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1-2.謎の生意気な少年

 日常が崩れたのは、予報どおりの雨となった夕方のこと。


 今日の授業も何事もなく終わり、俺は家に帰って夕飯の支度をしていた。するとスマホに着信。愛奈から。


『悠馬ー! 雨降ってる! 迎えに来て! 傘忘れました!』

「忘れたんじゃなくて、そもそも持って行こうとしてないだろ」


 天気予報を見るとか折りたたみ傘を持ち運ぶって考えが無いからな、この馬鹿には。


『違うもん忘れたんだもん! 前に雨が降った時は、ちゃんと次は傘持ち運ぶって決めたんだもん!』


 その翌日には決意も頭から消えて、今日に至るまで思い出すこともなかったのだから、立派に忘れてる。


『ねえ悠馬! 駅まで迎えに来て! お願い!』

「濡れて帰れ」

『愛するお姉ちゃんに、なんてひどいことを!?』

「わかったわかった。行ってやるから静かに待ってろ」


 迎えになんか行きたくもないが、行かないと愛奈は延々と駅前で騒ぎ続けるだろう。

 周りの迷惑になってしまう。小さいけど商業ビルがあって、ショッピングセンターがあって駅前商店街とか飲み屋街もある、それなりに人通りのある駅だし。



 ビニール傘をふたつ手に取ってマンションを出た。ざあざあと降る雨を見れば、たしかに濡れるの覚悟で帰るのに気が引けるのはわかる。


 朝学校に行くためのバス停とは反対側に少し歩けば駅がある。

 駅にもバス停はあるけど、そんなに時間がかからない距離だし、愛奈は毎朝駅まで歩いてる。


「わー! 悠馬来てくれた! やっぱり持つべきものは可愛い弟よね!」

「うるさい。抱きつくな。離れろ。やめろ」


 駅の構内で俺を見つけた愛奈が駆け寄って抱きついてきた。


 俺を溺愛してるのは本当。仲がいいのは嬉しいけど、愛情表現が馬鹿だ。

 知り合いがいるかもしれない駅で、姉に抱きつかれる男子高校生の気持ちになってみろ。


 姉は俺より少し身長が低い程度で、見方によっては恋人同士とかあらぬ疑いを持たれそうだ。今はスーツ姿だから、それはないと思うけど。


「えへへ。悠馬なら来てくれると思ったよー」

「さっさと帰るぞ」

「もー。照れちゃって。このこのー」

「お姉さん、いい体してるね。魔法少女にならないかい?」

「うん?」


 姉弟の会話に、不意に入り込む声。


 子供のような、幼さを感じる声だった。

 実際に子供だった。


 俺たちのすぐ近くで、十か十一くらいの少年がこちらを見上げていた。

 日本人離れした端正な顔だ。髪も真っ白で、かなり目立つ容姿。


 そんな少年が。


「魔法少女にならないかい、お姉さん」


 よくわからない誘いを姉にしてきた。


 魔法少女ってなんだ? アニメとかか?


「えっと。悠馬、知り合い?」

「知らない」


 姉は困った顔を俺に向けてくる。俺も困ってるんだけど。子供が、遊んでほしいから話しかけたのだろうか。

 そんな暇はないから、なんとか追い返そうと考えたところ。


「そうか。親しみやすく人間の格好になったけど、これじゃ信じてくれないか。おい、男。手を出せ」

「あ?」

「ひえっ!?」


 少年の偉そうな命令口調に、自分で思っていたよりガラの悪い返事が出てしまった。子供が明らかに引いてる。


「もー。悠馬駄目よ。相手は子供なんだから、もっと優しくしないと」

「そ、そうだぞ男! このお姉さんの言うとおりだ。あとおとなしく手を出せ!」

「おいこら。調子に乗るなよ」

「ひえぇ」


 愛奈がちょっと優しくしたと思ったら、その陰に隠れながらこっちを責め立てる。なんなんだこいつは。


「だから悠馬……手を出せって言ってたわよね。こう?」


 俺ではなく愛奈が、少年に向けて手を伸ばした。


 直後、彼は軽く跳躍。同時に体がどんどん縮んでいき、変化していった。


 少年の姿は消えて、愛奈の手のひらには四足歩行の小動物がいた。全身が白い毛に覆われていて、頭には先の尖った長い耳。目はちょっと吊り上がっている印象。

 兎に似てると最初は思った。けど猫っぽくもあるし狐っぽくもある。

 首に、小さな鞄を提げていた。


 座った状態で、愛奈の両方の手のひらにちょうど乗るような大きさ。重さもそれなりにあるようで、彼女の手がわずかに沈んだ。


「やあ。改めてお姉さん、魔法少女になってよ」


 そして、さっきの少年と同じ声で、同じことを言った。


「ええええええ!?」


 愛奈が驚愕の声を上げているけど、驚いてるのは俺も同じ。

 けど、こんな人通りが多いところで堂々と話す相手じゃないのは理解できた。特に、何かあれば叫ぶ馬鹿と一緒には。


 知り合いに見られたら今度こそまずいことになる。ぬいぐるみみたいな生物と喧嘩してるなんて学校で噂が流れたら、俺の学校生活は終わりだ。


「こっちだ」

「ぐえっ」


 白い生物の体を掴んで、姉の手を引いて駆け出す。駅構内の、目立たない一角に。

 謎生物の苦しげな悲鳴が聞こえたけど、気にするものか。


「おい。お前なんだ。何者だ」

「離せ男! 僕は男なんかとは話したくない!」


 俺の手の中で暴れるそいつ。握力を緩めてやれば、即座に脱出して俺の頭の上に飛び乗った。


「改めてお姉さん、魔法少女にならないかい?」

「ええっと……まず、あなたの名前を教えて?」

「姉ちゃん、相手をするな。こんな奴はさっさと保健所にでもぶちこもう」

「ひぃっ!?」

「まあまあ。話だけでも。それで、君をなんと呼べばいいの?」

「僕の名前はラフィオ。異世界から来た」

「異世界かー」


 ラフィオなる生物の口にした現実感のない単語を、愛奈は力なく繰り返した。

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