「うっ……! くっ……!」
フランマが私の首を掴み上げた。一瞬消えたかと思ったら、もう目の前にいたのだ。逃げることが出来なかった。全然分からなかった。
その間にも身体を巡る酸素の動きが止まろうとしています。ジタバタと動いてみても、フランマの握力から逃れることは出来ません。
「哀れなり。大人しく渡しておけば苦しまずに死ねたものを」
「っは……ぁぁ」
苦しい。頭がきゅーっとなっていく。手足が痺れてきた。死への恐怖が暴れてしまい、余計に身体から酸素が消えていこうとしている。
目の前が暗くなっていきます。身体の温度が下がっていこうとしています。あぁ、私はこんなところで死んでしまうんですね。
「そうら、瓦礫の下にいる死体たちともうすぐ会えるぞ。あの有象無象どもとな」
「!」
私は無意識にカサブレードを振っていました。消えゆく意識の中ではっきり聞こえた侮辱の言葉。それが許せなかったんです。
「むううん!」
次の瞬間、酸素が一気に私に流れ込みました。フランマが私の首から手を離したのです。
それどこからフランマは私から距離を離し、カサブレードで叩いたところを手で押さえていました。
「なんと……我が防御魔法を貫通しただと。カサブレードの力の仕業か、それともあの力なき者の仕業か」
絶対カサブレードの力だと思います。ありがとうカサブレード。
とはいえ、これで状況が良くなったわけでもありません。私はフラフラのボロボロで、フランマはまだピンピンしているようですから。
ですが私はフランマへ言いたいことがあります。
「訂正してください! あの人たちのことを有象無象なんて言ったことを訂正してください!」
あの優しい人たちに対する侮辱だけは、撤回してもらいたかった。あの人たちは貴方に殺されるために生まれてきたんじゃありません。
怒りが私の口を滑らかにします。
「貴方なんかにこの傘は絶対に渡しません。欲しければ、わ、わわ私を倒してからにしなさい!」
何を言っているんだ私!? 無茶苦茶が過ぎる。戦ったこともないのに、こんな危なそうな存在、倒せるわけがないでしょう!
でも、今日死ぬかもしれなくても、このポンコツメイドの意地だけは見せる。今、そう決めました。
「やぁぁ!」
私はカサブレードを振り上げ、走る。自分史上最高の速度でフランマに近づき、カサブレードを振り下ろした。対するフランマはカサブレードを掴もうと手を伸ばす。
「この我が掴めぬ、だと!?」
カサブレードの剣身が発光したと思ったら、フランマの手が弾かれてしまいました。まるで「掴むな」と言っているようです。
怯んだフランマへ、私は必死にカサブレードを叩きつけました。何度も何度も叩きつけました。剣術なんてさっぱり分からないので、ホウキで虫を追い払う動きでカサブレードを振りました。
カサブレードが当たるたびにフランマが傷ついているのが分かります。私の一時的な体力切れを狙い、フランマは再び距離を取りました。
「太陽の化身がこんな小娘にやられるなぞ、あってはならぬ」
フランマは炎で包まれた右拳を地面へ叩きつけました。直後、私の周囲から炎の柱が吹き上がったのです。急激に温度が上がり、クラクラします。
そうしている内に、フランマがどこかへ消えてしまいました。熱さで視界と思考がぼんやりします。
炎の柱を突っ切って外に出る方法が浮かびましたが、現実的ではないでしょう。外に出る頃には骨になってしまうかもしれません。
そういえばこの状況、似ているなぁ。高熱を出したけど、何とか気合で乗り切ったあの時に。あのときは何だか逆に冴えていたような気がします。全てがはっきり見えたような気がしていました。結局その後、倒れてしまったけど。
「あれ?」
何だか後ろの空気が一瞬変わったような気がしました。その瞬間、嫌な予感がしたので、私は反射的に振り返りました。
なんと背後の炎の柱からフランマが飛び出してきました。あの炎の柱は目隠しだったんですね。
「気づいたか! だが遅い。消し炭にしてやるぞ、小娘!!」
「ひぃぃぃぃ! いやぁぁぁぁ!」
私は必死でした。戦闘のストレスや炎の熱気で体力がごっそりと削り取られ、もはや何も考えたくない状態でした。
それでも私は生きるため、無意識にカサブレードを突き出しました。直後、肉を貫いた嫌な手応えがしました。
「ぐぅ、……がはっ」
フランマの胸にカサブレードが突き刺さっていました。少しすると、炎の柱が消え、ひんやりと冷たい風が私の頬を撫でます。
「見事なり」
「い、いえいえ。そんな大したことは」
身体に武器を刺している時点で、大したことをしているのだが、今の私はこの悪夢のような状況を早く終わらせたい一心でした。
「あっ身体にヒビが……」
フランマの身体に無数の亀裂が生じていきます。フランマの身体が崩れ落ちていこうとしています。
「小娘、名を教えろ」
「アメリア・クライハーツ、です」
「カサブレードのアメリア、か。小娘にしてやられるとは無念」
「ど、どうしてこんなことをしたんですか? カサブレードって一体なんなんですか!?」
「だがこれで終わりではない。むしろ始まりだ。カサブレードを破壊すべく、今後も貴様の前に刺客が現れるだろう」
フランマ、質問には答えましょう! 貴方、太陽の化身何でしょう!? 知りたいことが何一つ分かりません。というか、とても聞きたくない台詞が飛び出しましたね。
「刺客って一体何のことですか! 貴方みたいなのがまた来るのですか!?」
「ククク、偉大なる太陽の光からは誰も逃れることは出来んのだ。ハハハ! ハハハハハ!!」
結局私の質問には一切答えてくれず、フランマは
私は自然と膝を地面につけていました。腰が抜けたとも言います。極限の緊張から解放され、一気に身体から力が抜けてしまったせいです。
「生きてる……。私、生きてる。はは……もう何も考えたくないです」
しばし休憩をした後、ようやく動けるようになった私は立ち上がることにしました。辺りは静寂に包まれ、目の前には屋敷だったガレキがあるだけ。
「みんな……」
ふとカサブレードの方を見ると、光の粒子に包まれていました。
「え? え? カサブレードが私の中に?」
やがて完全に光の粒子と化したカサブレードは私の中に入っていきました。痛みはありません。突然現れて、突然消えてしまったカサブレードに困惑するばかりです。
「……考えていても、しょうがないですね」
いつまでもぼーっとしていられません。身体を動かしましょう。まずはこのガレキをどけて、皆さんを見つけなくては。もしかしたらまだ生きている方がいて、助けを待っているかもしれませんしね。
「やぁ、ちょっといいかい?」
後ろから声をかけられました。