チュンチュンチュンチュン……チュンチュンチュンチュンチュンチュン。
チュンチュンチュンチュン、チュンチュンチュンチュン、チュンチュンチュンチュン。
「うるっさーい!」
いつものように小鳥の合唱でベッドから飛び起きると、大きなあくびを一つして私はリビングへと向かった。
すでに食欲を誘う朝食のいい香りが漂っており、テーブルには王都から(エルサさんの家から)もらってきたふわふわの白パンを少し焼いたものと、牛肉のステーキ、そして野菜スープが置かれていた。
「なに!? 牛肉だと!?」
朝から豪勢な。いつもは豚肉か鶏肉のステーキだというのに……いやいや、それも贅沢か。カロリーが、カロリーが……。
「おはようございます。サラ様。今日は、気合を入れなければいけない一日なので精のつく牛肉にしてみました」
「おはようチハヤ。……でも、気合を入れないといけないって?」
グレースの隣の席に座ると、さっそくナイフとフォークを手に持ち熱々のステーキとの格闘を試みる。
この頃は、グレースもすっかりナイフの使い方を覚え、自身できれいに切り分けた肉を口の中いっぱいに頬張って、それはそれはもう幸せそうにモグモグモグモグと味わっていた。
ちなみに寝起きの私は、今パジャマ姿だ。そして、赤毛の髪もぼさぼさ。だけど、そんなこと関係ない。肉汁が滴るジューシーな牛肉が待っている!!
「今日はなんの日か、お忘れですか? ギルドの予定表にも記入しておいたはずですが」
「ひょうひゃっけ?」
でも、私の頭の中の予定ではなんにもなかったような。依頼もなかったはずだし、ギルド会議もなかったし、エルサさんもクリスさんも普通に仕事のはずだ。
だって、昨日の夜「あ~明日ものんびりできる~ひまって幸せだ~」って思いながらまぶたを閉じた気がする。
だいたい忙しかったのは、王都にいたせいだと思う。なんか、たぶん時間の流れがアビシニア村と王都じゃ違うんだろうな。あんなに毎日あれやこれやとイベントが起こってたのに、こっちに帰ってからはこれといってイベントが起きていない。
日がな一日、チハヤの淹れてくれた紅茶を片手になにもせずにボーっと過ごす毎日だった。
そんな一日が今日も始まる、と思ってたんだけど。
チハヤは若干呆れたような目つきで私を一瞥すると、深いため息を吐いた。なんだ、そのあからさまなのは! お前の肉、もらうぞ!!
「今日は、ギルドセンターから派遣される事務職員が来る日です。早めに行ってお迎えしなければ」
「……事務職員?」
そう言えば、そんな話があったような。でも──。
「なんだっけ、その事務職員って。ギルド関連の書類とかをまとめてくれる人?」
「そうですね。これまでサラ様がやっていたギルド員の加入や依頼などなどの事務処理を代わりに引き受けていただきます」
「おーマジか!! めっちゃいいじゃん!!」
よっしゃ! 楽できるわ~。苦手だったんだよね、事務仕事! これでこころおきなく──あれ? そうしたら私はなにをやったらいいんだ?
チハヤは紅茶をすすると、意味深に微笑んだ。
「しかし、いよいよギルドも忙しくなってきますね」
一抹の不安がよぎる。ご飯はお腹いっぱい食べるけども。
*
準備を終えて、私たちはチハヤの言う通りいつもより早く家を出た。まだまだあっつい日照りに照らされながらもアビシニア通りを歩き、ギルドへと向かう。ところが、ギルドの前にはすでに一人、人がいた。
淡いブラウンの髪色はおしゃれなお団子で頭の後ろでまとめ、眼鏡の奥に見えるこれまたブラウンの瞳は優しげな光をたたえている。服装はシックにこれまた茶色のジャケットとパンツでまとめて、どこか大人しそうな印象を与える。
ってか、すげぇ透き通るような白い肌! え~!! 太陽みたいに光りそうなんだけど!!
新しい事務職員って絶対、あの人だ! 間違いない絶対そう! だって、村にあんな人いないもん。
その人は、こちらに気がついたのか軽く会釈してきた。きれいな仕草だな~と関心して、私も頭を下げようとすると、舌打ちが聞こえた。
「え?」
き、気のせいだよな。今、あの人、めっちゃデカい舌打ちをしたような気が……。
若干焦った気持ちで早足気味で近寄ると、事務職員さんはにこりと微笑んでくれた。
「サラ様ですね。私、ギルドセンターから派遣されました。名をトーヴァ・グリサリス=ナルルースと申します。お気軽にトーヴァとお呼びください」
お、おお。常識人っぽい。大丈夫だ、やっぱり今の舌打ちは気のせいだ。
「トーヴァさん、よろしく! 私はサラでこっちの黒いのがチハヤ、そして──」
チッ!
……いやいやおかしいな、また舌打ちがした気が? いや、でもトーヴァさん笑顔のまんまだし、あれ?
「ギルドのみなさまのお名前は事前に教えていただきました」
「あ、う、うん。りょうかいです。あの……とりあえず、暑いのでギルドの中に入りましょうか」
「はい、よろしくお願いします」
トーヴァさんはまた頭を下げた。だけど、なんか、なんか、なんかすげぇ変な気がする……こんなに丁寧な感じなのに心がざわついてしょうがない!
──悪いことはだいたい当たる私の予感は、この後すぐに的中することになる。