「──それでは、ここに見事ランク0からランク1へとランクアップしたことを証明します」
場所は多くのギルド、そしてギルド員が集うギルドセンターで、私は一枚の羊皮紙を受け取っていた。
ギルドセンター長のダニエル・アレンシュタインさんは、私に羊皮紙を手渡すと白い手袋をした手で拍手を送ってくれた。拍手は伝播し、ギルドの職員、たまたま居合わせた見知らぬギルドの人たち、マリーとその仲間たち、そして私たち──クリスさん、グレース、エルサさん、チハヤが自然と手を叩いていく。
マリーは、不服そうに眉根を下げてはいたが。
「ありがとうございます!!」
万感の思いとはこのことかもしれない。いや~ホント、ランクアップするまでいろんなことがあったなぁ……。
チハヤが現れて、大きな借金を抱えて、ギルド員&依頼も全然増えなくて──あっ、ダメだ、またチハヤへの怒りが増してしまいそうだ。
海辺でシーサーペントを倒した後、私たちは駆けつけてくれたマリーのギルドとともにギルドセンターへと戻った。グレースをさらおうとした3人組は、もちろんしっかりと拘束して連れてきて、お縄につく。ダニエルさんいわく、適切な対処をするとのことだった。
グレースはギルドのヒーラーによって回復してもらい、すぐに元気になった。
そして、緊急依頼となっていた3人組を捕まえたことで依頼数が目標を達成、なによりもこの一連のできごとを通してエルサさんが正式にギルドに加入してくれたことでギルド員数も突破。そのまま、ランクアップのミニ表彰式のようなものが始まったってわけだ。
「いやはや、こんなに鮮やかにランクアップを決めるとは。ランク1になり、サラ様のギルドは正式なギルドに迎え入れられることになったわけです。そこで、私から一言よろしいかな?」
「はい、もちろん!」
ダニエルさんは、コホンと咳払いを一つすると、さらに話を続けた。
「今、世界は多くの戦力を必要としています。かつて倒したはずの魔王が復活し、モンスターの強さが日に日に増している。ギルドは多くの依頼を解決することが目的の一つではありますが、今一つ、いえ、根本的な目的は、依頼を通してギルド員を鍛え、強くし、魔王を倒せる力を身につけることにあります。大陸から遠くモンスターのいないアビシニア村においても、ぜひサラ様のギルドにもその目的を達成するために力をお貸しいただきたい」
うむ。ここら辺は、ギルドを立ち上げるときにチハヤに言われたことだったな。……でも、正直、うちの村、マジで平和だし「魔王討伐」とかかたぐるしくてめんどくさそうなことは気にしないでおこう。
「そこで、次のランクアップの条件ですが、その羊皮紙に目を通していただけますかな?」
え? また条件があるの!?
ダニエルさんに言われて、私は羊皮紙に視線を落とした。後ろにいたエルサさんやクリスさん、グレースも肩越しにのぞき込んでくる。
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ランク1のギルドとは、駆け出しのギルドです。さらなるランクアップを目指し、ギルドとしての強さを手に入れましょう。
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この書き方……嫌な予感しかしない。
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~ランク2へのランクアップ条件~
・モンスター討伐の依頼を5件こなす
ランク2になれば、ギルドからの依頼の数も増え、支払われる料金も大幅アップします。
また、特典として新たな職員の派遣、ギルド同士の交流も行えるようになります。
いざ、ランクアップ目指して頑張ってください。
─────
え? これマ……?
「ちなみに、モンスター討伐はあくまでもギルド員によるものです。今回のモンスターはチハヤ様が倒したので、ランクアップ条件には反映されません。アビシニア村はモンスターがおりませんが、まあそこは頑張っていただきたいと思います。それでは、改めてランク1へのランクアップおめでとうございます」
「……ありがとうございます!!」
言葉とは裏腹に、心の中で私はつっこんでいた。
いやいやこんなの無理だろ! できるわけねぇだろーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!
*
「かんぱ~い!!!」
「わー!!!!!」
乾杯の音頭のあとにグラスが打ち鳴らされた。みんなの楽しそうな声が空気を弾ませた。
表彰式を終えた私たちは、ギルドのランクアップとエルサさんの正式な加入をお祝いしてちょっとしたパーティーを開いていた。まあ、開いてくれたのはエルサパパとママで、準備してくれたのはメイドさんたちなんだけど。
私はギルドセンターからエルサさんの屋敷に帰ってきたら、ソッコーで眠りについて起きたらもう打ち上げが始まっていた。
「いや~このお酒、やっぱうまいね!! 何本か村に持って帰ろうかな~」
「パパ、ママ! 本当にありがとう~」
「……ふぅん! はうっ!!」
みんなそれぞれうれしそうに近くの人と談笑を交わしていた。私は──と言えば少し離れたところで一人紅茶を飲んでいるチハヤと目が合う。
<お疲れ様でした。サラ様>
こいつはまぁた、こんなときでも遠隔で話してくんのか。こういうときはさ、直接話すのが一番楽しいんだよ。
グラスを傾けると、私はチハヤに近づいていく。ちなみにグラスに入っているのは相も変わらずお酒じゃない。なぜかここでもクリスさん特製のミックスジュースだ。
チハヤの正面に立って、目線を上げた。絵画に描かれていそうなイケメン顔が近くにあって、わずかに口の端が微笑んでいる。
「チハヤもおつかれ!! ようやく正式なギルドに認められたよ。1か月前、チハヤとギルドを始めたときはどうなるかと思ったけど」
そうだ。私がギルドを始めたのは、わずか1か月前のことだった。いつもなら長く感じる1か月があっという間に過ぎ去っていった。
「チハヤ、最初にギルドに仲間も依頼も来ないときに言ったこと覚えてる?」
「なんでしょう。サラ様とはいろんな話をしてきましたからね」
「忙しいからこない、お前はそう言ったんだ。ひまになればいいんだって」
「そうですね。そんなこともありましたね」
「だけど、私は今なら思うよ。忙しいときって意外に楽しいんだって」
そう。なにもしていないときの私は、ひまでひまでしょうがなかった。毎日なにをしようかって、空いてる時間を埋めることだけ考えていた。でも、今は、今なら考える暇もないほど忙しいのもまた楽しいのかもって思える。
「サラ様。では、忙しくしていきましょうか。さっそくですが、次のランクアップ条件のモンスター退治についてですが──」
「……えっ、ちょ、ま、待て! チハヤ!!」
「待てません。ランクアップを果たしただけでは、まだなにも変わりません。依頼も来なければ新しいギルド員が来るわけでもないですし。なによりアビシニア村でモンスター退治というのは──」
わっ、わっ、わっ!! やっぱ、ひまな方がいいわ!!
