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1-15.顔にタオルを巻いて覆面の代わり

「悠馬! 愛奈は来てくれるか!? あと手伝ってくれ!」


 陳列棚の陰に隠れながらラフィオの方を見る。巨大化ラフィオは、なんとかフィアイーターと戦っている。けど押されてるように見えた。

 ラフィオだけでは勝てないから、この世界に魔法少女を求めて来たわけだし。


 直接やりあうのは避けて、距離を取りながらフィアイーターを睨み合い牽制する。仕掛けてきたら避けつつ、いけそうなら噛み付く。

 単なる時間稼ぎだ。けど、周りの人間が逃げることはできる。


 もちろん永遠には続けられないだろう。敵を前に集中し続ける気力は、ラフィオにも限界がある。


 助けないと。なにかいい方法はないか。


 ここは食料品店。カートや買い物カゴが周りに置きっぱなしになっていた。使わせてもらおう。

 ふと、監視カメラ作動中の文字が目に入った。そういえば、俺たちの正体は隠さないといけないんだよな。手遅れかもしれないけど、やれることはやらないと。


 客の誰かが放り出したらしい荷物から、ハンドタオルが数本落ちていた。使うか。今度からは自前のを用意しよう。


 タオルを顔に巻いて覆面の代わり。正しく効果的な巻き方なんかわからないけど、今は急がないと。


 フィアイーターが取り付いたのはペットボトルの水。つまりここは飲料水のコーナー。ミネラルウォーターのペットボトルが床に散らばっていた。

 カートの上にカゴを置いて、中に水を大量に入れた。重さはどれくらいだ? わからないけど、フィアイーターに多少でも衝撃を与えられればいい。


「がっ!?」

「ラフィオ!」


 重いものが陳列棚にぶつかる音。次に陳列棚から物が落ちる音。

 ラフィオがフィアイーターに投げ飛ばされたらしい。


「ラフィオ無事か!?」

「悠馬、なかなか個性的な買い物スタイルだね」


 顔にタオルを巻いて水で満タンのカートを押すのは、確かに普通じゃないよな。


「冗談言えるなら余裕そうだな。まだいけるか?」

「もちろん」

「小さくなってこれに乗れ」


 ラフィオは指示通りサイズを落としてカゴの中に入った。


「まさか、これで突撃するつもりかい?」

「そのまさかだ」

「無茶をするね」

「だろ? 行くぞ」


 少し楽しそうな口調で返事したラフィオを載せて、カートを思いっきり押す。


「フィアアァア!」


 周りには俺たち以外の人間はおらず、フィアイーターの方もこちらに目標を定めたらしい。こっちに突進してくる。

 上等だ相手してやる。


 激突の瞬間にカートから手を離して横に逃げた。けど一瞬だけ遅れて、衝撃が僅かに手に伝わる。俺は受け身も取れずに床に投げ出されることに。

 人外の怪物の方が力があったらしく、カートが押し負けて逆方向に転がっていった。けどフィアイーターの方にも衝撃が入ったし、勢いが削がれる。


 それからカートの上のラフィオは、慣性に従って前に飛び出る形になり。


「もう一発食らえ!」


 飛び出しながら巨大化したラフィオの後ろ足がフィアイーターに炸裂。今度こそ奴は転倒した。

 その上に乗ったラフィオが、バシバシと前足で叩いて攻撃を続ける。


 俺も起き上がり、カートの上のペットボトルを一本取ってフィアイーターに駆け寄る。上から勢いをつけて、奴の腕にペットボトルを叩きつけた。ラフィオをどかせて起き上がるための四肢を集中して痛めつける。

 フィアイーターの片手を踏みつけ体重をかけながらもう一発。

 その次はできなかった。


「フィアアアア!」

「悠馬離れろ!」


 ラフィオに言われて俺は咄嗟に後ろに下がった。ラフィオもまた、フィアイーターの体から飛び退く。

 直前までラフィオの腕があった箇所にフィアイーターの手が伸びて空を掴む。これ以上は乗れないと、ラフィオが悟ったのか。


 フィアイーターはすぐに起き上がった。


「どうする? また、さっきのを繰り返すかい?」

「その暇はなさそうだぞ」

「僕に乗れ!」


 フィアイーターは俺たちを敵とみなして、こっちが策を立てる隙も与えず突進してきた。


 ラフィオは一瞬だけ後ろ足を曲げて姿勢を低くした。

 考えている暇はなく、俺はラフィオの背中にまたがる。直後、彼は後ろ足を伸ばして跳躍。陳列棚の上に器用に乗る。袋入りのお菓子がバラバラと床に落ちていった。


 この陳列棚にフィアイーターが激突。棚が大きく揺れて落とされる前に、ラフィオは敵の反対側に着地した。


「次はどうする?」

「武器になりそうなものはあるかい?」

「煎餅、餅、おかき」

「なさそうだね。ペットボトルで殴るのが一番マシみたいだ。あと悪い知らせだ。おいお前、さっさと逃げろ!」


 棚の向こう側に降り立って初めて知った。周りの客は既に全員逃げていたと思ってたけど、違った。

 中年の男がスマホを横にしてこっちに向けていた。最初はフィアイーターを撮っていて、次にそれと戦っている謎の四足歩行生物と覆面の男か。


 ネットにアップすれば再生数稼げるだろうな。命がけでやるほどのことかは知らない。


「逃げろ! 動画なんて撮ってる場合じゃない!?」


 ラフィオが駆け出しながら警告する。


 怪物に対抗する存在を世に知らしめて希望とするラフィオの方針からすれば、俺たちが撮られることも僅かながら役に立つことはあるかもしれない。

 けど、今の状況は危険すぎる。怪物が至近距離にいるのに、呑気にカメラを向けるのは馬鹿だ。


 このフィアイーターは力強いが身軽ではない。ラフィオと同じように陳列棚を飛び越えるなんて無理だろう。

 だから俺たちを追って、棚を回り込むしかない。不運にも、スマホを向けてる男の方から回ってきた。足音からそれがわかる。

 ラフィオも急いだけど、間に合わなかった。フィアイーターの方が一瞬早く男の方にたどり着き、突き飛ばした。


 撮影していた彼はバズる未来へ気を取られ、自分の生命の危機に最後まで気づかなかった。恐怖を感じる余裕すらなかったのは、敵の目的への最後の抵抗と言えたかも。


 助走付きで走っていた巨体に激突された男は、天井近くまで跳ね飛ばされてから壁際の鮮魚コーナーの冷蔵棚に頭から突っ込んだ。

 直後、嫌な音が聞こえた。

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