と、言うわけで私は準備中の隣の酒場へ行き、そして接客中の美容室へと赴き、必死に二人に懇願して無理やりギルドへと来てもらった。
カランカラン、とギルド入口の鐘が鳴る。
「……ったく、至急の用事って言われても困るよサラちゃん。今日はギルドには行かないって言って──」
何かがすごい勢いで振り下ろされて、クリスさんの文句は中途半端で終わってしまった。風圧で少し伸びた髪の毛がぶわっとまくられる。
「遅ぇ!! そんなにトロいんじゃ、陽が沈んじまうじゃねぇか!!」
出迎えたトーヴァさんは、眼鏡を取ると、どう考えても物騒な代物を私たちに突きつけた。自身の身長よりもはるかにデカいそれは──大剣。
待って待って、今の風圧ってもしかしなくてもトーヴァさんが!?
「さっそくお手並み拝見といこうか!!」
「ウソでしょ! ちょ、待っ──」
クリスさんの眼前へ振り下ろされる大振りの剣。絶体絶命。そんな言葉が頭によぎるくらい殺意マンマンの一撃がクリスさんの脳天に落ちる。
「危ない!!」
咄嗟にエルサさんが前へと躍り出ると、クリスさんを突き飛ばした。トーヴァさんの重い一撃は、元々クリスさんがいた場所の床を砕いた。
えぇええええええええっ!? 今の、絶対ヤル気だったでしょ!! あの速度じゃもう止めようと思っても止まらなかったもん。
「いきなり、なにをするんですか……あなたは、いったい……?」
当然すぎる疑問を投げかけたエルサさんに対して、トーヴァさんは床にめり込んだ剣を容易に引き抜きながら自己紹介した。
「トーヴァ・グリサリス=ナルルース。ギルドセンターから派遣された事務職員兼あんたの師匠となる者さ。今のはあいさつ代わりの一撃。そこのクリスは全然反応できなかったようだが、エルサ、あんたはやるねぇ。さすが、王都でも噂になっているくらいだ。だが、まだまだだよ。ヒヨッコ」
「急に現れて、わけのわからないことを──」
そうだ。その通りだ。
「だけど、そっちがその気なら。仲間を傷つけようとする人は誰であっても容赦しません!!」
えっ、そっち行くの!? エルサさん!?
「そうだ。その意気よし。では、参る!!」
「負けません!!」
引き抜いた剣をそのままエルサさんに向かって横に薙ぐ。エルサさんはそれを紙一重で交わすと、横へ回り込もうとするが、トーヴァさんの剣が牽制して間合いの中へと入ることができない。
……じゃねぇんだよ! なにを私は二人の戦いを真面目に見てんだ!!
「チハヤ、お前、なんとかしろ!!!」
こんな緊迫した状況なのに、のんびり紅茶を飲んでる場合じゃねぇぞ!!
「そうは言われましても──」
チハヤは心底めんどくさそうに、色のない瞳を閉じた。
「遠慮しなくていいと言われたのはサラ様ですし」
「お前、そんなこと言ってる場合じゃ──」
「それに、ここでこれ以上参戦するとなると、建物が持つかどうか微妙なところです」
いや、確かに。その通りではある。だって、ここおじいちゃんが古の時代に建てた建物だぞ!? チハヤの魔法でドカーンなんてやったあかつきには、崩壊の危機!?
ってか、こんな狭いところで戦うんじゃないよ!!
「いや、違う違う違う」
ブンブンと頭を振る。じゃあ、広いところで戦えばいいのかとかそんなことじゃない。
意味わかんないだろ! 初対面でいきなり戦うって!
「チハヤがダメなら……クリスさん!!」
「お、恐ろしく早い剣さばき……なんだ、全然見えないぞ……」
感心してた! ダメだ!! 次っ!!
