とはいえ炊事をラフィオがしてくれるのはありがたいから、お望み通りの場所に連れて行く。
近所のスーパーでもいいけど、駅前にショッピングセンターがある。そこの一階の食料品売り場の方が、ラフィオの希望に沿うだろう。
遥が乗ったはずのバスの次の便で、昨日フィアイーターが暴れた駅まで向かう。死者が出るような騒ぎだったけど、電車が止まるわけにはいかない。
警察の規制線が張られて一部は立入禁止になってるけど、駅は機能を維持していた。
ショッピングセンターがあるのは、バス停から駅に入って向こう側に抜けてから数分歩いたところ。
食料品店以外にも、生活雑貨や衣類も売ってるし、書店も小さいけどある。生活に必要なものなら大抵揃う。
簡易的なゲームセンターもあって、休日には家族連れで賑わう場所だ。
全国に店舗があるこのショッピングセンターのブランドの中では、そこまで大きなわけじゃないんだけど。他県のでかい店舗だと、映画館が併設されたりするらしいし。
この街で映画館に行きたいなら、電車で数駅の距離の市街地に複数館あるし、その他の買い物もそこでやった方が品揃えはいい。
けど放課後とかに気軽に行ける買い物スポットといえば、ここだ。
「実のところ僕も、ネットで少し勉強しただけだ。そんなに凝った料理も作れないし、そもそも君の家にどんな食材や道具があるかも知らない」
「フライパンとお玉はあるぞ」
「それは知ってる。とにかく、簡易的な物から段階的に作っていくことにしよう」
「簡単な物なら俺も作れる」
「簡単すぎて愛奈が泣いてるんだよ」
「そうか?」
なんか、ラフィオに上から言われるとムカつくな。
そんな会話をしながら、ショッピングセンターに入った。ラフィオは少年の姿になっている。
この方が買い物はしやすいよな。何を買うかを決めるのはラフィオだし。
「それで悠馬、プリンはどこに売ってるんだい?」
本当に、こいつに任せて大丈夫だろうか。
買い物カゴに何種類ものプリンを入れてから、ラフィオはようやく青果コーナーに足を運んだ。
「とりあえず、野菜炒めとかから作ろう。モヤシとキャベツ。玉ねぎ。あと肉。味付けは……塩コショウくらいは、家にあるかい?」
「あったかな。めんつゆはあるんだけど」
「……めんつゆも立派な調味料だね。それだけに頼るのもどうかと思うけど」
「ていうか、その程度の食材を買うなら近所のスーパーでもいいぞ。歩いて十分くらいの距離にあるし」
「いやいや。小さな店では、ここまでプリンの品揃えはないだろう?」
「おい」
「冗談だよ。今のうちから色々食材を見ておけば、今後役に立つだろうと思ってね」
「どこまで本気かわからないんだよな」
「心配することはない。やるべきことは、ちゃんと――」
「おい、どうした」
不意にラフィオが口をつぐんだ。
俺の問いかけに来た答えは、思ってもなかったもので。
「フィアイーターが出た」
「なに?」
「すぐ近くだ」
ラフィオは奴の出現も察知できるらしい。
事実、近くから悲鳴が聞こえてきた。周囲の客も何事かとざわめき始めた。
誰かが怪物だと叫び、ざわめきはすぐにパニックに変わる。
「おいおい。二日連続で、しかも近い場所かよ」
「きっと、魔力の流れる霊脈がここは特に強いんだ。だから奴も、とりあえずはここにコアを落とした。愛奈に連絡を」
「ああ」
ラフィオはといえば、買い物カゴを持ったまま悲鳴の方へと走っていく。俺もすぐについていった。
「フィアアァァ!」
二リットルのミネラルウォーターの入ったペットボトルが巨大化して、フィアイーターに変化していた。巨大化したペットボトルに手足が生えているような形。手足もペットボトル製らしく、中に水が入っているのが見えた。
胴回りも身長も、成人した男よりもでかくなっているし、手足も相当に太くて重量もパワーもありそうだ。武器は持っていないけど、水で満たされた体はそれなりに重いはず。
ペットボトルと水だから、当然体は透けて見える。なのに、中にあるはずのコアが見えない。商品名を示すラベルに隠れているのかな。
重量があるのを示すかのように、近くの陳列棚に体当たりすれば、容易に倒壊しないはずのそれがミシっと音を立てた。
幸い、負傷した人は見当たらない。けど、近くにいる人間に突進をかけているらしい。
夕食の準備をしに来たらしい中年女性が逃げているのが見える。フィアイーターはそれに狙いをつけていた。
「おい! こっちだ!」
ラフィオはそんなフィアイーターに声をかけながら、姿を変化させる。四足歩行の大型モードに。
「愛奈が来るまで、僕たちで被害を食い止めるぞ!」
「お、おう!」
そうだ。急いで呼ばないと。スマホで電話をかけると、愛奈はすぐに出た。
「姉ちゃん。フィアイーターが出た」
『ほんと!? またまたー。冗談きついって。そんな毎日出られたらわたしの体も持たないわよ』
「でも出たんだよ! まだ仕事中か? だったら大変かもしれないけど、なんとか来てくれ!」
『あ、それは心配ないわ。今日は会社休んだから!』
「おい、こら」
電話の向こうで、無い胸を張ってる姉の姿が思い浮かぶ。どんなに得意げな顔してることだろう。
『遅刻をして評価を落とすくらいなら、仮病で休んだほうがいいと判断したの! ごほっ、ごほっ。持病の仮病がひどくて、今日は休みます課長……』
「仮病って自分で言うな」
『あー。やっぱり休日っていいわね! 労働しないで見るテレビの芸能ニュースって素敵! ああでも、なんか魔法少女のわたしの話題ばっかりで恥ずかしいっていうか……』
「うるさい! とにかく来い! 昨日の駅の近くのショッピングセンターだ!」
『ふぁーい。行ってあげますかー』
「ちなみに夕飯はラフィオが作ってくれるらしいぞ」
『ほんと!? やったー! 悠馬の不味いご飯ともこれでお別れね! すぐ行くから! 待ってて!』
急に喜ぶんだよな。本当に大丈夫か?