後には無残に壊れた誰かの傘が残っていた。
「勝ったのか?」
「そうだよ! 僕たちの勝利だ! 勝った勝った!」
いつの間にか元のサイズに戻っていたラフィオが俺の頭に乗ってはしゃいでいる。
そうか。よくわからないままの戦いだけど、勝ったのか。
「やったな、姉ちゃん。すごくかっこよかった」
「悠馬!」
「……」
魔法少女シャイニーセイバーが、俺の姉が抱きついてきた。
俺より少し背の低い女。怪物と互角以上に戦い、倒した女が、震えていた。
「よかった! 悠馬が無事で! あの女の子を助けに行った時、どうしようかと……」
俺に抱きついているのは、俺が見知らぬ誰かを助けなければ魔法少女になり戦う必要もなかった、弱い女。
「ごめん」
「ううん。悠馬なら絶対にそうするし、先に気づいてたならわたしが動いてた、かな……?」
「そこは自信持って言えよ」
「ふふっ。本当のことはわからないわよねー。けど良かった。わたし、勝てたのよね?」
「ああ。怪物はもういない」
「そっかー。そっか……」
セイバーは、俺を抱きしめている腕を緩めてズルズルと床に座り込んだ。
「姉ちゃん?」
「怖かった」
「え?」
「怖かった! なによあの怪物! 変な鳴き声するし! なんか顔怖いし! 遠慮なく傘で殴ってくるし! 怖いんだけど! えーん! ゆうまー!」
ギリギリで保てていたかも怪しい姉としての威厳が、緊張感と共に切れた。俺に抱きつきながら泣き出した。
ああ。一瞬だけ、愛奈のことをかっこいいって思ってしまった。いや、尊敬すべき姉なんだけどな。
「ゆうまー! 疲れた! おんぶしてください!」
「無茶言うな。帰るぞ。おいラフィオ。姉ちゃんの服、どうやったら戻るか教えろ。あと、帰ったら事情を聞かせてもらうからな」
「うえぇぇぇ! もう戦ったりとか絶対しないから! 絶対しないわよ!」
「はいはい。泣きやめ」
「ぐすっ。ひっぐ……むり! むーりー!」
そのうち、ここに人が戻ってくるだろう。その時、変なコスプレの成人女性が高校生に泣きついていたら絶対に怪しまれる。さっさとこの場から離れないと。
家に帰って、すぐに夕飯の支度をする。
買ってきたしらたきをザルに開けて数回水を切ってから、朝のうちに炊いていたご飯の上に載せて、めんつゆをかける。
しらたき丼の完成だ。これが今日の晩御飯。
「ほら、食え」
「あの、悠馬? わたし今日、すごく頑張ったのよ? 仕事も、よくわからないけど魔法少女も。もっとこう、いいものが食べたいなー。ステーキとか」
「そんなものを焼く腕はない」
「そうなのよねー。うぅっ。いただきます。めんつゆおいしい……」
めんつゆは、大抵の料理をうまくする奇跡の調味料だしな。
「他になにかないの?」
「冷蔵庫にプリンがあるぞ」
「やったー! プリン大好き! 悠馬のご飯の百倍は好き!」
「言いすぎだろ、それは」
「いや。あのはしゃぎ方は本気だと思うよ。これ、食えなくはないってレベルだし」
キッチンまで小躍りで向かっていく姉を見ながら、ラフィオまで失礼なことを言う。
手が込んでないことは認めるけど。
「僕もプリン食べていいかい? 食べ物の知識はあるけど、食べたことはなかったんだ。気になっている」
「いいけど、ちゃんとお前のこと話してくれよ」
「もちろん。一緒に戦う仲間なんだから、伝えないといけないよね」
「一緒に戦いたくないんだけどな」
実際に戦うのは愛奈だし。
「じゃあ説明を。その前に聞きたいことがある」
「なんだ?」
「お前のこと、なんと呼べばいい?」
机の上に座っている四足歩行の生き物は、少し申し訳ないという顔をしていた。
これまでちょくちょく名前は出てたけど、ちゃんと名乗ってはいなかったな。
「いつまでも、男と呼ぶわけにはいかないだろう?」
「割と長い間呼ばれてた気がするけどな。双里悠馬だ。姉ちゃんの名前は愛奈」
「そうか。よろしく。僕はラフィオ。こことは違う世界から来た」
「違う世界か。なんていう世界だ?」
「世界は世界だ。名前なんかない。けど、自分が立っている地面や星を君たちが地球と呼ぶなら、エデルードと呼ばれていた」
大地もこの星も、英語では同じアース。ラフィオの言いたいことは、なんとなくわかる。
「ラフィオは、そのエデルードって世界の……人間なのか?」
「そうとも。世界の支配的な種族になる、と理解していればいい」
なんか回りくどい言い方だな。
「こっちの方が本来の姿。大きくなったり人間を真似た姿になるのは、魔法の一種だよ。ちなみにそれ以外の姿にはなれない」
この四足歩行の生物が知性を持った世界か。
「いい世界だよ。地球ほど科学は進歩してないし、人口もとても少ない。けど静かで、争いのない世界だ。魔法によって、他の世界の様子を覗き見ることが、僕たちの楽しみだ」
覗きが共通の趣味の世界とは特殊だな。けど、異世界人のラフィオが地球の言葉を使えて文化も理解している理由はわかった。
「はい、ラフィオも」
「食べるよ。これが噂の……」
愛奈がタイミングを見計らってキッチンから戻ってきた。プラスチックの容器に入った、安物の珍しくもないプリンを三つ持っている。
ラフィオがプリンの存在を知りつつ、食べるのは初めてというのも、見た知識しかないから。
「おお。おお……」
小さな体に対して槍みたいなサイズ感になったスプーンを持って、容器内のプリンを突くラフィオ。感触の時点で、かなり感動してるらしい。いや、それほどか?
それから、随分もったいぶって一口食べて。
「こんな美味しいものが存在したなんて……」
目を輝かせながら言った。たかがプリンに大げさな。
けどその様子に、愛奈とふたりで微笑みながらラフィオを見ていた。
「悠馬。毎日プリンを買ってきてくれてもいいんだぞ」
ラフィオの声で我に返ったけれど。