そんなラフィオに、少し意地悪な提案をしてみた。
「あいつ、魔法少女にいいんじゃないか? 小学生でもいいんだよな? 元からの体力もすごいし」
「嫌だ! あんな奴を身内に引き込みたくない!」
「適性はないのか?」
「……あった。しかも悪くない。愛奈には勝てないけど、十分だ」
こういうところ、妙に素直だ。
「じゃあ誘うか?」
「嫌だ! 絶対に嫌だー!」
つむぎと関わりを持てば自分の身が危うい。そう感じたラフィオは全力で拒否した。本能から来る必死の拒絶だった。
実際、俺もつむぎを魔法少女にするのは反対だ。彼女は小学生。魔法少女になれるのと、やるべきなのかは別問題だ。
「こんなことなら、最初から警察とか自衛隊に頼めば良かった」
「その発想はあったのか」
ちょっと意外だった。けど、そうすべきではある。
俺たちみたいな一般人に頼むより、政府とかの公的機関の協力を仰いだ方がいい。
「考えはあったけど、権力が僕みたいな突然出てきた不審者にすぐに協力してくれるとは思わなかったから」
「不審者の自覚はあるんだな」
「あと、なんか研究機関に送られて解剖実験とかされそうだし」
それはさすがに、権力への偏見が強い。
「そうじゃなくても、君たちの正体が公的機関に知られるのは避けたかった。こういうのはお役人が何人も情報を共有するものだろう? 正体を知る人は少ない方がいい。特に、こっちが顔を知らない相手の数は」
俺たちのことを考えての選択でもあったのか。
「理由は他にもあるぞ。お役所ってこういうことへの対応が遅い印象だ。実際にフィアイーターが出そうな現場で、そこにいた人から何人か誘って変身させるべきと思ったんだ」
結局は状況が切迫してたから、ああするしかなかったわけか。
そんな会話をしているうちに、俺はマンションを出て近くのバス停についた。既にバスの到来を待つ人が何人かいて、ラフィオも口をつぐんで鞄の中に隠れる。
自分の立場が理解できてて偉い。
「悠馬おはよー!」
そんなバス待ちの人々の中のひとりが、俺を見つけて声をかけた。俺よりかなり低い位置からの挨拶。
俺と同じ高校のブレザーを着ている、同じクラスの
俺のマンションの近くの、一戸建てに住んでいる。
家が近いから小中学校も同じだったけれど、ずっとクラスが別だったから正直接点はなく、顔見知り程度の相手だった。
同じ高校に通い同じクラスになり、同じバス停で待つようになってから会話することが増えてきた。
「おはよう、遥」
俺も彼女を見下ろしながら挨拶を返した。
見下ろすことになったのは、遥の背が低いからじゃない。
彼女が車椅子に座っているからだ。
オーソドックスな、手で車輪を回して移動させるタイプの車椅子に乗っている遥の下半身に目をやる。
短いスカートから伸びる二本の足のうち片側が、太ももの途中から無くなっていた。
遥には左足がない。
生まれつきではなく、事故で切断したもの。
半年ほど前に、家族と外出した先のファミレスでガス爆発があり、瓦礫が左足を完全に潰してしまった。
その頃、遥は一年生。陸上部に所属していて、将来的にはエースになると期待されていた。大会で好成績を残したという記事が、彼女の黄色いユニフォーム姿の写真と共に学校新聞に掲載されているのは見たことがある。それも退部を余儀なくされた。
辛い出来事だろうに、当の遥は元気な子で。
「いやー! 毎日ありがとね! ひとりじゃバスにも乗れない体で。悠馬の助けが必要なのです!」
到着したバスに遥を乗せる手助けをしてると、そう言われた。
別に、俺じゃなきゃいけないわけじゃない。毎回、運転手が段差を埋めるスロープを持って降りてきて、俺が車椅子を押す。
俺じゃなくてもできる仕事だけど、同じクラスだからやってる。
感謝されるのは嬉しい。
「そういえば、今日って身体測定だよね?」
「あー。そうだったな」
車椅子用の座席に座った遥が、後ろの座席の俺に話しかけてきた。
あまり意識してなかったけど、確かに身体測定の日だ。
学期の始めの頃に、身長とか体重とか視力とか測る行事。
この日に向けてダイエットする女子も多いらしい。体重の増減に悲喜こもごもの光景が見られたりするし、みんなプレッシャーを感じている。
遥は違うようだった。
「ふふん。わたしは片足になってから、初めての身体測定! 片足が無いぶん軽くなってるはず!」
「そういうものか?」
言いたいことはわかるけど。
「普通に食べても左足に行く分の栄養が他に回るから、他の人より……肉付きはよくなりやすいんじゃないか?」
「にっ!?」
太りやすいとは言わない配慮をギリギリのところでやったけど、あんまり意味なかったか。遥は俺を振り返ったまま、固まった笑顔を見せた。
「よ、よし! 明日からダイエットする!」
「明日からなんだな」
「き、今日からやろっかな! お昼ごはん食べないかも!」
断定を避けるあたり、未練がある。
「食事を抜くのはやめた方がいい。健康に悪い」
「君の言うことと思えないな悠馬。食べる気が起きない食事を作ってるくせぐえっ」
鞄の中から話しかけたラフィオの体を握って黙らせる。
「そっかー。じゃあどうしよっかー。車椅子だと、できる運動も限られるしなー」
車椅子のアスリートもいるから、全然できないってわけじゃない。けど、言いたいことはわかる。
「そんな君に朗報だ! いい運動があるよ! 魔法少女っていうんだけどぐえっ!?」
いきなり叫びだしたラフィオを握りしめて鞄の奥底に入れる。
「え? 今のなに? なんか声がしたけど」
「そうか? 俺には何も聞こえなかったが」
「ぐえー」