鞄の中でジタバタ暴れるラフィオを押さえつけながら、なんとか話題を変えようと質問をした。
「そういえば、遥はなんで義足にしないんだ?」
下半身不随とかなら、車椅子になるのはわかる。けど切断による欠損なら、義足の方が合ってる気がする。楽とは言わないけど歩けるし。
運動も、義足の方がやりやすいはずだ。
「あー。たしかにね。いずれは義足にしたいなと思ってるよ。けど、私の場合は膝が残ってないから、義足にしても歩くのはかなり訓練しないと難しくて。自分で動かせる膝があるかないかって、かなり違うんだって」
遥はそう言いながら、スカートから出ている左足をひょこひょこと動かす。いや、スカート動いてるから。中が見えそうで目を逸した。
「訓練が嫌って性格してないだろ、遥は」
「まあねー。理由はもうひとつありまして。わたし、成長期なので」
「うん?」
「成長期なので!」
「それはわかったから、なんでだ」
「義足って、その人の体型に合わせて作るわけじゃん? 足と繋げる部分の太さとか。残った方の膝の高さも合わせないといけないし、つまり背の高さを見るわけです」
「それはわかる」
「わたしは成長期なので。これからもっと、背も伸びてナイスバディなモデル体型になるから。今義足にしても、たぶんすぐに使えなくなっちゃうからね。その時を待っているのです!」
そして遥は、得意げな顔をしながら親指を立てた。グッドのサイン。サムズアップ。自分の絶対の自信を表しているらしい。
そう。遥は馬鹿である。愛奈と違った、前向きな馬鹿だ。
こんな性格だから、片足がなくなるなんて悲劇を自力で乗り越えられたのだと思う。塞ぎこむことなく、自分の特徴として十分すぎるくらいに活かしている。
強いやつなんだよな。馬鹿だけど強い。
「そうか。なるほど。わかった」
「ふふん。ナイスバディになったわたしに、惚れちゃっても知らないぜ?」
「はいはい。気をつける」
冗談めかした言い方に、俺も軽く受け流す返事をした。本気で言ってるわけじゃない。
高校二年生にもなると、もう身長の伸びはほとんどなくなって、あとは太るか痩せるかしかないはず。そんな事実は言わないでおく。
あと現状、遥は既に十分にいいスタイルしてる。
陸上部だった頃のすらっとした体型はほとんど維持できていて、スカートから伸びる足は細く適度な肉付き。
胸もちゃんとある。めちゃくちゃ大きいわけじゃないけど、服の上から膨らみを主張していた。
普段目にする比較対象が愛奈の壁だから、より良く見えてしまうのかもしれないけど。
やがてバスは学校の最寄り駅に停まり、乗ったときと同じように車椅子を押してやってバスから出た。
ここから少し歩けば、どこにでもありそうな公立高校がある。俺や遥の学び舎だ。
ちょうどその時、スマホが震えた。電話だけど、誰からだろう。
『悠馬ー! なんで起こしてくれなかったのよー!? 遅刻しちゃうじゃない! あぎゃー!?』
姉の慌ただしい声。あとドタンバタンと騒がしい音。転んだのかな。
もう少し寝れると考えていたら、案の定寝すぎたわけか。
「起こしただろ。ちゃんと鍵かけて出ろよ」
それ以上にかける言葉はない。返事は聞かずに電話を切る。
「誰から?」
「姉ちゃん」
「ふーん。悠馬ってさ、お姉さんと仲いいよね」
「そうか?」
「そうだよ。今も、なんか楽しそうな声が向こうから聞こえてきたし」
楽しそうか? 傍から見れば、愉快な珍獣かもしれないけど。
「わたしも妹がいてよく話しするけど、これが弟だったら同じような関係にはならないかなって思うもん。あ、ここからは自分でいけるから。今日もありがとう!」
遥は親指を立てる仕草を見せてから、両手を車椅子の車輪に伸ばした。
バス停の周囲がちょっとした坂になっているから、そこだけは押してやる。学校の敷地内は平坦だから、遥は自分で車椅子を動かして移動する。
ここまで来れば、もう俺の手助けはいらない。周りには他の生徒も大勢いるし、もっと声をかけやすい同性の子も多い。
一般の生徒は校則で使用できないことになっているエレベーターで、遥は校舎の二階に向かう。クラスメイトと仲良くおしゃべりしてる遥を見ながら、俺も自分の席に座った。
「彼女を魔法少女にしよう!」
朝の教室の喧騒に紛れて、ラフィオが声をかけた。
さっきから、妙に遥のことを気にしてるな。
「その話は後でな」
「ぐえっ」
ぬいぐるみと話してるところを、クラスの誰かに見つかるわけにはいかない。それにもうすぐホームルームが始まる。
俺は真面目だから、授業は真面目に受けるんだ。一応、姉との約束で将来はいい大学に入ることになってるし。
教室では、昨日の怪物騒ぎと魔法少女の噂が話題を独占していた。
近い場所で起こった大事件だ。そして、可憐な魔法少女がそれを解決したとなれば、みんな気になるに決まってる。
教室にいる誰も、魔法少女の姿なんか知らない。けど、絶対に可愛いとか、会いたいとかそんな声ばかり聞こえてきた。
正義のヒロインにふさわしい立派な人間なのだろう、みたいな意見も聞こえる。
その魔法少女、今遅刻しかけて大慌てなんだよな。
喧騒は、始業時間になって担任の教師が来るまで続いた。