「グレース……はソファで寝てるね。はい、了解」
終わった。この二人を止められる者はもう誰もいない。こうなったら、エルサさんにその実力を示してもらって──。
そうこうしている間にもトーヴァさんの剣はエルサさんを追い詰めていた。狭いギルドの中だ。逃げ場は限られている。
なんとか攻撃をかわし続けているエルサさんだが、その表情は真剣そのもの。対するトーヴァさんは口元に邪悪な笑みを浮かべてまだまだ余裕がありそうだ。
「やるねぇ! 面白い! だったら、これならどうだ!!!」
一歩片足が後ろへと下がると、大剣がエルサさんを襲った。後ろへ跳んだエルサさん。だけど、目を疑う事態が起きる。
かわしたはずの大剣が間を置くことなく舞うようにエルサさんに飛び掛かっていった。後ろへ跳んだばかりで体勢の整わないエルサさんは、なんとか転がるように体を地面に這わせることでその一撃をよける。
「ほう、これもよけるとは、本当にいい反応だ」
なんだ今の、どうやって……?
「一撃目をかわされた瞬間に、素早く背中で剣を持ち換えて追撃したのです。細身の剣ならできるでしょうが、重量のあるあの剣では普通はできない。おそらくはトーヴァさんのなせる技かと」
「さすがだねぇ。執事。鋭い観察眼をお持ちのようで。だが、これは基本的な剣技の一つだ。わかっただろ、エルサ。実力の差ってやつが」
エルサさんはゆっくりと立ち上がると服についたほこりを手で払った。
「わかりません。私はまだ負けたわけじゃないですから」
「ほう。言うねぇ。だったら、少し痛い目を見てもらおうか!!」
「痛い目」って!! ケガさせるってこと!? そんな──それはさすがにマズいよ!!
「エルサさん!! 逃げて!! こんな意味わかんないことでケガするなんておかしいよ!!!」
エルサさんはちらりと私の目を見た。そして、後ろを振り返る。
「今さら逃げようとしてもムダだぁ!! あんたはとっくに壁際に追い込まれていたんだ!!」
「エルサさん!!!!」
なにをしてるんだ私!! 止めないと!! エルサさん!!
動こうとした私の体をチハヤの伸びた腕が止めた。
「チハヤ、なにやってんだ!?」
「見ててください。トーヴァさんは強い。ですが、私が見込んだエルサさんの実力はそれをはるかに凌駕する可能性を秘めている」
「そんなこと言ったって!?」
今一度凶器と化した大剣がエルサさんに襲い掛かる。逃げ場はもうない。後ろへ跳んでかわすこともできない。なのに、エルサさんは前へと足を踏み出した。
「……えっ!?」
横薙ぎの一撃を、エルサさんはよけた。後ろへ逃げるのではなく、前へ──高く跳んで剣をよけたのだ。
「なに!?」
間合いに入ったエルサさんは、そのままトーヴァさんに飛び掛かるとその首に腕を差し込んで──あ、あれは!?
「チョークスリーパーだ!! エルサの感情が昂ったときに抱き締めようとした結果、首を絞めてしまうあの──。私も何度か味わったことがある!! あれは痛い! というか苦しい!」
「くっ、うぐぐ……」
そうだ。あれは息ができない。どんなに強敵だったとしても脳に酸素が行き渡らなければ動きは鈍り、やがて落ちる。これはまさかエルサさんの大逆転劇か!?
「うぉおおおお!! このぉおおおおお!!!!」
ドス! と鈍い音がしてエルサさんはグレースの眠っているソファへと倒れていった。肘打ちだ。
慌てて文字通り飛び起きたグレースは倒れ込んだエルサさんの肩を何度か叩いている。床に垂れた長い髪が邪魔をして確認はできないが、動かないところを見ると気を失ってしまったのかもしれない。
「ふっふっふっふ。この私に、ここまでやるとは」
剣を手放したトーヴァさんは、床にうずくまりながら不気味な笑い声を上げていた。
*
「なぁ~んだ~そうだったんですね~ギルドを鍛えるために来てくれたんだ~」
「そう、ランク1のギルドでモンスターもいないとなれば鍛えがいがある。それに、手合わせしてわかった。エルサ。あんたはやっぱり強いね。グランドマスターの私が鍛えれば大陸に名が響く剣士になるよ」
「そうですか~あまり戦いは好きじゃないんですけど~ほめられちゃった~ははは~」
「ふっふっふっふ」
笑い事じゃないんだわ。なにがどうして今さっき戦ってた同士が仲良くなれんだよ!
