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第8話 二人目のオタク

 今までの行いは全て頭の中からすっぽ抜けてしまったのでしょうか。マルファさんの命乞いにも似た叫びを聞くと、だんだんかわいそうになってきました。

 やったことは悪いですが、お金はしっかり返してくれましたし、私はもうマルファさんに怒る理由はありません。


「あの、エイリスさん。マルファさんも反省しているようなので、そろそろ許してあげたいのですが……」

「君はそれで良いのかい? 危うく一文無しになるところだったんだよ」

「はい、それでもです。確かにお金は取られそうだったし、悪いことは悪いです。でも、マルファさんは謝ってくれました。だから、もう良いかなって」

 私はポンコツメイドです。何かあるたびに、色んなことを許してもらえました。だから、今度は私が許す番なんだと思ったんです。仕事と今の行いがぜんぜん違うとしても、私はマルファさんを許したいんです。

 この気持ちを伝えたら、エイリスさんは小さなため息とともに、腕を組みました。


「マルファ、次はないからね」

「ありがとうございますぅ……もう二度としません」

「さ、それじゃ行こう」


 エイリスさんとその場を後にしようとしたら、マルファさんが回り込んできました。


「まだ何かあるのかい?」

「何って、わたしもこれからアメリアの手伝いをするのに、なんで置いていこうとするの!?」

「さっきのはその場しのぎの嘘じゃなかったのかい?」

「ちっがうわ! マジで申し訳ないから言ったんじゃん!」


 なんだかマルファさんの口調が変わったような気がします。さっきまで丁寧な感じだったはずなのに、急に勢いを増しています。この寒暖差に私、風邪をひいてしまいそうです。


「わたしがいれば手伝いになるのはホントだよ。この冒険者ギルドのおいしい依頼ってだいたい推奨人数三人くらいなんだし。あんたたち二人だけで受けられる依頼なんて、たかが知れてるよ」

「ふむ……」


 エイリスさんが悩んでいます。私はありがたい申し出だと思いました。マルファさんの言葉が本当なら、二人と三人では大きな差がありそうに感じました。エイリスさんはどうか分かりませんが、私は屋敷を失った身です。最終的にはメイドに戻りたいとはいえ、当面の稼ぎは良ければ良いに決まっています。

 私は反射的に頭を下げていました。


「マルファさん、これからよろしくお願いします」

「ちょ、アメリア」

「良いんです。こういうのも何かの縁ってやつじゃないですか。お願いします、エイリスさん」

「アメリアが良いなら、ボクはこれ以上言うことはないかな」


 一つ咳払いをして、エイリスさんはマルファさんへ手を差し出しました。


「改めてエイリスだ。よろしくマルファ」

「はいよーよろしくエイリス」


 あとで聞いたのですが、私達はこの瞬間をもって、いわゆるパーティー結成というものをしたようです。そしてこの出来事は、私の冒険者登録を円滑にしてくれました。

 なんでも、冒険者が仲間にいれば、冒険者登録をする際、いくつかの項目は省略されるそうです。

 あとは犯罪歴がないかの確認、非合法組織と繋がりがあるかの確認、違法薬物を使用していないかなどなど、主に悪いことをしていないか確認がありました。その確認を終えた後、私の手に冒険者登録証が手渡されました。


「これが私の冒険者登録証……!」


 名刺くらいの大きさのカードでした。ですが、これも立派な魔具の一つなのです。中には様々な仕掛けが施されていると聞きます。

 エイリスさんがうっとりとした顔で私のカードを見ていました。


「ふふ、何度見ても新品の冒険者登録証はイイ……」

「げっエイリスは魔具フェチかよ」


 マルファさんが引いた様子でしたが、エイリスさんはその程度で気を悪くしません。


「マルファ、君は言い間違えているね。フェチではなく、オタクなんだよ」

「どっちも同じじゃん」

「同じじゃないね! ボクはただこの冒険者登録証が醸し出す機能美について、魂を持っていかれただけだよ」

「あのエイリスさん。この冒険者登録証ってそんなにすごいものなんですか?」

「すごいとも!」

「ひぇっ」


 エイリスさんが目をキラキラさせて、私に近づいてきました。や、やめてください。エイリスさんは顔が良いので、同性でもドキドキしてしまうんです。

 対するエイリスさんはそんな私の感情の揺れなんて、全く察した様子もなく語り始めました。


「――で、あるからして! 確かな身分証明能力、依頼達成未達成判別機能、超簡易的な写真撮影能力、救難信号発信機能! 冒険者が欲しい機能が全て揃っているんだよ! はぁぁ……イイ。ここまで機能があるなら、もはや完全栄養食だよね。そう思わないかい、アメリア?」

「えーと……そう、思います、はい」


 私はやはりポンコツメイドです。ここでノーを言えない私は心が弱いんです。

 ですが、マルファさんは心が強いようです。きっぱりと言いました。


「な、訳ないだろ。アメリア、なんでハッキリ言わないんだよ。ハッキリ言ってやるのも優しさだぞ」


 マルファさんはきっぱりとそう言いました。エイリスさんがショックを受けたような表情でした。私はそんなエイリスさんの顔を直視できませんでした。すぐにエイリスさんのフォローを出来なかった時点で、私もマルファさんの側に立ったようなものなのですから。

 そこからエイリスさんが復活するには、少々時間を要しました。


「先程は取り乱してしまったね。失礼失礼」

「エイリスさんが元に戻ってくれて、嬉しいです。えぇ、本当に」


 すっかり私はエイリスさんの豹変ぶりに慣れてしまっているようです。魔具関係のワードを出さなければ、エイリスさんは基本的に頼れる人です。今後はそういうのも頭に留めながら接しないといけませんね。


「でもこういう小さいカードみたいなものでもちゃんと動作するんですから、魔法ってすごいですよね」

「ん? アメリアいま、魔法の話をした?」


 私はその発言に背筋が凍りました。恐る恐るマルファさんの方を向くと、目の色が変わっていました。ひどい既視感です。今のマルファさんと先ほどのエイリスさんの顔が重なって見えました。


「――だからさぁ! 記録魔法、判別魔法、指定映像保存魔法、発信魔法! 冒険者登録証を冒険者登録証たらしめているのは、こういう地味だと思われがちな魔法の積み重ねなんだよな! なぁ、聞いてるアメリア?」

「いやぁぁ! エイリスさんがもう一人!」


 なんということでしょう。魔具関係の他に、魔法関係のワードにも気をつけなければいけなかったのです。

 エイリスさんの言葉を借りるなら、マルファさんは魔法オタクさんだったのです。

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