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第55話 地獄の門が開かれた:前編(エイリス視点)

 ボクの名はエイリス。本名はイーリス・アル・サンドゥリス。この国の第一王女だ。


「あ、あぁ……アメリ、ア。その料理は……何だい?」

「え? 私特製の鶏の香草焼きですよ? さっきも言った通り、アレンジ・・・・はしていますが……」



 そんなボクが今、死にかけている。



 ボクの口の中では不思議な感覚が広がっていた。

 甘く、しょっぱくて、酸っぱくて、辛い。味覚の全てがここにあったんだ。こんな料理はどこを探しても見つからない。

 まさに混沌を具現化したような料理だ。


 隣のマルファを見てみよう。


「――――」


 ブクブクと泡を吹いて倒れている。ここが宿でなければ、ボクは確実に死人だと思っただろう。

 とはいえ、ボク自身も立っていられず、膝をついている身だ。かわいそうだけど、助けてあげることは出来ない。

 すごく楽しそうに自分が作った料理を食べるアメリア。極限状態のボク達。

 一体どうしてこうなっているのか。



 事件は一時間前に起きたんだ。



「あの……私がどっちも作るっていうのはどうですか?」


 あの後、ボク達は結局何を食べるか決まらなかったんだ。パンや肉、魚で揉めていると、アメリアはそう言ってくれたんだ。


「アメリアが作ってくれるのかい?」

「そういや一応メイドだもんな、アメリア」

「むー! 失礼ですよ! お料理はずっと作っていたので、自信があるんですー!」


 肉と魚を使った料理を何品か作ってくれるらしい。非常にありがたい申し出だったよ。何より、あの・・アメリアの料理だしね。


「へぇー楽しみだなぁこりゃ」

「ポンコツメイドではありますが、全身全霊込めて料理を作らせてもらいますよ」


 ボクは心の中で首を横に振った。

 そんなことはないんだよ、アメリア。君は自分のことをよく、ポンコツメイドと言っているけど、それはとんでもない卑下なんだ。


 城でたくさんのメイドを見てきたボクが断言しよう。

 アメリアのメイドスキルは超一流なんだ。


 ポンコツメイド? とんでもない。アメリアさえ良ければ、すぐにでも城の総メイド長に置きたいくらいだ。

 しかし、ボクはまだこの話をアメリアにはしない。

 今のアメリアには自信が足りない。逆に言えば、それだけ。いつか自信がついた時、ボクは改めてアメリアをスカウトするつもりだよ。


「宿の設備が使えるようなので、早速食材を買ってきますね!」


 そう言い、アメリアは部屋を出ていった。

 部屋にはボクとマルファがいる。


「相変わらず慌ただしい奴」


 マルファはそう言いながら、ベッドに転がった。口では冷たい印象を受けるが、顔が楽しそうなので、彼女の憎まれ口なのだろう。


「楽しみだね、アメリアの料理」

「まぁ……そうだな。あいつ、自分でポンコツとか言ってるけど、色々とすげーもんな」


 どうやらマルファもアメリアの凄さが分かっていたらしい。ボクは何故か鼻が高かった。

 アメリアの凄さが認められると、ボク自身が褒められているような気がしたんだ。


「というか、お前ってわたし達庶民の料理は食べられるのか? 一応王女様だろ」

「当たり前じゃないか。ボクたち王族が食べる食事は、一般家庭の料理と同じ物を食べるようにしているんだよ」

「は? なんで?」

「何故って? 民がボク達についてきてくれるから、国は成り立っているんだ。皆の考えや視点を知るためには同じことをしなきゃね」


 こうやって偉そうに言ってはみるものの、それはある意味傲慢だと感じている。

 王族と国民は立場が違う。ボク達側がそう思っていても、国民側はそう思わないのだろう。


 これはある意味言い訳だ――ボクや父上はたまにそう呟いている。

 自分たちは善政をする善き王族なのだと思われたいが故の行動。そう捉えられてもおかしくない。


「傲慢に聞こえるかい?」


 ボクは発言と同時に後悔した。どうしてこの質問を口にしてしまったのだろう。こんなことを聞くつもりなんてなかったのに。

 しかしマルファは笑わずに、こう答えたんだ。


「傲慢だな。何が楽しくてわたし達の生活を真似してんだよってな」

「……そうか」


 バッサリと切るところがマルファらしい。同時にこういう友を持てて良かったと思った。

 城の皆はボクのことを気にして、思ったことを言えていないように見える。ディートファーレとフレデリックは別だけど。

 皆がボクのことを気にしてくれるのに、ボクが気にしないという選択肢はない。


 周りの顔色を伺って生きている人間。それがボクだ。


「じゃあマルファはどういう偉い人間が好きなんだい?」

「あん? わたしが求めてる偉い奴? そうだな、たまに酒場に来て、皆に酒でも奢って、愚痴聞いてくれる奴かな」

「そうか……じゃあボクも、お酒をたくさん飲めるようになっておかないとね」

「はっ! そんなん笑っちまうから良いよ。エイリスはエイリスのままでいりゃいーんじゃね?」

「ボクはボクのまま……? マルファ、それはどういう意味だい? ボクはまだ君の好きな偉い奴になれていないのに」

「……」


 ここで沈黙なんて、ボクは許さない。マルファの好きな偉い奴はボクとは似ても似つかない。それなのにそのままで良いとは一体どういうことなのか。

 これは徹底的に追求する必要がある。そう思って、質問攻めをしていると、とうとうマルファが観念したように叫んだ。


「だぁからぁ! お前は今のままでも好きだから、それで良いって言ってんだよ! 言わせんなバカ!」

「う……ご、ごめん」


 不意討ちを食らったような気分だった。まさかマルファからそんなストレートな言葉が聞けるなんて……。

 いつの間にか顔の熱が上昇したようだ。触っただけで熱い。

 何だか妙に気まずい雰囲気が流れ始めたとき、扉が開かれた。


「すいません、おまたせしました! 出来上がりましたよ~!」


 満面の笑みと共に、アメリアが戻ってきた。

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