「アメリアぁー! マルファぁー! 大変なネタを仕入れたよ! これはハッキリ言って、驚愕の内容だ! あぁ……ボクは正気を保つので精一杯だよ」
私とマルファさんが冒険者ギルドへ行くと、エイリスさんが血相を変えて、駆け寄ってきました。
とりあえず近くのテーブルへ場所を移すことにした私達。早速エイリスさんがそのネタの詳細を教えてくれました。
「ここから馬車で二日ほどかかる場所に、伝説の古魔具があるらしいんだ!」
ん? なんだか聞いたことがある話です。私とマルファさんはつい顔を見合わせました。
マルファさんが軽く手を挙げながら、その場所のことを口にします。
「その場所ってもしかして、自然の迷宮ってとこか」
「!? そうだとも。ふふ、マルファは耳が早いな」
「や、アメリアの依頼主がその話をしてくれたんだよ。な、アメリア」
「はい、そうなんです。自然の迷宮、またの名を〈グレーカープの森〉の最奥に、伝説の古魔具と呼ばれるものがあるらしいと」
「その通りさ! 先ほど古魔具オタクの会合があってね、その中の一人が情報をくれたんだよ。さぁ早く行こう!」
エイリスさんがものすごく生き生きしています。本当に古魔具のことが大好きなんだなと感じました。
「良いのか? その会合のメンバーもその古魔具が欲しいんじゃねーの?」
それは私も思っていました。言い方は悪いですが、抜け駆けのようになるのではないでしょうか。
私自身、その伝説の古魔具に興味はありますが、トラブルになるようであれば……。
「心配ご無用だよ。ボク達は確かに古魔具が好きだ。けど、古魔具の中でも好きなジャンルが違うんだよ」
古魔具といっても色々あるようで、今回情報が出た古魔具のカテゴリーは武器のようです。他の人はそのカテゴリーには興味がないようで、代表してエイリスさんが現地に向かうことになったそうです。
マルファさんは椅子に深く腰掛けて、やれやれと言いたげです。
「全く古魔具オタはわっかんねーなー。古魔具なんてどれも同じだろ」
「ん? マルファいま君、古魔具のことを馬鹿にしたかい?」
「お、そう聞こえたか?」
「ほう?」
「なんだよ」
マルファさんとエイリスさんの間の温度がめちゃくちゃ下がったように思えます。というか火花が散っています。
「それは失敬。魔法オタが良く口にする、どの魔法が美しいだとか、機能的だとかいう会話の意味が全く分からないのと同じ気持ちにさせてしまったようだね」
「あ? もしかして今、魔法のことを馬鹿にしたか?」
「そう聞こえたかい? 伝わって良かったよ」
「あーん?」
「なんだい?」
売り言葉に買い言葉とはまさにこのことです。エイリスさんとマルファさんのいつもの戦いが始まってしまいました。
「だーから! 何でもかんでも魔具に頼るなんて馬鹿じゃねーの! たゆまぬ魔法の鍛錬にこそ意義があるんだよ!」
「君も分からないね! 人の知恵の結晶こそが魔具だ! そこには職人たちの歴史が刻まれているんだ!」
これで良く殴り合いの喧嘩にならないなといつも思います。エイリスさんとマルファさんは言葉こそ荒いですが、口論だけに留まっています。
以前の私なら二人を止めていたのですが、最近では気の済むまで喋らせておいたほうが良いことに気づきました。なので、私はしばらく二人の口論を見守っているのです。
「じゃあ今回はボクとアメリアだけで行くよ!」
「おーおー上等じゃねえか! 行って来い行って来い!」
「そこには魔法関係の古文書があるらしいけど、それも持って帰ってこなくても良いんだね!?」
その瞬間、マルファさんの動きが止まりました。
「待って。何それ?」
「何って、そこには伝説の古魔具と魔法関係の書物があるってことさ。もしかしてそこまでは聞いてないのかい?」
少なくとも私は初耳でした。マルファさんも同様だったようで、口をパクパクとさせています。
すると、マルファさんが勢いよく立ち上がりました。
「わ た し も 行 く」
「おや? 手の平を返すのかい?」
「話が変わった。わたしも絶対行く」
「その前に先ほどの無礼を謝ってもらおうか。ボクが口にしなければ、知らなかった情報だろう?」
「ごめん!! わたしが悪かった!!」
マルファさんはとても素直に謝りました。それは綺麗な謝罪でした。
まさかそんなに素直に謝るとは思っていなかったようで、エイリスさんも勢いが削がれたようです。
「……ま、まぁさっきはボクも言い過ぎたよ。ボクからも謝罪しよう」
あれだけ激しく言い合っていたかと思えば、こうやってすぐに謝れるのは良い所だと思います。
私達は気を取り直して、自然の迷宮とされる〈グレーカープの森〉へ向かう算段を立てます。
「そういや馬車かぁ」
「浮かない顔ですねマルファさん。何か問題でも?」
「ん? いやぁさっきちらっと見たんだが、今日は馬車の停車場に人が多くいたよう気がしてさ」
「そうなのかい? 最悪捕まらないかもしれないのか……」
「とりあえず言ってみよーぜ。もしかしたら運良く空いている馬車が見つかるかもしれないし」
〈グレーカープの森〉へは馬車で二日ほどかかります。歩きだけは避けたい私達は、祈る思いで馬車の停車場へと向かいました。
結果は惨敗でした。今日に限って人が多いようです。
「うへ~やっぱ多いなぁ。こりゃしばらく空きそうにないぜ」
「あれは……」
エイリスさんが小さく呟いた後、少し奥の方に停まっている馬車まで歩いていきました。
私とマルファさんはその背中を見守ります。
「あれ、誰だ? エイリスの知り合いか?」
「親しげな感じがしますね」
馬車の中には男の人たちが四人ほど乗っていました。エイリスさんが被っていた帽子を軽く上げると、男の人たちは慌てた様子に変わります。
そこからエイリスさんと男の人たちが話をすること数分。
なんと男の人たちが馬車から降りたのです。エイリスさんも申し訳無さそうに頭を下げた後、私達の元に帰還しました。
「よし、じゃあ行こうか」
「待て待て待て! おいエイリス、なんだったんだよ今のは?」
「何って普通に馬車を譲ってもらったのだけど?」
「普通はそんなこと出来ないわ! 良いのか? あの人達、馬車使うんじゃねーの?」
「それは大丈夫だよ。彼らはそこまで急ぎの用事じゃないみたいだからね。ボクたちに譲ってくれたんだ」
「……本当にか? そもそも、あの人達って知り合いなのか?」
「あぁ、そうだよ。大丈夫、人柄は保証するからさ。さぁさ、時間がもったいない。行こうか!」
私は時々エイリスさんのことが分からなくなります。というよりも、不思議な方です。
いつも帽子とマントを身に着けているエイリスさん。本当はどういう人なんでしょうか。