「こちらがアビシニア村のギルドですね。荷物はどちらに……」
「あっ、ごめんなさい。とりあえず、場所もないのでそこの受付テーブルに置いてください」
「はい、かしこまりました」
……チッ。
また幻聴が聞こえる。うん、気にしないでおこう! こういうのは気にするのが一番よくない! きっとこの暑さでやられてるだけだ!!
「──しかし、うわさには聞いていましたが、アビシニア諸島は暑いですね。同じ国内とは思えないです」
トーヴァさんは丸メガネを上げるとふわりとした笑顔を浮かべてチハヤの淹れたアイスティーを飲んだ。
「冷たい! おいしいですね。それにギルドの中もことのほか少し暑さが和らいだような……室内にいるからでしょうか?」
「それもありますが、水魔法の応用で温度を若干下げております。冷えすぎると上手く適応できなくて体に悪いですから、外の気温に合わせるように調整していますが」
そ、そうだったのか……知らなかった。どうりで、ギルドにいると快適なわけだ。
アビシニア諸島、およびアビシニア村は現在、乾季まっただ中。ギラギラの太陽が容赦なく肌を突き刺す。いつも晴天の青空が見えるのは気持ちがいいんだけどね。
「トーヴァさん、服脱がないんですか? チハヤは魔法で真っ黒な暑苦しい服着ても快適らしいけど、トーヴァさんはきっと違うでしょ?」
「ええ、まあ。ですが、私、特別に人より肌が弱いので、なるべく直射日光を避けるためにこういう服にしてるんです」
「ふーん、そうなんだ」
確かに、肌は焼けたことがないような白さだしな。近くで見れば白いどころか青白く見えるくらい。
「メガネも目を守るため?」
「そうです。目も危ないですからね。ところで、さっそくギルドのみなさんにあいさつをと思ったのですが、残りのお二人は今どちらに? 任務中ですか?」
「ああ二人なら自分の仕事してるよ」
神妙そうな面持ちで、トーヴァさんは目を瞬かせた。
「自分の仕事?」
「うん、二人ともギルド員だけど、メインの仕事は別に持ってるから。エルサさんは美容師を再開したし、クリスさんは酒場のマスターだし」
「は、はあ……なるほど……では、今現在依頼などは……?」
「? ないよ。見ての通り、この村小さい村だから。そんなに問題も起こらないんだよね~モンスターもいないし」
「な、なるほど。あの……あっ……」
トーヴァさんは、軽く咳払いをするとアイスティーを口に含む。……緊張しているのかな?
「わかりました。とりあえず私は事務職員としてギルドの現況をまとめますね。えっと……」
トーヴァさんは持ってきた大きなカバンを開けると、そのなかから一枚の紙を取り出した。
「センターに報告を求められていたんです。まず、サラ様のギルドの名前を教えていただけますか?」
「な、ま、え……?」
「ええ。たとえば、センター長のお孫さんマリアンヌ様のギルドはコンフォーコギルド。私たちセンターでは、正式なギルド名がまだ登録されておりませんでしたので、改めて教えていただけたらと思いまして──」
「そうか、名前、名前ね」
ギルドに名前なんて必要だったのか!? いや、普通に考えてそうだ。
「あの……サラ様。まさかとは思いますけど、もしかして、ギルド名が、あの、その、ない──なんてことは」
困惑している! トーヴァさんが明らかに困った顔でこっちを見ている! やっべぇな。この人ギルドセンターに所属してるんだから、これまでいろんなギルドに行っていたに違いない! 名前のないギルドなんて前代未聞とかなんじゃないのか?
「えぇっと、そのね、なんというか」
ごまかせ! ごまかすんだサラ! その頭脳はなんのためにあるんだ? その口は今動かすためにあるんだろ!! なんでもいい、今は上手く誤魔化して、名前なんて後で適当に考えればいいんだから!
いや! むしろ、なんなら今決めてしまおう! なんだ? なにがいい? サラのギルド? いや、バカっぽい! そうだ! アビシニアギルドは? 安直すぎる! じゃあ、どうする! どうする!?
「サラ様、そう言えば、ギルド名を決めていませんでしたね」
おっっっっい!!! チハヤ! お前、さらっと真実を告げるな!! 今、一生懸命考えてたのに!!
トーヴァさんの目が丸眼鏡なみにまん丸くなっちまった。
「あの、え、ギルド名がないんですか?」
バレちゃぁしょうがない!
「うん、そうなんだよね~ははっ。ああ、でもすぐに決めるから、ちょっと待っててもらって──」
「チッ!!!!」
「えっ?」
幻聴……じゃない、よな、さすがに。だって、今、目の前から舌打ちが聞こえた……。
「失礼します。お手洗いをお貸しいただけますか?」
「えっ、あ、はい。あの、受付まっすぐ行ってもらって、2階に上がる階段の手前の──」
「ありがとうございます」
トーヴァさんはすっと立ち上がると、音もなくトイレへと消えていった。
唯一ひまそうなグレースが、いつもの定位置のソファからあくびをする音が聞こえる。
「なあ、チハヤ。お前、気づいていたか?」
「まさか、サラ様も気づきましたか」
「ああ、トーヴァさん、さっきから──」
「日差しを気にしていましたよね。あれはきっとエルフの特徴の一つです」
「そう──いや、違う……でも、エルフって?」
チハヤは手をかざすと、どこかから本を手にしてテーブルの上に置いた。風が吹いてパラパラとページがめくられ、挿絵が掲載されたページで止まる。
それは、とてもとても見目麗しい人たちの挿絵だった。3人が寄り添い、真ん中の髪のとても長い女性がりんごみたいな果物を手に持っている。
「亜人種の一種、エルフです。深い森の奥を居住地として、別名森の民とも呼ばれています。その肌は透き通るように白く、また老若男女問わず美しい姿と言われています。ただ、やはり直射日光の当たらない環境に適応しているからか、肌が弱く、強い日差しに弱いとか」
「たしかに初めて見たときにトーヴァさんの肌、白! とは思ったけど、髪も団子だけど解いたら長そうだし、メガネかけててもわかるくらい美形だけどさ。そんなことより私が思ったのは、舌打ちだよ、舌打ち!!」
「舌打ちですか?」
「そうだよ! あの人と会ったときからやたらデカい舌打ちが聞こえてさ、気のせいかと思ってたけど、違うよ! あれ、トーヴァさんが出してる!! だって、今も急に陰りのある顔になったと思ったらそのままトイレに行ったんだぞ! あの人、本当はめちゃくちゃ怖い人なんじゃ──」
ギルドの奥、いや建物全体が揺れたのはそのときだった。会話に飽きて寝ていたグレースもビクッと体を震わせて起き上がった。
「あー
えぇ……!? 上品なはずのトーヴァさんが、トーヴァさんの声でめちゃくちゃいらだってる!!
怖い人だ! やっぱり怖い人だよ!!
ガチャっとトイレのドアが閉まる音がした。スタスタスタとまったく動けないでいる私たちの元へ歩いてくると、メガネを上げてニコッと笑ってトーヴァさんは言った。
「お話の途中、失礼いたしました。まだギルド名がお決まりではないということなので、まずは名前をみなさんで考えてはいかがでしょうか」
怖い人……じゃない! この人は、いやこの人も、ヤバい人だ!!