アメリアが持つお盆には人数分のプレートが載せられていた。
そこには肉料理や魚料理、そしてパンが置かれている。湯気が立ち上っているので、出来立てだというのがすぐに分かる。
見ているだけで楽しい盛り付け。揃った大きさの具材を見るだけで、調理の丁寧さが見て取れる。
ここまで言葉を飾っておいてこの感想を言うのはいささか幼稚だとは思うが、あえて言おう。美味しそうだ、と。
「おお! 美味そうじゃねーか! 早速食おうぜ!」
「はい! 自信作ですよ! しかも今回は色々とアレンジに挑戦してみました!」
「アレンジ……」
アレンジ。
普通の人間からその言葉を聞くと、少し身構えてしまう。レシピというのは集合知だ。様々な人間の試行錯誤があり、今の形となっている。
アレンジという行為を否定する気はないが、そのレシピのバランスを崩すことになるのは間違いない。
とはいえ、今回の料理人はアメリアだ。
アメリアのメイドスキルは既に分かっている。だからこそボクはワクワクしたんだ。あのアメリアが一体、どんな工夫をしたのか。
「ということでどうぞ。簡単なものではありますが……」
鶏の香草焼き、魚を使ったスープ、焼き立てのパン。申し分のないメニューだ。プチ贅沢感とでも言えば良いのだろうか、肉、魚、パンの組み合わせはいつも人の心を高揚させる。
あまりにも美味しそうなので、マルファなんかもうナイフとフォークを握っているじゃないか。
食事開始。
早速、ボクは鶏の香草焼きを切り取り、口に運んだ。
その瞬間、視界が歪んだ。
「!!?」
これは子供の頃の記憶だろうか。母上の腕の中で泣くボクが見えた。
あの時のボクは何でも興味を示す子どもだったなぁ。剣術や魔法、音楽に創作、目について面白そうだと思えば、何でもやっていたな。そのおかげである程度は何でも出来る子になったという自負がある。
その中でボクは運命的な出会いを果たした。
それが、古魔具との出会いだったんだ。
ある日、父上の書斎に忍び込んだとき、色んな種類の古魔具を見つけたんだ。そう、古魔具収集は父上の隠れた趣味だったんだ。
時代を感じさせないデザイン、端々から感じ取れる機能美、そして何より、その古魔具に込められた制作者の心が見えてくるのが良かった。
そこからのボクは父上の後を追うように古魔具を集め、鑑賞していくことになったんだ。
ところで何故ボクはこんな昔のことを思い出しているんだろう。
「はっ!」
ようやくボクは意識を取り戻した。今のボクはボクだ。どうしていきなりこんな走馬灯にも似た状態になったのか。
答えは明らか、アメリアの料理だろう。
「あの、アメリア。これは一体……? 鶏の香草焼きと聞いていたのだけど」
「鶏の香草焼きですよ! ただ、今回はガツンとした味付けに挑戦してみたくて、色々と混ぜてみましたが」
色々と混ぜた。
鶏の香草焼きの味は、塩気、香草のいい香り、肉の旨味、甘さ、ソースなんかあればその味も加わってくるだろう。
だが、しかし。
ボクの口に広がっているのは、塩辛さ、酸味、苦み、甘さ、旨味。およそ人が感じられる味の全てを感じ取れてしまっている。
一体どうやったらこの世の味を全て詰め込んだような味になるのか。
「もしかして……ま、まずかったですか?」
アメリア、今の状態でその質問ができるのはある意味すごいと思えるよ。
マルファ、泡を吹いて倒れているよ? スープをこぼしていないのは
「い、いやぁ。そんなことはないよ。このスープも頂くね」
何かから逃げるように、魚のスープに口をつけた。恐らく真実を知ったら、アメリアは酷く悲しむ。
ボク達は仲間だ。そしてこの料理は大事な仲間が作ってくれた料理だ。人に料理を作るということは色んな気遣いや手間暇がかかっているはず。
そんな彼女の思いやりを無下にしたくはないんだ。
「――――」
スープを飲み込んだ瞬間、ボクは海の中にいた。何を言っているのか分からないと思うけど、ボクは味覚の海にいたんだ。
この料理も例に漏れず、人間が感じられる味の全てが感じられる。何故だい? 魚のスープだよ? 伝わってくる味は旨味と塩味、よくて野菜の甘味とかだろう?
何故、酸味や苦みが感じられるんだい? 腐った野菜でも使ったのかい?
アメリアの料理を食べると、無限に疑問符が湧いてくる。
意識が遠のきそうだ。だけど、ここで倒れるわけにはいかない。
「え、ど、どうしたんですかエイリスさん? 急に膝をついて」
「い……いやぁちょっと安定した姿勢で食事を取ろうかなと。――そうだ! アメリアも早く食べると良いよ」
ボクは名案を思いついたような気分になってしまったよ。
誰かが言わなくても、自分の料理を食べれば、色々と察してくれるはず。
希望を込めて、ボクはそう促したんだ。
神よ、アメリアが傷つかないように、事実を教えてあげてください。
「分かりました。お言葉に甘えさせていただきます。――う~~ん! 美味しい! 我ながら良く出来たと思います!」
どうやら神は休日だったようだ。
アメリアは満足そうに食べている。その食べっぷりを見て、気づいたことがある。
そうだ、パンだ、と。
ボクはワラにも
流石にパンなら美味しく頂けるだろうと。
しかし、現実は甘くなかった。
「――」
これ
流石のボクも、無抵抗で三連続の顔面ストレートを食らってしまえば、立つ気力もない。
「エイリスさん? 何だか顔が青くなっていますよ!? 大丈夫ですか!?」
「あぁ、大丈夫さ。けど、ちょっとお腹がいっぱいになってしまったようだ。マルファは行儀が悪いから、もう横になっているけど、ボクもちょっとだけ横に……」
とうとう気力が尽きてしまった。
最後にアメリアへのフォローも言い残せたので、まぁ良いだろう。
マルファ、君が羨ましいよ。そんなにあっさりと意識を飛ばせるなんてね。
王族は不意の毒物投与に備えて、特殊な訓練をしている。大概の毒に対しては耐性があるつもりだけど、こういった善良なタイプは訓練の対象外だ。
今後、アメリアが料理にアレンジを加えようとしたら、全力で止めよう。
そう強く思い、ボクは意識を手放した。
その後の話だけど、アメリアは普通に料理が上手かった。
アレンジをしなければ、だけどね。
今後は普通に料理を作ってもらおう。そう、普通にね。