戦いはまだ続いていた。
「ねえ! こいつどうやって倒すの!? いくら斬っても殺せないんだけど!」
「フィアァァアアァ!」
見れば、フィアイーターは体にいくつもの切り傷を負っていた。そして俺が見ている前で、傷口がゆっくりと塞がっていった。
「なんだあれ。回復してるのか?」
「敵も魔力を使って体の修復をしてるんだ。奴の体のどこかにコアがあるはずだ! 黒い塊みたいなやつ!」
「それならあったけど!」
セイバーは敵に向かって踏み込んで剣を振る。さっき見た時より、いくらか剣の扱いに慣れている様子だった。
受け止めるように傘を構えた敵に接近しつつ、その傘を払いのける。さらに一本踏み込みながら正面から足裏で敵の腹のあたりを蹴った。
悲鳴かうめき声を上げながら後ろによろめくフィアイーターの隙を見逃さず、セイバーは再度胸に斬りかかる。
胸に大きな切り傷。さっきもここに傷ができていたけど、さらに深い。
フィアイーターの体の中はどうなっているのか。傷がついても血は流れず、傷口からは黒い何かが渦巻いている光景が見えた。
その中に、固まった血のような赤黒い色の石があった。周りも黒いけど、その石は強く発光しているため赤い色が強調されて、目立っていた。
あれがコアなのはすぐに理解できた。
それから、愛奈が変身に使った宝石とよく似ていることも。
「剣に光を集めろ! 光の力で邪悪なコアを切り裂けばフィアイーターは死ぬ!」
「光を集めるって!? こう!?」
セイバーが頭上に剣を掲げたところ、剣の刃が微かに光を増した。光が吸収されているということか、天井の照明は暗くなる。
けど、そんなに光が集まっているようには見えなかった。
「ねえ!? これ、どれだけ集まればいいの!?」
「フィアアアアア!!」
「うわー!? 待って待って! 来ないで!」
傷が再生しかけてるフィアイーターがセイバーに襲いかかった。慌てて剣を構えてこれを受けることになったセイバーは、なんとか剣先を相手のコアにぶつける。
コアはびくともしなかった。
「光が足りないんだ! もっと集めろ!」
「無茶言わないでよ! 集めてる間に攻撃されるのよ! どうすればいいの!?」
「頑張れ!」
「そんな意味のないアドバイスじゃなくて!」
単純な剣の腕ではセイバーの方が上らしく、フィアイーターの傘の突きをなんとか払う。そしてできた隙に踏み込んで、再度胸に傷をつけることはできた。
けど、決め手に欠けた状態。
「くそ。やはり魔法少女ひとりでは無理があるか……」
「どういうことだよ」
俺の頭に乗ったラフィオが悔しそうに言う。
「早めにスカウトして、複数の魔法少女を揃えてから戦わせるつもりだったんだ。誰かが抑えつけている間にひとりが光を集めてコアを砕く。それか敵が動けなくなるまでボコボコにしてから、ゆっくり光を集める」
じゃあこの場合は、セイバーがあいつを一旦叩きのめさないといけないのか。
けど、ラフィオの考えは少し違っていて。
「よし! 男! お前が戦え! 魔法少女じゃなくても足止めくらいはできるだろ! セイバーの弟なんだろう姉にだけ戦わせて自分は見ているだけかい!?」
俺の頭をバシバシ叩きながら言う。こいつは。
「だったら……」
「ぐえっ」
「お前が行ってこい!」
「なんでだあああああ!?」
ラフィオの体を掴んでフィアイーターまで投げる。
少女を魔法少女にする妖精気取りが。指示だけ出してればいいと思うなよ。
「くそ! なんて横暴な奴だ! こうなったら! このこの! 死ね!」
「フィアアアッ!」
「うるさいんだよ!」
フィアイーターの頭部に乗っかったラフィオは奴の頭をバシバシ叩く。うっとおしいと感じたらしいフィアイーターが手を伸ばして振り払おうとした瞬間に。
「小さいからって馬鹿にするな!」
ラフィオが巨大化した。形はそのままに、大型バイクくらいの大きさに。背中に人間をふたりくらいは楽に乗せられそうなサイズ。
あいつ、こんなこともできるのか。
大きさに伴って質量も増したのか、突然頭に重量がかかったフィアイーターは床に倒れ込んだ。
これなら勝てるかも。
「ラフィオ! そのまま押さえつけとけ! 合図したら立ち上がらせろ!」
「わ、わかった!」
俺は素早く周りを見る。逃げた人たちの持ち物がいくつもか転がっている。外は雨。当然のように傘もあった。
丈夫そうな傘を選んで掴み、ラフィオとフィアイーターの方へ走る。
「今だ!」
「むぐー!」
返事が変な声なのは、ラフィオが敵の背中の肉に噛み付いているから。その上からどきながら、噛み付いたまま背中を引っ張った。
立ち上がったとは言えないけど、膝立ちの状態。四足歩行の生き物の精一杯なのだろう。
これで十分。
フィアイーターの胸が、時間経過で塞がりかけていた。理屈はわからないけど、さっきも見た光景。
ちらりと姉の方を見る。そんなに強くない照明の光を集めて、剣が眩い光を放っていた。
傷が塞がるまでの時間を稼ぐため、俺は敵の胸に傘を差し込んで強引に広げた。
「姉ちゃん! 今だ!」
「うん! うおおおおおおおお! ねえラフィオ! 技名とかあるの!?」
「ないけど、気合いが入るなら好きに叫んでくれ!」
「じ、じゃあ! セイバー突き!」
うわ。ださい技名。というか、ラフィオは斬れって言ってなかったか?
けど、セイバーの剣先はまっすぐにフィアイーターの胸に刺さってコアを砕いた。その様子を、俺は間近で見ていた。
なびくサイドテールも。ひらりと舞うスカートも。美しい横顔も。
普段は駄目な姉だけど、この瞬間だけは頼れた。
「フィ……ア……」
コアを砕かれたフィアイーターは、力ないうめき声と共に細かな黒い粒子と共に消滅した。