美女の正体は? 覆面男との関係は? ふたりは恋人? 年齢は? 調べてみました!」


 俺と姉ちゃんが恋人? 冗談じゃない。


「ちなみに記事の結論は、わかりませんでした。けど、ふたりの活躍に今後も期待したいですね……ってやつだったよ!」

「わからないのかよ」

「うちの高校の制服着てることも、調べられてなかったよ!」

「そ、そうか」


 この記事を書いたのがどこの誰かは知らない。怪物が出てきた周辺の高校の制服すら調べずに、お手軽にアクセス数稼ぎの記事を素早く書いた誰かに、興味も湧かない。


 けど、このあたりの人にとっては、どこの制服かはわかってしまう。遥にとっても同じ。


「誰なんだろうね、噂の魔法少女って。うちの生徒なのかな?」


 気になるというように、俺をニコニコした顔で見つめながら訊いてくる。

 知ってるとは言えない。


「どうかな。成人してたってニュースで見たけど」

「そうだっけ。けど、男の子の方はうちの生徒だよね。会ってみたいな」

「会ってどうするんだよ」

「わたしも魔法少女になれないか、相談します!」


 親指を立てながら、得意げな顔で言う。


「そうか! 君も魔法少女になりたぐえっ!?」


 すかさず飛び出そうとしたラフィオを掴んで鞄の中に戻した。


「今、なんか聞こえなかった?」

「なにも聞こえてない。それより、魔法少女になりたいって?」

「うん! すごく強い怪物と戦えるんだよね? それってつまり、強いってことだよね?」

「まあ、そうだよな」

「片足だけでも走れたりしないかな?」

「……かもしれないな」


 昨日ラフィオは言っていた。魔法少女になれば足が生えてくる。その人間の体を最良の状態にするから。


「走りたいのか?」

「あはは。どうかな。ちょっと思っただけ。本気で思ってるわけじゃない、かも?」

「どういうことだよ」

「だって、走りたいなら義足を作ってすぐに練習すればいいって、悠馬も思ったでしょ?」

「まあ……」


 義足にしない理由は聞いてたし、それは遥の自由だから言わないだけ。


「練習も大変なんだろうなって思ってるよ。けど、元々陸上部だし頑張るつもりはある。とはいえ楽に走れるならそれが一番だから、魔法少女ってやつにも興味がある。という、複雑な乙女心なのです」

「そ、そうか」

「悠馬にはわからないかなー。この気持ち。魔法少女さんなら理解してくれるかも」


 どうかな。乙女心は別として、あの馬鹿に複雑な心境とか絶対に理解できない気がする。


 さすがに、障害者の気持ちに理解を示そうとはするだろうけと。


「会いたいなー」

「そうか」

「どうやったら会えるかな」

「知らない。てか、魔法少女が出てくるってことは怪物が暴れてるんだぞ。危なくないか?」

「あー。確かに。魔法少女さんに守ってもらえないかな。あと、覆面さんと狐っぽい生き物に」

「僕が狐に見えるのかいぐえっ」


 ラフィオは油断なく話しかけようとする。


「ねえ悠馬。この男の子の方に心当たりはない? 知り合いに似てるとか」

「知らないな」


 俺なんだとは、口が裂けても言えない。


「あはは。そうだよねー。悠馬って頭がいいから、なにかわかるかもって思ったけど」

「知能で解決できる話じゃない」

「まあねー。けど、二日連続で出たってことは、また出るってことだよね? 今度は。わたしたちの前に来るかも」

「……かもな」



 遥がなんの気なしに言ったことは、俺の最大の懸念だった。

 俺の前に出るのはいい。けど、遥の前には出てほしくなかった。足の無い生活にも、ようやく慣れてきた頃。それさえも奪われるかも。


 それが、俺が遥を魔法少女にしたくない理由。

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