マジか。俺、あいつと正面衝突しかけたんだよな。ギリギリで回避できたけど、一歩遅かったら、死んでいたのは俺だった。
無意識に、ラフィオを掴む手が強くなる。
ラフィオはといえば、男に激突したフィアイーターの側面から体当たり。再度転倒させた。
「こいつは! 手こずらせやがって!」
飛び乗るラフィオの口調にも怒りが混ざる。けど敵だって殴られ続ける気はなく、ラフィオの前足を掴んで思いっきり握りながら投げ飛ばした。
ラフィオは背中の俺を庇いながら綺麗に着地。次の攻撃手段を探るか、フィアイーターの攻撃に備えるべく睨んだところに。
「うおおおおおおおお!! お姉ちゃんが来たよ!」
騒がしい、待ち望んだ声が聞こえた。
そういえば朝も顔を合わせなかったから、今日初めて顔を合わせることになる。
俺とラフィオだけで戦っていた時間は、たぶん数分しかないはず。なのに随分長かった気分だ。俺自身は大して役に立ってないのに。
けど、愛奈は来てくれた。手詰まりになりそうだったタイミグで。
「よくもわたしの弟を襲ってくれたわね! 仇は取るから!」
「いや、俺死んでない」
感謝の心を正気に戻すくらい、馬鹿な姉のおかげで助かった。
俺がどんな風に戦ってたか知らないだろ。
「うおおおおおおおお!! ぶっ殺してやるー!」
物騒なことを言う姉の握った剣は、既に十分すぎるくらいに輝いていた。
今日は晴れ。到着時間からして、愛奈は家でシャイニーセイバーに変身して魔法少女の力でここまで走ってきたのだろう。
朝言っていた、魔法少女になって走れば通勤時間に悩まされないって考え方の実践。
「フィアアァァ!」
フィアイーターは突然の敵の乱入に戸惑いつつ、新しい目標が現れたとばかりにセイバーの方に突進をかけてくる。
考えなしの単純な攻撃。しかし水が詰まった巨大な容器という特性を活かした強力な攻撃。力はあるけど体重はそこまでじゃないセイバーがまともにぶつかれば無事では済まない。
でも心配はない。俺の姉は、困難とぶつかることを可能な限り避ける生き方をしているのだから。
「うおっと危ない! そして背後からセイバー斬り!」
昨日はセイバー突きだったよな。
ともかくセイバーは突進を華麗に回避した。
すれ違いざまに背中をばっさりと斬られたフィアイーターの背中から、水が漏れ出した。そのために、コアの位置が下がってラベルで隠せなくなった。
「悠馬ラフィオ手伝って!」
フィアイーターの背中の傷はゆっくり塞がっていく。光を吸収した剣でコアを壊すまで戦いは終わらない。セイバーひとりじゃ手が足りない。
「悠馬行くぞ!」
「お、おう……」
俺を乗せたままのラフィオが躊躇なく駆け出す。フィアイーターに痛めつけられてもいたのに一切の迷いがない。
セイバーに襲いかかろうとしたフィアイーターの側面から体当たりして、共に陳列棚に激突。敵の動きが止まった瞬間に、セイバーが助走をつけながら走り寄って体重をかけながら敵の胴を剣で貫いた。
塞がりかけのペットボトルごとコアが貫かれ、砕けた。同時にフィアイーターの体が黒い粒子になりながら消えて、真っ二つになったペットボトルに変わった。
「よし、終わったな。逃げよう。セイバーも乗れ」
「ふぁーい。あ、ギャラリーがいるよ」
「え?」
面倒な人、たとえばこちらの正体を探ろうとする警察とか政府関係者との関わりは避けたいラフィオが、早期撤退を提案する。
それは別として、俺たちの戦いを見ていた人がいたらしい。さっきの動画撮影男以外に。
「お姉さん! 昨日はありがとうございました!」
聞き覚えのある声。昨日と比べると、ずいぶん元気になっていた。
昨日肩を貸した女の子が陳列棚の陰から出てきて、こっちに手を振っていた。なんでこんな所にと思ったのは一瞬だけ。ここが生活圏なんだろう。昨日いた駅と近い。
その他何人かの男女がこっちに目を向けていた。動画を撮ってるのは……いるな。
いつからいたんだろう。さっきの動画男と同じように、どこかに隠れながら遠巻きに見てたのかな。
「お世話になります! 魔法少女シャイニーセイバーです! 皆さんの平和はわたしが守ります! あとこのお店、普段はとっても平和だし品揃えもいいのでおすすめです! 以上、よろしくおねがいします!」
どこか社会人としての癖が出ている挨拶をしながら、目の近くで横ピースのポーズ。
ギャラリーはぽかんとしている。いきなり何を言い出すのかと思ってるのか。店のフォローまでしたし。
「ありがとう。これくらいやれば十分だ。行こう」
そしてラフィオは俺とセイバーを乗せてショッピングセンターの扉から飛び出た。外にはそれなりの数の野次馬が詰めかけていて、警察らしき人物が中に入らないように制止していた。
たぶんもう少しすれば、警官も野次馬の数も増えていくところだったんだろう。
ラフィオとセイバーと覆面男の登場に、人々がどよめきの声をあげる。
「あー。この人たちにも、さっきの挨拶しなきゃいけない?」
「いいや。それは次の機会に」
ラフィオは大きく跳躍して、集まった人たちの頭上を飛び越えた。そのまま道路を蹴って停まっていた車、背の低い建物の屋根と飛び移っていって、人々の視界から消えるように走り去っていく。
追いかける者もいたけど、ラフィオの足には敵わなかった。
ここまで来れば誰も見ていない。そこまで来てようやくラフィオから降りて、俺は覆面を外した。セイバーも変身を解いて愛奈に戻る。ラフィオも、小さくなって俺の頭に乗った。
「顔を隠すのは良かったよ、悠馬」
「正体がバレるわけにはいかないからな。制服着たままだから、意味ないかもしれないけど」
魔法少女と一緒にいる覆面男の正体について、かなり候補が絞られてしまう。そこから愛奈にたどり着く危険は高い。ブレザーくらいは脱ぐべきだったか。
「仕方ないさ。今度戦う時は、他所の制服を着てやろう。そうすれば、男子制服マニアが戦ってるだけと思われるさ」
どこまで本気で言ってるんだろうな。