私はカサブレードを大きく振りかぶり、フレデリックさんに突撃します。
「違う。大きく振りかぶるな」
「ひゃっ!?」
私は天地が逆さまになりました。フレデリックさんによってひっくり返されてしまったのです。
鈍い音が地下訓練場に響き渡りました。
「いたた……」
「素人にしては思い切りが良い。だが、大きな動作は隙を生む。小さな動作を積み重ねて攻撃をしろ」
「は、はい!」
私達が訓練しているのは王城の地下にある訓練場です。ここは設備がボロボロで使う人が皆無とのことです。
そういうことなので、私達がありがたく使わせてもらっていました。
今は私とフレデリックさんの時間です。戦闘の心得があるマルファさんやエイリスさんはさておいて、私は正式な訓練を受けたことがありません。
戦い方以前の状態である私は一度、フレデリックさんから基礎を叩き込んでもらっていました。ちなみにフレデリックさんは木剣を使っています。
成果は上々……だったら苦労しません。
さっぱり言っていることが分かりません。いや、言葉は聞き取れているのですが、いざ身体を動かそうと思っても、上手くいきません。
今は武器の振り方を習っている最中だったのですが、フレデリックさんには一切の甘えがありません。私が迂闊な攻撃をした瞬間、すぐ転ばせてきます。
身体で覚えるスタイル、というやつなのでしょう。そっちのほうが駄目なことが分かって助かります。
なんせ私はメイド時代、先輩メイドから何回も殴られたり蹴られたりして身です。
苦痛ではありません。むしろ初心に帰ることができて、ありがたいくらいです。
「よし、準備運動はここまでだ」
たくさん殴られた後、フレデリックさんは首をコキコキと鳴らします。あれ、確か身体によくないような……。まあ、フレデリックさんなら大丈夫でしょう。
ここからは三人でフレデリックさんと戦います。三人だからこそ出来る戦い方を模索するのです。
「アメリア、マルファ、それとイー……エイリス、来い」
フレデリックさんは私達のことを名前で呼ぶようになりました。訓練をつけるとき、誰に対してアドバイスを送っているのかはっきりさせるためとのことです。
ちなみにエイリスさんは、『エイリス』と呼ぶように強く命じています。その証拠にフレデリックさんが今、『イーリス王女』呼びをしようとした瞬間、強く睨んでいました。
「三人ともがんばりなさーい」
その間、監視役であるディートファーレさんが何をしているかというと、ダラダラしていました。
正確には簡易的なティーセットを持ち込み、優雅にティータイムを楽しんでいました。ここ、埃が目立つのに大丈夫なのでしょうか。
「なあエイリス、今更だけどお前んとこの軍団長って本当はああいう感じなんだな。あれじゃ軍団長じゃなくて紅茶ジャンキーじゃねーか」
「今更だけど、ああいう感じなんだよ。仕事だけはちゃんとやるのが、始末に終えない感じだね」
「そうだな。姉はああやってダラダラしたいがために、俺に軍団長の座を押し付けたのだからな」
フレデリックさんが真顔でディートファーレさんを見つめています。あの人の弟となれば、それはもう……大変そうですね。
「……無駄話が過ぎたな。早速始めよう」
私達はまず、いつもの動きでフレデリックさんへ挑んでみることにしました。カサブレードを持った私が突撃して時間を稼ぎ、その後ろでエイリスさんとマルファさんが魔法で攻撃をするという流れです。
まずはエイリスさんとマルファさんに意識を向けさせないように、私はカサブレードで攻撃します。
フレデリックさんから教わったことを思い出しながら、剣を何度も振ります。対するフレデリックさんは冷静にカサブレードを打ち落としていきます。身体ごと突っ込み、鍔迫り合いのような形になったところで、二人の魔法攻撃が飛んできました。
「あの時は心に乱れがあったから、攻撃を受けたが……」
エイリスさんの雷撃は木剣で受け止め、マルファさんの氷の矢は身体を僅かに逸らすことで避けます。
「今の俺には通用しない」
私はあっという間にカサブレードを巻き上げられ、首筋に木剣を添えられます。
この時点で私は死んだので、戦場から離れます。あとはエイリスさんとマルファさんだけです。
「おいエイリス、私に合わせろ!」
「分かった!」
マルファさんは次の魔法を行使しました。氷の粒が降り注ぎ、その範囲を凍りつかせる魔法です。それを予期していたフレデリックさんはたったの一歩でマルファさんに接近し、木剣を血管の太いところに添えました。これでマルファさんも死亡です。
最後にエイリスさんが残りました。
エイリスさんは攻撃用魔具〈魔力剣〉ではなく、木剣を抜き、フレデリックさんへと振るいます。しかし、エイリスさんの手からあっという間に木剣が消え去りました。
「制圧完了」
エイリスさんの心臓に木剣の切っ先を添え、フレデリックさんは宣言します。
あっという間の戦いでした。あのときのフレデリックさんとは、まるで戦い方が違います。
太陽の魔神に心をぐちゃぐちゃにされている状態が巨大な斧だとするのなら、今のフレデリックさんは
あの時の勝利はもう二度と来ないんだろうな、というのが私達の共通の感想でした。
「集まれ。早速フィードバックをする」
そう言うと、フレデリックさんはどこから取り出したのか、チェスの駒を地面に並べます。
「これが俺だ」
そう言うと、黒いポーンを置きます。
「そしてこれがお前達だ」
白いポーンとビショップ、クイーンを置きました。
配置は訓練が始まった直後の陣形となっています。
「まずは陣形についてだが……」
フレデリックさんによる座学が始まります。