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1-10.モフリスト、御共つむぎ

 ラフィオが言うなら俺が止めさせることじゃない。

 テーブルに愛奈の分の朝食を置いて、俺は学校に行く準備をする。


「学校について行ってもいいかい? あとふたりの魔法少女を探したい」

「別にいいけど、そんな簡単に見つかるものか?」

「簡単ではない。魔法少女に変身できるのは女だけ。しかも女なら誰でもいいわけじゃない。体質的な適性がなければ変身もできない」


 適性については、ラフィオなら確認できるんだったな。どんなものかはわからないけど。


「適性は遺伝するのか?」

「しない。親の性質を受け継ぐわけじゃないし、本人の性格や適性以外の体質も無関係。完全にランダムだ。全ての女の中で、五人にひとりくらいの割合しか適性を持つ者はいない」

「思ったより多いな」

「僅かでも適性があるか、という話だからね。その中でも愛奈のように、より高い適性を持つ者を探したい」

「適性が高いとどうなる?」

「変身した時の身体能力の向上度合いが高くなる」


 それは重要だ。


「適性さえ高ければ、他の性質はほとんど無視できる。要は、女であれば誰でもいい」

「ひどい言い方だな」

「実際にそうなんだ。例えば腰が完全に曲がったお婆さんでも、魔法少女になれば姿勢が直る。病気で体が動かせないような女も同じだ」

「姉ちゃんもそうだけど、なんで少女じゃない年齢の女ばかり変身させたがるんだ」

「偶然と、例え話だよ。もちろん僕も、見栄えのいい美人ばかりを変身させたいと思ってる」

「それはそれで、嫌な言い方だな」


 人々に希望をもたらす希望のシンボルなら、確かに外見がいいに越したことはないか。ひどい話だ。


「そして僕は、そんな美女ばかりの魔法少女に囲まれた生活を送りたい」

「殴るぞ」

「ひぃっ!?」


 所々に邪念を感じるんだよな。正直な方向の邪念だから、その都度訂正してやればいいんだけど。

 姉と同じ感覚だ。


「と、とにかく! まずは適性。次に顔だ! もちろん魔法少女に変身したとしても知性は上がらないから、分別のついてない幼児や認知症の老人なんかは避けるべきだ」


 まあ、それはわかる。


「戦闘に関わるセンスや反射神経は上がるから、小学生くらいの女の子でも魔法少女になれる。知り合いにいないかい?」

「小学生の女の子か」


 いるけど。


「ぐえっ」

「俺についていくのはいいけど、学校の中では静かにな」


 返事をする代わりにラフィオを通学鞄に詰め込む。さすがに、ラフィオの姿を学校の奴らに見せたくはない。

 ぬいぐるみを持ち運ぶ男子高校生と思われるのは嫌だ。



 玄関の扉を開けて、マンションの廊下に出る。昨日とは打って変わって、抜けるような青空だ。


俺とほぼ同じタイミングで、隣の家の住民も廊下に出てきて。


「おはようございます、悠馬さん!」


 いつものように挨拶した。


 御共みともつむぎ。小学五年生の女の子。


 ショートカットの髪とデニム地のショートパンツが活発そうな印象を与える。背中に背負っている水色のランドセルは、あちこちが傷だらけだった。


「おはよう」


 いつものように挨拶を返し、ふたりでエレベーターまで行く。いつもの朝の光景だ。


 なのに今日は、つむぎが立ち止まってついてこない。


「どうかしたか?」

「悠馬さん、モフモフを隠し持ってませんか?」

「モフモフ?」

「そうです。モフモフの気配がします」

「あー。それなら」


 視線を下に落とす。白い毛並みのラフィオのことだろうな。


 ところがラフィオは、鞄の中からこっちに切実な目を向けながら首を横に振っていた。

 本能で危機を察して、震えているようだった。


 どうしようかな。


 つむぎにどう答えるべきか俺が迷ったその時。


 にゃあ。

 下から、猫の鳴き声が聞こえた。


「猫ちゃん!?」


 それを聞いたつむぎの反応は早かった。


 マンションの廊下の手すりをよじ登ると、そのまま外に飛び出した。ここ、四階なんだけどな。


 つむぎはそのまま、下の階の手すりを足場にして落下の勢いを殺しながら下まで一気に落ちていき、マンションの敷地と道路を仕切る塀の上に飛び込む。

 さっき鳴き声をさせた猫は、この塀を歩いていた。首輪もないし、たぶん野良猫。ここら辺では珍しい。


 その猫に、つむぎは真っ直ぐ突っ込んだ。猫の体を鷲掴みにしながら、塀の上を越えて道路に落ちる。

 地面に激突する直前に、空中で身を捻って体を回転させながら背中を丸めた。


 ランドセルの方から地面に激突。衝撃を吸収してくれたために、つむぎ自身は無事。一種の受け身なのかな、あれ。

 扱いの荒い子供の使用に六年間耐えるよう設計されていて、万が一背中から車にひかれるような事があれば衝撃を吸収する作りで子供の安全を確保するようにできてるランドセル。

 けど、あんな使われ方は誰も想定していなかっただろう。


「あはは! わーい! 猫ちゃんモフモフ! あはは!」


 嫌がる猫が、ふぎゃーと悲鳴が聞こえる中、つむぎは猫の体を撫で回して頬擦りをして、思いっきり抱きつきながら体を弄った。


「おーい。遅刻はするなよー」

「はーい。猫ちゃん一緒に学校行こっかー」


 つむぎはそのまま、猫を抱いて小学校の方へ行く。猫は本気で逃れようとして暴れているけれど、つむぎに手放す気配はない。

 学校に着く前に解放されればいいな。


 俺も急がないと。バスに乗り遅れてしまう。


「な、ななな、なんだあいつは!?」


 ラフィオが鞄から顔を出しながら、震える声で訊いてくる。


 なにか、とてつもなく恐ろしい物を見たとでも言うようだった。


「つむぎは、モフリストなんだ」

「なんだよモフリストって!?」

「ピアノを弾くのがピアニスト。アートを作るのがアーティスト。なら、モフモフする人は」

「モフリストか!? いや待て! 彼女はあれを仕事にしてるわけじゃないだろ!?」

「けど、モフモフに命をかけている」

「むちゃくちゃだ……」


 一歩間違えれば、モフモフされていたのは自分だとでも思ったのか。ラフィオは鞄の中で震え続けていた。

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