「希望の光ってどういう意味だ?」
愛奈に似つかわしくない称号について尋ねる。
「フィアイーターは恐怖を生む。直接襲われ死や傷を負う恐怖や、財産を脅かされる恐怖。繰り返し出現すれば、人々はいつ出てくるかわからないフィアイーターそれ自身に恐怖することになる」
恐怖は伝播する。出るかもしれないという事実が、人を恐れさせる。実際に怪物が暴れる以上の恐怖が世界を支配する。
それが敵の狙い。いざ本当にフィアイーターが出てきた時に集まる恐怖も、さぞ増えることだろう。
だから恐怖に打ち勝つシンボルが必要。それが魔法少女。彼女がいれば安心だと人々が思えば、恐怖は生まれにくい。
「女性しか変身できないシステムになったのは好都合かもしれないね。きらびやかな格好の女の子は、人々の注目を集める。情報が素早く伝播していく世界だ。フィアイーターの情報を誰もが知る世界なら、魔法少女の情報もあっという間に広がる。今もまさにそうだろう」
テーブルの上のリモコンを手に取りテレビをつけた。
夜のニュースをやっているチャンネルに合わせると。
『驚きました。怪物はいきなり出てきたんです!』
知らない人間がインタビューを受けている映像が流されていた。
背景は、さっきまで俺たちがいた駅。騒ぎを知ったマスコミが、早速駆けつけたわけだ。
映像は次のインタビュー相手に切り替わった。こっちは知ってる顔だった。
『すごかったです! すごく綺麗なお姉さんが来て、怪物を倒してくれたんです!』
さっき俺が助けた少女だ。魔法少女の活躍に関して興奮気味に話している。
ラフィオの忠告を忠実に守っているらしい。魔法少女については話しているけど、それがどんな人間なのかは知らないと言っている。
目の前で変身したのではなく、どこからともなく現れたと言っていた。俺やラフィオに関しての言及は一切なかった。
もちろん、マスコミは詳しく話しを聞きたがる。魔法少女の外見についても食い下がってきて。
『え? ええっと、ピンク色の服で、スカートはヒラヒラで、おへそも出てて、ええっと』
『歳はどのくらいでしたか?』
『歳ですか? わたしより、歳上だったかな?』
『つまり、大人だったのですか?』
『は、はい。よく覚えてないですけど、大人でした!』
「まあ、頑張っている方だよ」
ラフィオは自分の思惑通りに情報が広まっていると、満足げだった。
一方、正体不明とはいえ自分のことが周知された事実に、愛奈はプルプルと身を震わせていた。おもむろにスマホを取り出すと、SNSで魔法少女と検索をかける。
沢山の匿名たちが、好き勝手に自分の意見を口にしていた。
『魔法少女とか現実にいるのかよ』
『会ってみたい。絶対かわいい』
『ファンになります』
『俺も守ってほしい』
『結婚したい』
『でも成人だって』
『大人になって魔法"少女"はないよな』
『ちょっと痛い』
「なによ痛いって! そんなこと、わたしだって思ってるわよ!」
立ち上がった愛奈の絶叫が家中に響く。
「好きであんな格好してるわけじゃないし! 勝手になっただけだし!」
「気持ちはわかる」
「それに、コスプレイヤーとかわたしより歳上で、もっと変な格好してる女いるじゃない! そういう人にも痛いって言いなさいよ! 言いなさいよー!」
「それはわからない」
気にしてるの、そこかよ。
他人の評価を下げることで自分をマシに見せようとする。なんて浅ましい言動だろう。
叫んだ愛奈は、ふと部屋を見た。
日々の掃除が行き届いていない、衣類や雑貨で散らかって部屋の隅には埃が溜まった部屋。それから、俺の渾身のしらたき丼。
「ねえラフィオ。どうして、わたしに声をかけたの? 駅には、他にも女は大勢いたわよ」
「愛奈の適性が一番高かったからだ。君が魔法少女になるのが、あの場では正しかった」
「そう。あなた料理はできる?」
「すまない。やったことはない」
「でも、今から勉強すればできるようになるかもね。それに掃除とか洗濯とかはできるわよね。悠馬、教えてあげて」
「お? おう」
「いいわ。魔法少女やってあげる。その代わり、ラフィオは家事を悠馬の代わりにやる。それが条件」
「やってくれるのかい? ありがとう、僕も頑張る」
「あともうひとつ。わたしが魔法少女の正体ってことは、世間には絶対に知らせないこと」
「もちろんだ」
「だったらいいわ」
「いいのか。こんなこと引き受けて」
「ええ。今日は疲れたから、シャワー浴びたらもう寝るわね。おやすみなさい」
「あ、ああ。おやすみ……」
疲れたようなスーツ姿のまま自室に向かう姉を、俺は呆然と見送った。
「なあ悠馬。気になったんだけど、この家の家事担当は君なのかい?」
「ああ。そうだ」
「そうか。家族の形はそれぞれだと思うけど、珍しいね。未成年で年少者の男が、家事をするなんて」
「だよな」
それが普通とは言わないし、偏見なのかもしれない。けど多くの家庭では、料理をはじめ家事をするのは母親が主のイメージだ。
俺の家も、かつてはそうだった。
「交通事故だった。何をしたかは知らないけど、パトカーから逃げてた乗用車に猛スピードで激突されて、車ごとぺしゃんこ。中に乗ってた三人が死んで、五人家族がふたりになった」
「そうか。お気の毒に。両親と?」
「兄貴だ。大学受験に成功して東京に下宿することになったから、父さんと母さんと一緒に準備しに行った最中だった」