それから二時間後。私達は城を出て、宿に向かっていました。
全身が痛いです。握力もありません。あの後、私とエイリスさんはひたすら木剣で叩かれていました。
フレデリックさんは容赦なかったです。教わったことを忘れているような動きをした瞬間、叩かれるのですから。
メイドの私はともかく、エイリスさんも同じくらい叩かれていました。一国の王女だということを忘れているのではないか、というくらい叩いていました。
「いやぁ学びが多かったね」
そう言って笑うエイリスさんを見て、私は王女の風格を感じ取りました。この根性があるから、エイリスさんはエイリスさんなんだなと思います。
ちなみに私は大満足でした。新人メイド時代を思い出し、あの頃のワクワクが蘇っていました。
「お前ら大丈夫か? めちゃくちゃイイ顔で殴られ続けていたけど」
ボロボロの私達を見て、マルファさんが少し引いているような気がします。何故でしょうね。学びには痛みがつきものだというのに。
「そりゃあそうですよ。痛ければ痛いほど、より学びが深まるというものです」
「お、おう。いつか目を覚ませると良いな」
マルファさんがどんどん遠い目になっていきます。なんでそんな目になるのか、本当に分かりません。
そこからの私達は雑談をしていました。特に話題になったのが、今日は何を食べようかという話題です。
「ボクは魚が良いな」
「いや肉だろ肉。わたし達に必要なのは肉だ」
「山盛りのパンを食べたいです」
三人の意見が一致しません。いつもなら三人別々の物を食べようかという話になるのですが、今日は何故かすぐにそういう方向になりませんでした。
「マルファは分かっていないなぁ。魚の旨味を知ろうとしないなんて、もったいないよ」
「へんっ。わたしは骨付き肉があれば幸せになれる女だから良いんですー! というかアメリア、山盛りのパンってなんだよ」
「何って、そのままの意味ですよ。山盛りのパンが食べたい気分です」
私達メイドは体力が命。そして素早く体力回復できるのはパンです。すなわち、私達メイドはパンで動いていると言っても過言ではありません。
肉や魚は確かに良いものです。どちらも体を作るのに必要な栄養素が豊富です。長期的な目線で見れば、確かにどちらかが良いのでしょう。
が、しかし。私はそれでもパンを推します。
「肉にしようぜ」
「いいや魚だね」
「ぱ、パンが良いです」
三人は全く譲りません。そんな時です。
「じゃあ俺はパンを推すぜ。なんせパンは小麦でできている。つまり、太陽の恵みなんだからな」
私達の前に現れたのは、オレンジ色の髪の男性でした。縁無しメガネをクイっと上げ、両手を広げています。
「あ、あのう……貴方は?」
「俺か? 俺の名前か? 俺の名前はぁ――名乗る時間とシチュエーションじゃないから遠慮させてもらおう」
「えっと、不審者の方でしょうか?」
「バカ、アメリア。仮に不審者だとしても刺激すんじゃねぇ!」
マルファさんとエイリスさんは既に身構えていたようです。
ですが、男性は首を横に振ります。
「そうか不審者という名前もアリだな。だけど、まあ良い。本題はそこじゃない」
「さっきは不審者と言ってしまい、すいません。旅の方ですか?」
「そうだな。旅をしていると言えば、間違いはない」
そう言った後、男性は私達に質問してきます。
「この辺で太陽がよく見えるポイントはどこだ? 最近ちゃんと浴びてねえから浴びてぇんだ」
「な、何をですか?」
「? 何をって? 不純物のない日光に決まってるだろ」
「……ボク達が来た方向を歩いていけば、丘がある。日光浴がしたいのなら、そこがベストだろう」
「ほほう。ならその丘に行こう。ありがとうな帽子の嬢ちゃん」
男性は私達の間を突っ切り、そのまま言われた方向を歩いていきます。
私も宿へ向かおうとしたのですが、エイリスさんとマルファさんはチラチラと後ろを見ています。
「あの、どうしたんですか?」
「静かにアメリア。あの男は何だか怪しいよ。この辺の人間じゃない。だから一応、完全に姿が見えなくなるまで警戒しているんだ」
「そういうことだ。ちょっとでもわたし達を追いかけてこようとするなら、すぐに魔法をぶつけてやる」
私はまだまだ警戒心が足りないことを思い知らされました。
それもそのはずでしょうか。ああいう変な人はたまに屋敷に来ていたことがあるので、特に警戒心が湧いてこなかったのです。
もう少し、人を疑うことを覚えておいたほうがいいのでしょうね。
やがて、男性の姿が完全に見えなくなりました。
「ふぅ。ようやく落ち着けるな」
「一応、警備兵に連絡しておくよ。もしかしたら取り越し苦労かもしれないけど、警戒するに越したことはないからね」
ちょうど道中、警備兵と会ったので、エイリスさんが事情を説明してくれました。
それを聞いた警備兵さんはどこかへと消えていきます。
「これで良いだろう。ああいう不審者情報があれば、しばらく夜の巡回を強化するはずだ」
「それなら、これでひとまず一件落着ってところか」
「それなら良かったです。とはいえ、もう会うことはないでしょうけどね」
「ははっ。まあ、そうだな。あいつ、お望み通り日光浴出来たのかねぇ」
安心した私達は宿の扉をくぐります。
その時の私達は知りませんでした。
あのオレンジ髪の男性が今後、私達に大きく関わってくることを……。