ああ。これは助からないな。俺は、知らない女の子を助けようとした結果、死ぬのか。たぶんこの子も一緒に死ぬ。
見捨てれば良かったのか? でもそうしたら、俺はきっと永遠に後悔することになるだろう。それも嫌だった。
とにかく、愛奈だけでも逃げてくれ。あんな馬鹿でも、俺にとっては唯一の家族だから。
「ああもう! わかったわよ! 魔法少女にでもなんでもなってあげる! やり方を教えなさい、ラフィオ!」
愛奈の、そんな声が聞こえた。
そうだよな。愛奈にとっても、俺は唯一の家族だ。
「この宝石を握るんだ。君には適性があるから、心に言葉が思い浮かぶはず。それを叫べ」
「わ、わかったわ! 叫べ叫べ……」
俺のことはお前呼びだったのに、ラフィオは愛奈を「君」なんて呼んでいた。そっちの方が雰囲気出てるけど。
鞄から取り出したのだろう。彼は桃色の宝石を姉に渡した。小さなラフィオでも持てるようなサイズだ。なんて種類の宝石なのかは知らない。俺の知識で理解できる確証もなかった。
それを握った姉は、心に浮かぶ言葉を探すように目を瞑る。ほんの一瞬だった。
「ライトアップ! シャイニーセイバー!」
高らかに叫んだと同時に、愛奈の体が光に包まれる。こっちに迫ってくるフィアイーターが、その光に一瞬だけ怯んだ。
たぶん光の中で、姉の服が変わっているのだろう。
外から見ればその光はすぐに消えて、桃色の衣装に身を包んだ姉の姿が現れた。
ヒラヒラのスカートは短めで膝上十センチくらいあって、さらに可愛らしいフリルがあしらわれている。足元はスニーカーでソックスも短めだから、足がかなり出ているスタイルだ。
トップスもお腹や肩を大胆に出すスタイルで、彼女のほっそりとした体のラインを見せつけていた。変身しても小さな胸は一切成長してないのだけど、そのラインも残酷なまでに見えていた。
その代わり髪はかなり伸びている。社会人らしい黒髪は鮮やかな桃色になって、ショートだった髪型は長いサイドテールに。
だから、見た目の印象はかなり変わった。俺も変身したところを見なければ、これが姉だとは気づかなかっただろう。
それから右手に、剣を持っていた。刃が微かに光っている。鍔の部分に、さっき握りしめていた宝石が光っていた。
「闇を切り裂く鋭き刃! 魔法少女シャイニーセイバー!」
変身が完了した愛奈改めてシャイニーセイバーは、高らかに名乗りを上げた。直後に自分の格好を見て。
「って!? なによこれ!? 恥ずかしいんだけど! 露出多くない!? こんな短いスカート履いたことないっていうか、お腹も見えてるし! ちょっと! なんでこんな格好なのよ!?」
「落ち着け、セイバー。敵が襲ってくるぞ」
「ああもう! 悠馬下がってて!」
駅構内のタイルを蹴って、セイバーはフィアイーターの方へと駆ける。スカートがひらりとめくれて、俺は目を逸らした。
セイバーに攻撃目標を定めたフィアイーターが、傘を思いっきり振り上げた。セイバーはそれを真正面から受け止める。
金属同士がぶつかる音。セイバーの剣はかなり鋭利なようで、傘の布部は切り裂かれていた。けれど骨の部分は頑丈らしく、人を殴打する機能は失われない。
「フィアアァァ!」
苛立ち混じりの声と共に、フィアイーターはまた傘を振り上げた。
「さっさと死になさいよ! わたしだって好きでやってるんじゃないんだから!」
苛立ってるのはセイバーも同じ。その傘を再度受け止めて、逆に押し返した。さらに返す刀でもう一回斬りつける。
動きは素人のものみたいだけど、恐ろしい怪人の胸元、傘の布のような質感の皮膚に切り傷ができた。
「フィアっ!?」
フィアイーターもまた、その傷に衝撃を受けたのか数歩下がって傘を構え直した。
「よし! いける」
見ている俺も、思わず声が出た。姉ちゃんすごいじゃないか。
「おい。男。その子を連れて離れろ」
「わかった」
いつも間にか俺の頭の上に移動していたラフィオが命令する。
言い方に思うところはあるけど、賛成だ。
姉の戦いをしっかりと見届けなきゃいけないのは理解している。けど、俺はまだ助けた女の子に肩を貸したままだ。
「歩けるな? 今のうちに離れるぞ」
「あ、はい!」
その子もセイバーの戦いに見とれていたらしい。剣と傘のぶつかり合いはまだ続いているけど、セイバーに危なげはなかった。
少女を連れて駅の中を進む。ある程度離れたら、彼女は壁に手をついて自力で立った。
「あの。ここまでで大丈夫です。あとはひとりで逃げられます」
「いいのか?」
「お姉さん、なんですよね? 戻ってあげてください」
「ああ。ありがとう」
「おい、お前!」
「ひっ!?」
ラフィオが、その子に顔をずいっと近づけた。
「今見たこと、人に話してもいいからな」
「……へ?」
思ってたのと真逆なことを口にしたラフィオに、彼女も間の抜けた声が出た。
こういうのって、ヒーローの存在とか正体は隠すものじゃなかったか? 人知れず世界を守る、みたいな。
「もちろん、シャイニーセイバーの正体について誰かに言うのは禁止だ。年齢や容姿、弟がいるってこともな。けど魔法少女シャイニーセイバーの存在自体は、しっかり話せ。噂にしろ。ネットにも書き込め。怪物に果敢に立ち向かう戦士がいると」
「え? え?」
正体はさすがに隠すか。けど、それ以外は大っぴらにしろって言うのも、なんか変な気が。
「いいか! ちゃんと約束は守るんだぞ! 命の恩人の言うことを聞かないと、後でひどい目にぐえっ!?」
なんて横暴な命の恩人だ。強引に体を掴んで黙らせた。
「ごめんな。驚いたよな。俺たちの正体、話さないことだけ約束してくれ」
「あ……はい! わかりました!」
「おい! なんでこいつの言うことは聞けて、僕には困った反応見せるんだ! 差別だ差別ぐえー!」
壁に支えられながら逃げていく、名も知らない少女を見送りながら、俺はラフィオを掴んだまま姉の所へ引き返した。