ボクの名はエイリス。本名はイーリス・アル・サンドゥリス。この国の第一王女だ。
「あ、あぁ……アメリ、ア。その料理は……何だい?」
「え? 私特製の鶏の香草焼きですよ? さっきも言った通り、
そんなボクが今、死にかけている。
ボクの口の中では不思議な感覚が広がっていた。
甘く、しょっぱくて、酸っぱくて、辛い。味覚の全てがここにあったんだ。こんな料理はどこを探しても見つからない。
まさに混沌を具現化したような料理だ。
隣のマルファを見てみよう。
「――――」
ブクブクと泡を吹いて倒れている。ここが宿でなければ、ボクは確実に死人だと思っただろう。
とはいえ、ボク自身も立っていられず、膝をついている身だ。かわいそうだけど、助けてあげることは出来ない。
すごく楽しそうに自分が作った料理を食べるアメリア。極限状態のボク達。
一体どうしてこうなっているのか。
事件は一時間前に起きたんだ。
「あの……私がどっちも作るっていうのはどうですか?」
あの後、ボク達は結局何を食べるか決まらなかったんだ。パンや肉、魚で揉めていると、アメリアはそう言ってくれたんだ。
「アメリアが作ってくれるのかい?」
「そういや一応メイドだもんな、アメリア」
「むー! 失礼ですよ! お料理はずっと作っていたので、自信があるんですー!」
肉と魚を使った料理を何品か作ってくれるらしい。非常にありがたい申し出だったよ。何より、
「へぇー楽しみだなぁこりゃ」
「ポンコツメイドではありますが、全身全霊込めて料理を作らせてもらいますよ」
ボクは心の中で首を横に振った。
そんなことはないんだよ、アメリア。君は自分のことをよく、ポンコツメイドと言っているけど、それはとんでもない卑下なんだ。
城でたくさんのメイドを見てきたボクが断言しよう。
アメリアのメイドスキルは超一流なんだ。
ポンコツメイド? とんでもない。アメリアさえ良ければ、すぐにでも城の総メイド長に置きたいくらいだ。
しかし、ボクはまだこの話をアメリアにはしない。
今のアメリアには自信が足りない。逆に言えば、それだけ。いつか自信がついた時、ボクは改めてアメリアをスカウトするつもりだよ。
「宿の設備が使えるようなので、早速食材を買ってきますね!」
そう言い、アメリアは部屋を出ていった。
部屋にはボクとマルファがいる。
「相変わらず慌ただしい奴」
マルファはそう言いながら、ベッドに転がった。口では冷たい印象を受けるが、顔が楽しそうなので、彼女の憎まれ口なのだろう。
「楽しみだね、アメリアの料理」
「まぁ……そうだな。あいつ、自分でポンコツとか言ってるけど、色々とすげーもんな」
どうやらマルファもアメリアの凄さが分かっていたらしい。ボクは何故か鼻が高かった。
アメリアの凄さが認められると、ボク自身が褒められているような気がしたんだ。
「というか、お前ってわたし達庶民の料理は食べられるのか? 一応王女様だろ」
「当たり前じゃないか。ボクたち王族が食べる食事は、一般家庭の料理と同じ物を食べるようにしているんだよ」
「は? なんで?」
「何故って? 民がボク達についてきてくれるから、国は成り立っているんだ。皆の考えや視点を知るためには同じことをしなきゃね」
こうやって偉そうに言ってはみるものの、それはある意味傲慢だと感じている。
王族と国民は立場が違う。ボク達側がそう思っていても、国民側はそう思わないのだろう。
これはある意味言い訳だ――ボクや
自分たちは善政をする善き王族なのだと思われたいが故の行動。そう捉えられてもおかしくない。
「傲慢に聞こえるかい?」
ボクは発言と同時に後悔した。どうしてこの質問を口にしてしまったのだろう。こんなことを聞くつもりなんてなかったのに。
しかしマルファは笑わずに、こう答えたんだ。
「傲慢だな。何が楽しくてわたし達の生活を真似してんだよってな」
「……そうか」
バッサリと切るところがマルファらしい。同時にこういう友を持てて良かったと思った。
城の皆はボクのことを気にして、思ったことを言えていないように見える。ディートファーレとフレデリックは別だけど。
皆がボクのことを気にしてくれるのに、ボクが気にしないという選択肢はない。
周りの顔色を伺って生きている人間。それがボクだ。
「じゃあマルファはどういう偉い人間が好きなんだい?」
「あん? わたしが求めてる偉い奴? そうだな、たまに酒場に来て、皆に酒でも奢って、愚痴聞いてくれる奴かな」
「そうか……じゃあボクも、お酒をたくさん飲めるようになっておかないとね」
「はっ! そんなん笑っちまうから良いよ。エイリスはエイリスのままでいりゃいーんじゃね?」
「ボクはボクのまま……? マルファ、それはどういう意味だい? ボクはまだ君の好きな偉い奴になれていないのに」
「……」
ここで沈黙なんて、ボクは許さない。マルファの好きな偉い奴はボクとは似ても似つかない。それなのにそのままで良いとは一体どういうことなのか。
これは徹底的に追求する必要がある。そう思って、質問攻めをしていると、とうとうマルファが観念したように叫んだ。
「だぁからぁ! お前は今のままでも好きだから、それで良いって言ってんだよ! 言わせんなバカ!」
「う……ご、ごめん」
不意討ちを食らったような気分だった。まさかマルファからそんなストレートな言葉が聞けるなんて……。
いつの間にか顔の熱が上昇したようだ。触っただけで熱い。
何だか妙に気まずい雰囲気が流れ始めたとき、扉が開かれた。
「すいません、おまたせしました! 出来上がりましたよ~!」
満面の笑みと共に、アメリアが戻ってきた。