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第54話 訓練終わりの帰り道

 それから二時間後。私達は城を出て、宿に向かっていました。

 全身が痛いです。握力もありません。あの後、私とエイリスさんはひたすら木剣で叩かれていました。

 フレデリックさんは容赦なかったです。教わったことを忘れているような動きをした瞬間、叩かれるのですから。

 メイドの私はともかく、エイリスさんも同じくらい叩かれていました。一国の王女だということを忘れているのではないか、というくらい叩いていました。


「いやぁ学びが多かったね」


 そう言って笑うエイリスさんを見て、私は王女の風格を感じ取りました。この根性があるから、エイリスさんはエイリスさんなんだなと思います。

 ちなみに私は大満足でした。新人メイド時代を思い出し、あの頃のワクワクが蘇っていました。


「お前ら大丈夫か? めちゃくちゃイイ顔で殴られ続けていたけど」


 ボロボロの私達を見て、マルファさんが少し引いているような気がします。何故でしょうね。学びには痛みがつきものだというのに。


「そりゃあそうですよ。痛ければ痛いほど、より学びが深まるというものです」

「お、おう。いつか目を覚ませると良いな」


 マルファさんがどんどん遠い目になっていきます。なんでそんな目になるのか、本当に分かりません。

 そこからの私達は雑談をしていました。特に話題になったのが、今日は何を食べようかという話題です。


「ボクは魚が良いな」

「いや肉だろ肉。わたし達に必要なのは肉だ」

「山盛りのパンを食べたいです」


 三人の意見が一致しません。いつもなら三人別々の物を食べようかという話になるのですが、今日は何故かすぐにそういう方向になりませんでした。


「マルファは分かっていないなぁ。魚の旨味を知ろうとしないなんて、もったいないよ」

「へんっ。わたしは骨付き肉があれば幸せになれる女だから良いんですー! というかアメリア、山盛りのパンってなんだよ」

「何って、そのままの意味ですよ。山盛りのパンが食べたい気分です」


 私達メイドは体力が命。そして素早く体力回復できるのはパンです。すなわち、私達メイドはパンで動いていると言っても過言ではありません。

 肉や魚は確かに良いものです。どちらも体を作るのに必要な栄養素が豊富です。長期的な目線で見れば、確かにどちらかが良いのでしょう。

 が、しかし。私はそれでもパンを推します。


「肉にしようぜ」

「いいや魚だね」

「ぱ、パンが良いです」


 三人は全く譲りません。そんな時です。



「じゃあ俺はパンを推すぜ。なんせパンは小麦でできている。つまり、太陽の恵みなんだからな」



 私達の前に現れたのは、オレンジ色の髪の男性でした。縁無しメガネをクイっと上げ、両手を広げています。


「あ、あのう……貴方は?」

「俺か? 俺の名前か? 俺の名前はぁ――名乗る時間とシチュエーションじゃないから遠慮させてもらおう」

「えっと、不審者の方でしょうか?」

「バカ、アメリア。仮に不審者だとしても刺激すんじゃねぇ!」


 マルファさんとエイリスさんは既に身構えていたようです。

 ですが、男性は首を横に振ります。


「そうか不審者という名前もアリだな。だけど、まあ良い。本題はそこじゃない」

「さっきは不審者と言ってしまい、すいません。旅の方ですか?」

「そうだな。旅をしていると言えば、間違いはない」


 そう言った後、男性は私達に質問してきます。


「この辺で太陽がよく見えるポイントはどこだ? 最近ちゃんと浴びてねえから浴びてぇんだ」

「な、何をですか?」

「? 何をって? 不純物のない日光に決まってるだろ」

「……ボク達が来た方向を歩いていけば、丘がある。日光浴がしたいのなら、そこがベストだろう」

「ほほう。ならその丘に行こう。ありがとうな帽子の嬢ちゃん」


 男性は私達の間を突っ切り、そのまま言われた方向を歩いていきます。

 私も宿へ向かおうとしたのですが、エイリスさんとマルファさんはチラチラと後ろを見ています。


「あの、どうしたんですか?」

「静かにアメリア。あの男は何だか怪しいよ。この辺の人間じゃない。だから一応、完全に姿が見えなくなるまで警戒しているんだ」

「そういうことだ。ちょっとでもわたし達を追いかけてこようとするなら、すぐに魔法をぶつけてやる」


 私はまだまだ警戒心が足りないことを思い知らされました。

 それもそのはずでしょうか。ああいう変な人はたまに屋敷に来ていたことがあるので、特に警戒心が湧いてこなかったのです。

 もう少し、人を疑うことを覚えておいたほうがいいのでしょうね。


 やがて、男性の姿が完全に見えなくなりました。


「ふぅ。ようやく落ち着けるな」

「一応、警備兵に連絡しておくよ。もしかしたら取り越し苦労かもしれないけど、警戒するに越したことはないからね」


 ちょうど道中、警備兵と会ったので、エイリスさんが事情を説明してくれました。

 それを聞いた警備兵さんはどこかへと消えていきます。


「これで良いだろう。ああいう不審者情報があれば、しばらく夜の巡回を強化するはずだ」

「それなら、これでひとまず一件落着ってところか」

「それなら良かったです。とはいえ、もう会うことはないでしょうけどね」

「ははっ。まあ、そうだな。あいつ、お望み通り日光浴出来たのかねぇ」


 安心した私達は宿の扉をくぐります。


 その時の私達は知りませんでした。


 あのオレンジ髪の男性が今後、私達に大きく関わってくることを……。

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