私、アメリア・クライハーツは何の変哲もないメイドです。……嘘です。失敗はかなりします。ポンコツメイドなのです。
ですが、やる気だけは誰にも負けません。今日もこのガルヘイン・タオコール様の屋敷で何とか仕事をこなしているところでした。
いつものように掃除、洗濯、屋敷の管理、食事の準備などをこなしていくとしましょう。
「きゃっ」
一瞬視界がブレ、気づくと床に激突していました。また転んでしまいましたね。良いんです、気合が入っていることの証拠なのですから。決して、運動神経が悪いとか、どんくさいとか、そういうことではありません。他のメイドに見られなくて良かったです。
いつまでも寝てはいられないので、私は起き上がり、廊下の掃除を再開します。
今日は調子が良く、あっという間にピカピカに出来た私は次の場所へ行こうとしました。
その時です。私の身体が光ったのは。
「え? え?」
同時に、言葉が流れ込んできます。
――タダシキモノヲミツケタ。
私の耳は、確かにそのように聞こえたのです。
発光は一瞬でした。何だったのだろうと思った次の瞬間、右手に何か違和感を感じます。
「傘?」
私は何故か傘を握っていました。何の変哲もない白い傘。いや、それは少し正確ではありません。
なんとなく開いてみようとしましたが、びくともしなかったのです。ボタンはなく、自力で開くことも出来ません。
その時の私は何故か、壊れているとは思っていませんでした。これはそういうものなのだと、勝手に納得していました。
「うーん……とりあえず自分の部屋に持っていこうかな」
そう思った直後、廊下が少し暗くなりました。気になって窓に近づいて、外を見ました。
目の前の光景に、私は頭の中が真っ白になりました。
それは炎をまとった岩石でした。一つではなく、数え切れないほどの量が屋敷へ向かってきています。
「は――?」
破壊音、爆風が私を蹂躙します。まるで洗濯桶の中にある洗濯物のように。巨大な力に抵抗できず、ただグルグルと屋敷の中でかき回されてしまったのです。
私が意識を取り戻したのはすぐでした。飛び起き、あたりを見回すと、悪夢の光景が広がっていました。
ガレキとなった屋敷、人の気配はない、土と埃と炎と――鉄のような嫌な匂い。旦那様や同僚のメイドさん達、料理人さんや庭の管理人さんの顔が浮かんできます。
「皆さん! 皆さーん!! 無事ですか!? 無事なら返事をしてください!」
返答は沈黙。あの優しい人たちの声が返ってこない時点で、私は考えることを止めていました。
考えを整理できず、ふわふわした中、右手の傘が光っていました。そこで私は自分の違和感に気づきます。
「怪我、していない……」
何故すぐに気づかなかったのでしょう。あれは間違いなく魔法、しかも人や魔物を傷つける目的の攻撃魔法です。
ただのポンコツメイドである私なんか、あっという間に死んでしまうでしょう。
「この傘が守ってくれたの? もしそうなら、ありがとうございます」
この光っている傘を握っていると、不思議と力が湧いてきます。今なら何でも出来そうな、そんな気分になります。
ですが、私はすぐに思考を切り替えました。これは攻撃魔法。災害でもなんでもない。それならば、その攻撃魔法を放った者がいます。
その時、空から声がしました。
「日輪に照らされ、降臨せし。我が名はフランマ。カサブレードの破壊を命じられた太陽の化身なり」
私は息を呑んでしまいました。
一言で言うなら、異形の人間。ひまわりの花に似せたような頭部、逆三角形の肉体、背後にはお日様のような紋章が浮かんでいます。
言いしれぬ恐怖に、私は動けなくなっていました。呼吸の仕方を忘れ、手足が全く言うことを聞かず、何かを考えようにも頭が上手く動きません。
フランマと名乗った異形は、私を指差しました。
「力なき者よ」
それが私のことを言っているのだと、すぐに分かりましたが、口も上手く動かない。少しでも動こうものなら、殺されてしまう。そんな恐怖がまとわりついていました。
「一度だけ言う。カサブレードを渡せ。そうすれば、生かして帰そう」
「カサブレード……?」
「貴様が右手に持っている剣だ」
フランマの視線は私の右手に注がれていました。元より、私のことなど眼中にないのでしょう。そりゃそうですよね、こんなポンコツメイドなんか見る価値なんてないと思います。
カサブレードを渡せ、か。渡したらどうなるんだろう。そうしたら、もうこんな怖い思いをしなくても良いのかな。
そうだ、そうしよう。これさえ渡してしまえば、生きて帰れるのだ。そもそもカサブレードは突然現れたものだし、私が何で持っているのかも分からなかった。
これを渡す。渡す。渡す。渡す――。
「い、やだ」
「何?」
「嫌です。急に現れて、急に酷いことをして、それでこれを渡せだなんて、そんなのありえません!」
言っちゃったー! で、でも間違ったことは言っていません。これが欲しいなら、話し合いとか、お金のやり取りとか、色々あったはずです。なのに、急に襲ってきて、カサブレードを渡せなんて冗談じゃない。
次の瞬間、火球が私の顔を横切った。
「なら死んでもらう。カサブレードの破壊は我が主からの命。完遂してみせる」
フランマが片手を挙げた。直後、私の足元周辺が暗くなった。
顔を上げると、空からまたあの炎をまとった岩石が降ってきた。
「ひぃ!」
やっぱり怖い。あの岩石の威力はよく知っている。私はその場から離れたい一心で、身体を動かした。すると、不思議なことが起きた。
いつの間にか岩石が落ちる場所から逃げられていた。確かに必死で逃げたが、それはありえない。
私は自分の運動能力を知っている。なんなら、岩石に巻き込まれても仕方ないと覚悟していたくらいだ。それと息切れもしていない。私の体力はその辺の人と同じくらいだ。
「何これ、身体が変。もしかしてこの傘のおかげなの?」
この傘を握っていると力が湧いてくる感覚はあった。この傘には身体能力を上げる魔法が付与されているのかもしれません。
「紙一重とはいえ、我が隕石魔法を避けるとは。流石はカサブレードと言ったところか。ならば我も本気を出そう」
次の瞬間、フランマが私の目の前に現れた。