「あの! いいですか!?」
こうなったらと腹をくくって二人の間に割って入る。チハヤは役に立たないし。
「グランドマスターってなんなんですか? それからギルドを鍛えるとか、剣士とかなんとか」
ワカラナイヨ。なにもワカラナイヨ。
「ギルドマスターなのに、そんなことも知らないのか? サラ」
うっ……。
「し、仕方ないじゃないですか!? 気づいたらギルドを経営しなきゃいけなくなって、しかもうちは大陸からかなり離れているから、ギルドの情報なんてほとんどないんですよ!」
呆れた様子で見下すトーヴァさん。ティーカップが置かれる音がすると、チハヤが咳払いをして立ち上がった。
「グランドマスターとは、その道の師匠です。以前、サラ様には
「……それが、グランドマスター?」
「ええ。剣士には剣士を、魔法使いには魔法使いを。ギルド員の適性を見極め、グランドマスターと呼ばれる師匠をつけ修行する。大方、先の戦いでエルサさんの剣の才能に目を付けたギルドセンター長が、急ぎトーヴァさんを派遣したのでしょう」
あのマリーのおじいちゃんの計らいか。事前に言ってよね、もう。
「そう、つまり──」
トーヴァさんはツカツカと私の前まで歩いてくると、ぐいっと顔を寄せてきた。きれいだけど怖い……。
「サラのギルドは、弱小ギルドってことだ。ランク2の条件は忘れてないよな?」
「モンスター討伐の依頼を5件こなす……ですよね」
「そう。このままじゃモンスターを狩るなんて絶対無理だ。だから、ギルドを鍛える必要がある。鍛えてやるよ、この私がな」
それだけ言うと、トーヴァさんはどかっと受付のイスに座り紅茶をすすった。
鍛える。ギルドを。だけど、モンスターいないんですけど。
「サラ様。ひとまず、当初の予定通りエルサさんは剣士に、そしてクリスさんは魔法の才があるので魔法使いのジョブへと就いていただくのはいかがでしょうか。しっかりとジョブが決まれば、大陸に赴きモンスター討伐の依頼をこなすことも可能です。ですが、ジョブもないようなギルドに依頼は回って来ません」
「え? 魔法使い? ウチは魔法使いの才能があるのかい?」
食いついてきたのはクリスさんだ。そりゃ、嬉しいだろうな才能があるって言われるのは。
「そうです。私の見立てではクリスさんは優秀な魔法使いになり得るかと」
「マジ!? やった!!」
いいよな~クリスさん。私なんてモブだって言われたんだぞ、モブって。
……い、いやでも。チハヤはそうだったかもしれないけど、トーヴァさんならもしかして──。
「トーヴァさん、私は、私にはそういう才能とかってないのかな?」
「ないね」
バッサリ。そりゃないよ。こっちも見もしないで。
「ないけど、サラの仕事はもう決まってるだろ? 誰にも替えのきかない重要な仕事がさ」
「替えのきかない重要な仕事?」
「そう、それはギルドマスター」
「そ、そっか! 私はもうすでに大事な仕事が──」
「狭い」
えっ?
「汚い。かび臭い。2階建てとはいえ、こんなギルドじゃ依頼も増えていかないよ。訓練場すらないしね。ギルド名を決めるのと同時に、ギルドの発展があんたの仕事だ」
き、厳しい。一瞬、良い人だと思ったのに見間違いだった。
「トーヴァさんの言う通りですね。仮に村の外でモンスターを討伐するにしても、依頼が舞い込むように大陸との交流が盛んになる必要があります。となれば、発展させるのはギルドだけではなく村自体。サラ様にはそちらの仕事をお願いできますか?」
「……はい、了解いたしました」
有無を言わさぬチハヤの話に、うん、とうなずくしかなかった。
なんてこった。これじゃあ、これじゃあ、悪魔が二人に増えたようなもんじゃねぇーか!!
「どうしよう。とりあえず、村のことだから村長のとこ行ってくるね」
「……あっ……あっ、あっ」
ソファから起き上がったグレースがぴょんぴょんとその場で飛び跳ねている。これはもしや……。
「あ、ありがとう~グレース! 一緒についてきてくれるの?」
「う~……はぅう!!!」