*
「ふ~あまりある時間って最高~!!」
私はまたエルサさんの屋敷のベランダから夜色に染まった都会の景色を眺めていた。
……なんてカッコよく言っているわけだが、実際には現実逃避だ。チハヤといたらすぐに次のランクアップに向けた話になってしまう。逃げる場所を求めて足がここへ向いたってワケ。
「はぁ~王都ともしばらくお別れか~」
「そうだね~寂しいの? サラちゃん」
「ええ、まあ。もうちょっと観光したかったって言うか……人酔いにトラブルにモンスターにってヒドイ目にあった記憶しかないですから」
「そうだよね~でも、ま、依頼は達成したから帰らないといけないよね」
「はい、本当に……」
……うん?
振り向くと、いつぞやのときみたいにエルサさんが私の後ろに立っていた。
「って! いるならいるって言ってくださいよ!!」
「あはは~ごめん~どんな反応するかなって思って」
「もう。急に現れるのはチハヤだけで十分です」
「ふふふ。そうだよね~」
エルサさんは私の横に並んでベランダの柵に腕を乗っけた。にこにことした笑顔で、でも目だけは真剣なまま遠くをながめている。
「やっぱり、落ち着くよね、ここ。私もなにかある度に一人でここに来て街の景色を眺めていたの。でね、今になって思い出したことが一つあったんだ」
「そうなんですね」
昔話かな? 村長の昔話なら長いから嫌だけど、エルサさんのなら少し聞いてみたいかも。
「昔、パパから言われたことがあったの。血が怖いって泣いてた私に、『確かに飛び出る血は怖い。だが、人は誰でも血が通っているからこそ生きているんだ』って」
……素敵な名言に聞こえるけど、ごめんねエルサさん、全然怖いわ。スペラにしか響かない言葉かもしれない。
でも、それを思い出したエルサさんの笑顔は、夜空の星にも負けないくらいキラキラと輝いていた。
「グレースがさらわれたとき、私はなぜかこの言葉を思い出したの。血は……まだ怖い。だけど、誰かの、大切な友達や仲間の命が失われる方がもっと怖いって。流れている血は大切なんだよ」
これもまた、いい風な感じに聞こえるけど、リアルに想像したらえぐい話なのでは、と思わないでもないけれど。とにかく私は、「そうかもしれないですね」と言っておいた。
エルサさんがこっちを見る。
「サラちゃん、ありがとう。ギルドをつくってくれて、ギルドに誘ってくれて、サラちゃんのおかげで私、少し強くなれたかもしれない」
「そ、そうですか。それは──よかったです」
私はそっとエルサさんの大きな瞳から視線を外した。まっすぐにほめられることは、全然慣れてない。
でも、とりあえず「ありがとう」の言葉はうれしいかもしれない。ギルドを引き継がなければ、ここまでがんばらなければ、きっとたぶんこんな言葉を言ってもらえることはなかったのかもしれない。
私はじっと、見慣れない都会の夜を見つめた。
おじいちゃん。ギルドの経営はめったくそに大変だけど、楽しいかもしれない。とりあえず今は──。
「ああ、ここにいましたかサラ様。戻りますよ。まだ次のランクアップをどうするか考えなければいけません」
……せっかく人がいい気分に浸っていたっていうのによぉ。でも。
「わかったよ、チハヤ。戻るから、クリスさんのドリンクでも飲みながらみんなで話しよう」
「ええ。そうしましょう」
暗がりの階段を下りていくチハヤの背中をながめながら、私はふと疑問に思ったことを聞いた。
「そう言えば、海辺に来るまでやたら時間かかってたよな。村長の依頼の品、そんなに見つからなかったのか?」
聞きたいのはそういうことじゃない。実は、クリスさんとなにかやってたんじゃないかってことなんだけど。
チハヤの口からは何の気なしにいつもの調子で返事がかえってくる。
「秘密だと言われましたが、この際、話しておきましょう。近いうちにわかることでしょうし。村長の依頼品は特注だったんです。なのでできあがるまで時間がかかってしまいまして」
「特注? ってことは服かなんか?」
「いいえ、違います。カツラです」
「……はぁ? カツラ!?」
チハヤはくるりと振り向くと、唇に人差し指を当てた。
「声が大きいです。サラ様」
一連のその様が、あまりにも自然過ぎて思わず足が止まった。それだけじゃない。顔が熱くなるのを感じる。
「チハヤ、お前!! だから、自分の顔を見てから行動してくれって!!!」