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第59話 太陽の予兆

 私が方針を決めてから、一週間が経ちました。

 あれからどうなったかというと……。


「……」


 目覚めてすぐ、私は右手を見ます。そして驚きと喜びで目を見開きます。

 なんと、消えかかってはいますが、カサブレードがあったではありませんか。


「よし、よし!」


 これは快挙でした。最初は完全に消えていたというのに、今は僅かに形を保っています。

 喜びを噛み締めつつ、私は次のルーティンに入ります。


「はぁ……はぁ……!」


 いつもの位置からしばらく全力疾走、その後立ち止まった私は周囲を見回します。最初の頃に比べて、明らかに景色が違います。

 しかも少し休めば、まだまだ走れそうなくらい余裕があります。


 安直な反復でしたが、それでも手応えがあります。

 とはいえ、形態を変化させられたわけでもなく、カサブレードからの力もちゃんと引き出せているのかも怪しいです。

 今日のフレデリックさんとの訓練でその効果が実感できると良いのですが……。



 ◆ ◆ ◆



 定例の訓練が終わりました。

 今回もフレデリックさんとの一対一です。気合十分で戦ってみましたが、ボコボコにされてしまいました。

 ですが、フレデリックに掛けられた言葉はいつもと違っていました。


「……マシになったな」

「え!? そうなんですか!?」

「以前に比べ、攻撃の重さが増している。打たれ強さも上がったようだ。……いつもよりも強めに木剣を振るってみたのだが、気づいていたか?」

「え? い、いえ。いつも通りの痛さでした」

「なるほど。目標の一つはクリアと見ていいだろうな」


 まさかの合格判定。

 思わず私は両手を挙げて、バンザイをしてしまいました。


「やった……! やったやった! エイリスさん、マルファさん、やりましたよ!」

「やったねアメリア。ボクも同じくらい嬉しいよ」

「へっ、一つクリアしただけだろ。調子に乗るのはまだはえーよ」

「むぅ。そういうマルファさんはどうなんですか?」

「そいつぁー言えねーなー。ま、せいぜい楽しみにしているんだな」

「マルファさんの意地悪!」


 とはいえ、マルファさんの言うことにも一理あります。

 最大の目標がまだクリアされていないのですから。


「アメリア、カサプロテクトはまだのようだね」


 エイリスさんの視線はカサブレードに向けられています。

 私は頷きました。カサブレードがいつまでも新しい形にならないことに焦りを感じていました。

 今更ですが、その焦りにはもう一つ理由があります。


「そういやアメリア、あのカサバスターって形態には出来るのか?」

「……いえ、実はあれから一度もカサバスターの形態に変化させられないんです」


 そう、これがもう一つの理由です。

 フレデリックさんとの戦いの決め手になったカサブレードの形態――カサバスター。

 あの後、もう一度でもカサバスター形態にしようと試みましたが、最初の形態を維持したままです。

 そもそもあれは奇跡で、もう二度とカサバスターに変化させられないのではないかと考えてしまったくらいです。


 するとフレデリックさんは当時を思い出すかのように、目を細めました。


「……あの時、アメリアを通して放たれた力は本物だ。あの時のアメリアとカサブレードはかなり高い同調率と感じた」

「何が理由だったんでしょうか?」

「俺が言うのもなんだが、命がけの状況だったからではないかと思う。火事場の馬鹿力とでも言うのが正しいのかはわからないが、あの時のアメリアは間違いなくカサブレードを使いこなしていた」

「火事場の馬鹿力……」

「じゃあアメリア、また死にかけようぜ。なら、力を発揮できるんじゃねーの?」


 マルファさんの笑顔が何だか怖く見えてしまいました。

 答えは当然ノーです。

 フレデリックさんが考えた末、方針を決めてくれました。


「気分転換だ。明日は外で訓練をつける」

「え、フレデリックさんは大丈夫なんですか?」


 隅っこで紅茶を飲んでいたディートファーレさんが手でオーケーの形を作ってくれました。


「フレデリックを復帰させる算段がついたから、もう大丈夫よ」

「父上と話したんだね」


 何かを察したのか、エイリスさんは王様の名前を出しました。エイリスさんの言いたいことが伝わったのか、ディートファーレさんも無言で頷きます。


「エイリスさん、どういうことなんですか?」

「そうだね……簡単に言えば、フレデリック軍団長は精神攻撃を食らっていたが故に暴走してしまったということを理解してもらったんだ」

「かなり疲れたけどね。フレデリックは剣馬鹿とは言え、立場のある軍団長。そんなフレデリックを疎ましく思っている奴らも少なからずいるのよ」

「そんなもの、放っておけばいいだろう」

「なに馬鹿なこと言ってんのよ。貴方がいなくなれば、軍内部のパワーバランスが傾くのよ。その先は泥沼の権力争いが始まってしまうのよ、分かりなさい」


 ディートファーレさんがフレデリックさんの額を突っつきながら、お説教をしていました。こうしてみると、仲が良い姉弟なんだなぁと感じます。

 言っている内容は相当殺伐としていますがね。

 フレデリックさんは力なく返事をしました。


「……理解した」

「安心してよ二人共。国を乱す者は然るべき対応をさせてもらうから」


 そう言って笑うエイリスさんの笑顔は、背筋が凍りました。エイリスさんはエイリスさんだと思っていましたが、やはりイーリス王女様なんですよね。すごく強い方です。



 次の瞬間、フレデリックさんとディートファーレさんの表情が変わりました。



「――何だ?」


 フレデリックさんが木剣ではなく、本物の剣の柄に手をかけました。


「この空間に魔力の干渉……? 妙ね、皆警戒して!」


 ディートファーレさんが身構えた瞬間、この地下訓練場の空間が歪んでいきます。地下訓練場だった場所は無機質な広場に変わっていきます。

 私達の前方の空間が歪みました。もやもやとした感じは、まるで陽炎かげろうを連想させます。


 出しっぱなしのカサブレードが鳴動しています。この感覚には覚えがあります。流石に二度も戦えば、驚かなくなってきました。

 カサブレードを宿敵とする者が作り出す力の欠片。そう、その名は――!



「日輪に照らされ、降臨せし。俺の名はバーニガ。カサブレードの破壊を命じられた太陽の化身なり」



 ハイビスカスの花に似せたような頭部、四肢が長い肉体、背後にはお日様のような紋章が浮かんでいます。

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