「マリアンヌ様のギルドのコンフォーコは、音楽用語で熱烈にという意味から名付けられたそうです。そのような感じで、サラ様のギルドを象徴するような名前にしてみてはいかがでしょうか?」
「は、はい……そうですね」
おかしい……。トイレにこもってたときは、バチクソ暴言吐いてたのに、この人、なんで今は丁寧に対応してるんだ? トイレのデカいひとり言が聞こえていないと思ってる? いやいや、それは無理がありますよ。
「チハヤ様は、なにかいいアイディアはないでしょうか? 異世界転生者だと聞いております。向こうの世界の言葉など、なにかありませんか?」
「…………」
チハヤは黙って紅茶を飲んだ──聞こえない振りをしているだけだ。
<サラ様、ほら、お願いします>
こいつ! 頭ん中にまた直接話しかけてきやがって!!
なんで私なんだよ!! 一人だけ逃げようとするなんてズルいって!!
<いえ、私よりもサラ様の方が手慣れているかと。勢いとパッションはサラ様の方が優れていますし>
「どうしましたか? お二人とも……ギルドの名前がないと困ることになるかと」
「さいですね……今、考えますので……」
怖すぎて眼鏡の奥の目を見れない……! 正直、名前なんてどうでもいいんだよ!! 今、解決したいのはトーヴァさんがいったいどんな人なのかってこと!
「
あり得る! この前やっとランク1になったばかりの新米ギルドだし、なんならマリーの思惑が入ってるなんてことも……。
全然、あり得る!! さっきからマリーのギルドの話ばっかしてるし、センター長は孫に甘々のおじいちゃんだし!
ってことは──これ全部、裏でマリーが糸を引いてるってこと!?
「サラ様、どうしましたか? なにも浮かばないようでしたら、失礼ながら私がいくつか案を──」
「その必要はないよ、トーヴァさん」
私は、顔を上げてトーヴァさんの目を見つめた。トーヴァさんは眼鏡を上げてたたずまいを直す。
意図はわかったよ。マリーが相手なら、正面から戦うのみ!!
「トーヴァさん、今、トイレでめちゃくちゃ暴言吐いてたよね」
「えっ……えっと、その……」
「私に会ったときからクソデカい舌打ちもずっとしてるし」
「あっ、それは──」
「なにか企みでもあるの? もし、私のギルドをめちゃくちゃにしようって言うなら──」
「ち、ちちちちちち違います!!! そんなことは滅相もない!! 誤解ですよ、サラ様!!!!」
「え”っ……」
急にしどろもどろになったトーヴァさんはイスから立ち上がると、両手を顔の前でブンブン振って「違う違う」と否定する。元々の青白い顔がさらに白くなってまさに顔面蒼白状態って感じに。
こ、これは──きっと演技じゃ出せない……と思うけど!
「チ、チハヤ!」
「……私もこの方はウソをついているようには見えないと思います」
「そうです! 企みなんてありません!! 本当に誤解なんです!」
「でも、だったら、どうしてあんなこと言ったんですか? また外れたちくしょう、とかクソギルドとも言ってましたよね。聞き間違えじゃなければ」
聞き間違えであってほしいくらいだけど。
「その……私は……」
人差し指を合わせながら困った顔をするトーヴァさんは、とんでもないことを言った。
「本当の私は、とんでもないくらい口が悪いんです!! だからそれをなんとか隠そうとして──でも、隠しきれなくて!! どこのギルドも辞めさせられてきました!!!」
口が悪い? 隠そうとして──辞めさせられてきた?
突然の告白に止まった私の思考が動き出すまで約1秒。最初に思ったのは、口が悪いってレベルじゃねぇーだろ! ってことだった。
「え? じゃあ、さっきのは本心ってことですか? 舌打ちも? 心の叫び?」
「そうなんです! すみません、だって、初めてギルドに来たのに外で待たされるし、もう知っているのにいちいち自己紹介されて、いいから早くギルドに入らせろよと思っちゃったし、ギルドの中は全然物がなくて殺風景だし、荷物の置き場も教えてくれなくて、しかも主要なギルド員は出払ってるどころか別の仕事をしてるって言われて、依頼もないし、挙句の果てにはギルド名も決まっていないって、ふざけんな!! クソギルドって思わず思っちゃったんです!! そしたら我慢しきれなくてトイレで発散しようと思ったら!! まさかの丸聞こえで!!! 私、ここもクビになっちゃんでしょうか!?」
チッ!!!!!!
