「はあああああああああ……」
俺の目の前では今、ブランコに乗った少女ががっくり肩を落としている。ブランコが揺れるたび、少女のおかっぱ髪と赤いスカートがゆらゆら揺れた。
彼女の名前は、花子さん。
学校のトイレに出没するとして有名な、怪談の一人だ。
「もうマヂ無理……死にたい……」
「いや、もう死んでるだろお前。オバケなんだから」
彼女の前に座り、ツッコミ入れてる俺は人面犬。パグの体におっさんの顔がついているオバケだ。
え?パグってそもそも顔がおっさんみたいだからあんま変わらないだろって?……それは言わないお約束である。
「花子さんや、そこでいつまでも落ち込んでてもしょうがねえだろうがよ」
いつまでも、鬱々オーラをまき散らされてはたまらない。俺ははっきりと言った。
「いくら、日本オバケ協会でクビになったからって」
「まだよ!まだ私、クビになってないわ!なりそうなだけで!」
くわ!と勢いよく顔を上げる花子さん。
「ま、まだ挽回の余地は残されてるんだから!今年の夏、たくさん成果を上げればクビは撤回してもらえるんだからあ!」
「あー、ハイ」
人間達は知らない事実。俺達オバケと呼ばれる存在は、日本オバケ協会というところに所属しているのである。ここで認められたオバケだけが学校や墓地に出没し、人間を驚かせる仕事に就くことができるのだ。
ところが、最近オバケたちにも危機が迫っているのである。有名どころのオバケたちが、次々クビを宣告されているのだ。
目の前の花子さんもその一人。なんでクビ宣告されたのかと言えば。
「理事長もあんまりよ……!い、いくら……いくら私が古臭いオバケだからって!」
彼女は滝のように涙を流しながら言う。
「いくら!花子って名前が古いからって!もうオカッパにスカートの幼女の幽霊とか流行らないからってええええええええええええええええ!!」
これである。
そう、時代は変わってしまったのだ。今時「え、花子?いつの時代の名前だよソレwww」と言われかねない状況なのである。ただでさえ、トイレの電気が自動点灯になったり、みんなスマホ持ち歩けるようになったりして恐怖感が薄まっているというのに。
ようは、古臭い名前とビジュアルすぎて、もはや信じて貰えない。そんなもん廃れたでしょ、とみんなに認識されてしまっているのだ。
ちなみに、同じ理由で先日、“理科室の人体模型”がクビ宣告されていた。彼の場合もっと切実である。いかんせん、理科室に人体模型置いてる学校が激減してしまったのだ。最近は人体の秘密とか説明するのも、パソコンで作ったパワーポイントとかCGとか、はたまたYouTubeの動画があれば充分らしい。あまりにも世知辛い話だ。
「こうなったら……最近の流行をもっとアゲアゲで取り込んでやるわ!マジぱねえかんじのギャルになって、ナウなヤングっぽいお洒落してパラパラでも踊ってやればきっと……!」
「死語!死語!死語だらけだから既に!!」
「え、駄目!?じゃあ、きさらぎ駅とか、そういう最近の都市伝説を参考に物語を……」
「きさらぎ駅の発祥は2004年だっつの!あっちももう二十年前!あれも最近って呼ぶにはちょっと古すぎるだろ!?」
やばい、と俺は冷や汗をかく。
このままだと、焦りから彼女が斜め上の方向に暴走する気しかしない。さすがに、有名怪談であるトイレの花子さんがやばいバージョンアップをしては、同じオバケとして恥ずかしすぎるというものだ。
そもそも俺=人面犬だってもうだいぶ古い怪談になってしまっているのである。明日は完全に我が身と言えよう。ならば。
「とりあえずスマホを持とうぜ、花子さんよ!それで、最近の子が何を怖がるか、そういうのをよく調べてみるんだ。今はネットの時代だぜ、オバケだって有効活用しねえと!な!」
「……それもそうね」
納得してくれたらしい。
彼女は頷いて、ブランコから飛び降りた。
「よし、今からスマホ買ってくるわ!えっと、3Gだっけ?」
「それはもう終わってるから!」
知識がまったくアップデートされていなかった彼女だが、どうにかスマホを購入することに成功したらしい。見た目が幼女なせいで、保護者の同意がないとなかなか買わせて貰えず苦労したようだが(最終的には音楽室のバッハさんに保護者になってもらった)。
花子さんは努力したようだ。
最終的に今、彼女の怪談はこうなっている。
「ぎゃああああああああああああああ!あたしのインスタがHANAKOさんに乗っ取られてる!す、スマホの恥ずかしい写真が勝手にアップされてるううううううううううう!」
襲った人間のプライバシーを次々暴露する恐ろしい悪霊、HANAKOさん。
なんか恐怖の方向が間違ってる気がしないでもいいが、まあクビを回避したのだから良いことにしよう。