馬車に揺られて二日間。
私達はついに〈グレーカープの森〉の近くへとやってきたのです。
「ここからは歩きになる。街道を歩いていけば、案内板があるはずだから、とりあえず進もう。ボクについてきてくれ」
「はい! それにしても〈グレーカープの森〉、怖そうな名前ですね」
事前知識がないため、名前だけで不安感が高まってきます。
マルファさんはそんな私の背中を叩いてくれました。
「なんだよーアメリアービビってんのか?」
「す、すいません! あまりこういう森に行くことがなくて……」
「ったく、しょうがねーなー。じゃあ歩きながら今回の目的地について教えてやるよ」
〈グレーカープの森〉は魔物が出るため、武装した人間じゃないと立ち入りが許可されない場所のようです。
そこの森で採取できる薬草や木の実は薬の材料になるらしく、冒険者の出入りもあるらしいです。エイリスさんと私達が入手した情報の場所は、冒険者たちの活動エリアの更に奥のことを指しているようでした。
〈グレーカープの森〉は大きく二つのエリアに分けられているようです。冒険者たちが活動を重ね、一定の安全が確保された、いわゆる開拓済エリア。そして誰も足を踏み入れたことのない、未開拓エリア。私達はその未開拓エリアに足を踏み入れます。
「やっぱり怖いです……」
「そこは冒険者なんだから、ワクワクしますくらい言って欲しいもんだけどな」
「うぅすいません……。平和平穏が一番なので、つい……」
「安心してよアメリア。ボクたちがついているんだからさ」
「はい!」
そうしてようやく辿り着いた〈グレーカープの森〉。そこは生命に溢れた森でした。どこを見ても明るい緑色。見ているだけで視力が上がりそうです。
思わず私は深呼吸をしました。
「はぁ~。すごい綺麗なところですね! 葉っぱの香りが最高です」
すると、エイリスさんが笑顔を浮かべました。
「印象が変わってくれて良かったよ。ここは死者も少なからず出ているらしいけど、これならイケるね」
「んん?」
「さ~て、ここの樹はどんだけの死者を
マルファさんもそれに乗っかります。
私は深呼吸で取り入れた酸素をそっと自然へと返します。なんだかこう、気分が落ち込んでしまいました。
「エイリスさんもマルファさん。テンションが下がるようなことは、出来ればもっと後で言ってもらえないでしょうか……?」
「……こほん。すまなかったねアメリア」
「これからそのテンションが下がるような森に入るのに何言ってんだよー」
マルファさんの言葉はごもっともではあるのですが、やはり知らなくて良いことはあると思うのです。
気を取り直して私達は森を進むことにしました。人の出入りがあるのもあってか、ある程度道は整備されているようです。
おかげさまで私達は迷うことなく進むことが出来ました。
「本当にこの森に伝説の古魔具があるのでしょうか?」
「ある。絶対あるはずさ。ボクはそれを信じて進むだけさ」
エイリスさんの眼は真剣そのものでした。だからこそ私は改めて問いかけました。
「エイリスさんはどうして古魔具が好きなんですか?」
「ロマンだからだよ」
エイリスさんは続けます。
「前にも言ったかもしれないが、魔具というのは職人が自分の持ちうる技術を最大限に注ぎ込んだ一品さ。実用的なものもあれば、これって一体何に使うのか分からないものまであるんだ」
「何に使うか分からない、ですか」
「そう。未だに分からないものもある。だけどそこには何かしらのメッセージが込められているはずなんだ。ボクはそれに対し、予測を立てたり、知っていけることに喜びを感じている」
「予測に勉強、か。まぁそこは魔法も同じだな」
マルファさんは珍しく茶化すこともなく、話を聞いていました。
「ボクはその中でも古魔具のことを知りたいと思っている。ボクたちが生きているよりも遥か前から存在する魔具。アメリア、君の持っているカサブレードのように、現代の技術をもってしても作り出すことが不可能な魔具も沢山存在しているんだ」
「カサブレードも伝説の古魔具、なんですもんね」
「その通り。ボクは古魔具を通して、当時の職人達の考えや気持ちを知っていきたいんだ。それはきっと、この先のボクの人生にとって、大事なモノになっていくはずだから」
私は思わず拍手をしていました。エイリスさんの考えはとても素晴らしいです。私がエイリスさんの立場だったら、同じような気持ちを抱けるでしょうか……? いや、きっと抱けなかったことでしょう。
私には学がないので、難しいことは分かりません。ですが、エイリスさんのことを更に好きになったのは、間違いありません。
「エイリスさん、必ず伝説の古魔具を見つけましょう! 私も協力します!」
「ありがとうアメリア! そう言ってくれるだけで心強いよ! ……チラ」
「なっなんだよ」
「マルファはボクの気持ち、分かってくれると思っているんだけど?」
「……そりゃあ、な。お前の話を魔法に置き換えたら、なんつーかその、分からないでもなかったし」
マルファさんが茶化すことをしなかったのは、エイリスさんが真剣に話しているからだったのですね。
私は思わずニヤけてしまいました。二人はやっぱり根っこのところが同じなのです。
「だからといって、わたしが古魔具オタクになることはないだろうけどな」
「フフ、今は良いだろう。君を古魔具オタクに染めるチャンスはいっぱいあるだろうしね」
「言ってろ。そのうち魔具よりも魔法のほうが良いって言わせてみせるよ」
改めてお互いの気持ちをぶつけ合ったところで、とうとう未開拓エリアへたどり着きました。