「来るよマルファ、アメリア! 気を付けて!」
「今更遅い。拙者の炎に包まれるが良い」
ヒーヘイズの両手から炎が噴き上がります。そして両手を合わせ、離すと、炎は槍のような形状になっていました。ヒーヘイズが槍をブンブンと振り回します。
「参る」
ヒーヘイズが大きく跳躍し、襲いかかってきました。私達はすぐに散らばると、さっきまでいた場所にヒーヘイズが炎の槍を叩きつけます。すると大きな音とともに、地面に穴が出来ていました。
あんな一撃をまともにもらったらどうなることか、想像もしたくありません。
「身体冷やしな!」
ヒーヘイズの後ろに回り込んでいたマルファさんが手のひらを向けます。小さな魔法陣が生み出され、そこから氷の塊が撃ち出されました。直撃。少しはダメージを期待してしまいます。
「この程度の攻撃で……!」
マルファさんへ狙いを定めたヒーヘイズが襲いかかります。私は走っていました。何とか二人の間に入って、マルファさんを守るために。
しかし、それよりも前にエイリスさんが割って入っていました。
「魔具起動。〈
エイリスさんの持っていた棒から魔力の剣身が生み出されました。エイリスさんが剣を振ると、ヒーヘイズの炎の槍と拮抗しました。
「マルファ、大丈夫かい?」
「それ攻撃用の魔具じゃねーか。所持許可もらってんだろうな?」
「古魔具オタクのボクに、その問いは愚問だよ!」
ヒーヘイズが炎の槍を振り回します。対するエイリスさんは的確に防ぎ続けます。ヒーヘイズが大きく槍を振りかぶったのに合わせて、エイリスさんは前へ踏み込みました。
エイリスさんがすれ違いざまにヒーヘイズの横っ腹を斬ります。見た感じ、かなり深く剣を入れたように見えます。
「普通の魔物ならこれで決まり。だけど、今回はそうではないようだ」
「然り」
ヒーヘイズが地面を殴ると、強烈な炎風が吹き荒れます。私達は抵抗できず、吹き飛ばされてしまいます。
「甘く見ていた、人間共よ。まずはお前から屠る」
その時点で、私は無意識に動いていました。ヒーヘイズの狙いがエイリスさんに変わっていました。魔力剣での攻撃は優先度を変更するには十分すぎたようです。
炎の槍がエイリスさんを貫く前に、私はカサブレードを振りました。
「カサブレードの使い手! 大人しく縮こまっていろ!」
炎の槍とカサブレードが拮抗します。しかし、それも一瞬のことでした。カサブレードの剣身が炎の槍を徐々にかき消していったのです。
それに気づかなかった私は、とにかく無我夢中でカサブレードを振り続けます。そして、とうとうヒーヘイズへ一撃与えたのです。
「ぐぉぉ!?」
「効いている!? ボクも便乗させてもらおうか」
怯んだヒーヘイズへエイリスさんは連続で魔力剣を振るいます。袈裟斬り、逆袈裟、突き、唐竹割り。とにかくダメージを与えるため、エイリスさんは腕を動かし続けました。
「拙者はここで負けるわけにはいかぬ!」
ヒーヘイズが片手を突き出しました。手のひらから火炎球が放たれます。その時、マルファさんが私とエイリスさんの前に立ち、防御魔法を発動しました。
「っったぁぁ! 押される! もたない! アメリア、エイリス、さっさとそこ離れろー!」
「! 分かった! 行くよアメリア、マルファの死を無駄にするな!」
「おい勝手に殺すんじゃねー!」
その時、火炎球が大きく膨れ上がり、爆発を引き起こしました。マルファさんは一体どうなったのですか!?
「うおお! 本当に死ぬかと思ったァ!」
「マルファ、生きていたんだね! 今、君の意志を受け継いでいたところだったのに」
「渡してもない意志引き継ぐなバカ!」
「どうやってマルファさんはあの爆発をしのいだんですか!?」
「爆発の寸前、全身に防御魔法と水魔法を使ったんだよ。魔法の同時使用なんて初めてだったけど、死ぬ気でやったら出来たわ」
結果として全員が無事だったことに、私は胸を撫で下ろしました。消耗こそしていますが、戦闘は続けられます。ですが、それは私達だけの話です。
「しぶといな。だが、拙者は次の攻防で終わらせるつもりだ。人間どもよ、覚悟を決めろ」
ヒーヘイズの身体が徐々に回復しているのが確認できました。あれだけエイリスさんが魔力剣で攻撃してくれたのに……。
――私はその時、なんとなく気づいたことがあります。
メイド業務で培った観察する力、というのでしょうか。私はヒーヘイズの槍に注目していました。
「あれ? 槍は回復しないんですね」
「確かあそこはカサブレードで攻撃したところ……。そうか、やはり、この戦いはアメリアが鍵になりそうだね」
「私がですか!?」
「そうだ。おそらく太陽の魔神と同じく、太陽の化身もカサブレードを苦手としているんだ。だから、ボクの攻撃は回復出来るけど、アメリアの攻撃は出来ないんだ」
「へぇ、良いこと聞いた」
マルファさんが邪悪な笑顔を浮かべます。こういうときのマルファさんはだいたい悪いことを考えているんです。私はすぐに分かってしまいました。
「じゃ、アメリアには命かけてもらおうか」
「ひぃ~! やっぱり!」
「マルファの言い方には引っかかるが、でも確かにアレはアメリアにしか倒せないだろう」
「そゆこと。だからわたしとエイリスはもっと命かけるから、きっちり倒せよ」
私が失敗すれば、みんな死ぬ。急にのしかかってきた重圧に、手が震えそうになります。
ふと、メイドの日々を思い出しました。有力な貴族が屋敷に来て、もてなすことになったある日。失敗すれば全てを失うかもしれないあの日。私が初めて感じたプレッシャー。
だけど私は乗り切りました。どうして? 仲間がいたからです。
あの時と、今この瞬間。どちらも同じはずです。頼れる仲間がいて、こんなポンコツメイドの私でも、頑張ればどうにかなるかもしれない瞬間。
「やり、ます。私、絶対にやります。だからエイリスさん、マルファさん、頑張りましょう!」
だから私は言い切ります。絶対にやると、頑張ると!