最後、特大の舌打ちが聞こえたよ!? 怒ってるのか困ってるのか、どっちなんだ!!
トーヴァさんが心の叫びをぶちまけたことにより、静まり返ったギルドのなか、なぜか全く関心のなさそうなグレースの大あくびが聞こえた。
……いや、そうじゃない。グレースは全く警戒していないんだ! こんな、怖い人なのかなんなのかよくわからない人に!
つまり、よくわからないけど、これが、この姿がありのままのありのままのトーヴァさんってこと!?
「トーヴァさん。名をトーヴァ・グリサリス=ナルルースとおっしゃいましたね」
よくわからない状況で、よくわからないことを唐突にチハヤが言い始めた。
「亜人種の中には、名前と苗字以外に、集団あるいは一族を表すいわゆるクランネームを持つ人がいると聞いたことがあります。ナルルースの響きは、たしかエルフのもの。それに失礼ですが、トーヴァさんの持つその特徴的な白い肌は、エルフのものですね」
「はっ、はい! 私にはエルフの血が流れています。ですが、その……
眼鏡の奥の瞳が揺れている気がした。
「エルフってみなさん、どんなイメージがありますか? 清楚、清潔、上品──そんなイメージだと思うんですが、本当の私は違うんです。自分でも抑えきれないくらい口が悪くて、粗暴で……私の正体を知ったら、みんなギルドに居させてくれなくて。でも、アビシニア村のサラ様なら大丈夫だろうって、センター長に言われたんです。だから、私、今度こそここでは失敗しないようにって……思ってたんですけど、一日どころか一時間も持ちませんでした」
トーヴァさんはうつむいてしまった。そして、テーブルに置いた大きな荷物をむんずとつかむと、そのまま出ていこうとする。
「ごめんなさい。私の代わりにもっと優秀な、普通の事務職員が来ます。失礼しました」
チッ……。
なんて静かな舌打ちだ。
「待ってください」
私は荷物を持ったトーヴァさんの手をつかむ。ってめっちゃ重っ! これ!!
「トーヴァさん、ここにいてください」
「……えっ、で、でも……」
「舌打ちをしたってことは、今の言葉、本心じゃないってことですよね。本当はここにいたいんでしょ? トーヴァさん」
「でも、私、こんなんなんですよ? サラ様の目に映っている私は偽りの私で、本当の私はもっと……人の気分を害するようなことばかり言っちゃうんです。私なんかがいたら邪魔じゃないですか」
「邪魔じゃないよ。だって、うちの一番の敏感なグレースがあなたには全く警戒していない。それはつまり、口が悪くても暴力的でも、トーヴァさんはきっと心底優しい人ってことだよ」
荷物がドサッと床に落ちる。いや、ドサッじゃなくてドガって感じだったけど、足に当たったら痛いどころじゃすまなかったと思うけど。
「じゃ、じゃあ、私、ここにいていいんですか? 本当に?」
私は勢いよく親指を立てた。
「いいよ! まだまだ少ないギルドだもん! 大歓迎だよ!!」
「じゃ、じゃあ、本心を隠さなくてもいいんですか?」
「うんうん、大丈夫だよ。うちのギルドはみんな遠慮なんてしないから」
「そうですか──それじゃあ、まず年上に向かってなめた口きいてんじゃねーぞ、サラ」
急にドスの効いた声に様変わりしたトーヴァさん。私は、本能的に助けを求めてチハヤを見たが、やつはそっぽを向いて紅茶を飲んでいる。
なんだそのわかりやすいくらい「おいしい~」みたいな表情は!?
「まあ、でも、そのくらいラフな方がやりやすいか。あたしも我慢したくないんでね。よろしくしてやるから、さっさとギルドの名前決めろよ。それから、ギルド員全員集合させろ、このギルドに足りないもの。モンスターとの戦い方について教えてやる」
「た、戦い方!?」
「そうだ。ギルド所属のエルサは、剣の才能があると聞いている。あたしは剣士のグランドマスターの資格を持っている。ビシビシ鍛えてモンスターを倒せるくらい強くしてやんよ」
……あの、やっぱり、お断りしてもいいですか?