「モ、モモモモモモモモ!!!!」
モモモモモモモモモモモモモモモモ!!!!
「モンスターだってぇえええええええ!!!!!?」
突如、海面から現れた怪物は固そうなブルーの鱗に全身が覆われて、黄色いお目目がパッチリと威圧的にこっちを向いていて、それでもって大きな赤い口が波ごとこちらを呑み込もうとするかのごとく迫ってきている。あ~もう! あんなのに襲われたらパックンチョだよ、パックンチョ!!!
「あれはシーサーペントですね。サラ様、グレースを連れて後ろへ下がっていてください」
「うぇえっと、いや、チハヤお前、立ち向かう気!? や、やめなよぉ!! さすがにマズいって!!!!」
おい、チハヤ、ちゃんと現実を認識してんのか!? お前、その目でモンスターの姿見えてんのかって!! 私も初めてモンスターを見たわけだが、だって、あれ!! デカすぎだろ!!! 私たちの何倍だよってくらい、家よりも、下手したらギルドセンターよりもでかいぞ!!!!
「戦うとか、そんなレベルの奴じゃないって!!!!」
「いいから下がっていてください。サラ様、今はグレースを守ることに専念してください。グレースを守れるのは、今、あなただけですよ」
「!!」
その言葉に私は我に返った。なんかいろいろ変なことを口走った気がするが、今、たしかにやるべきことは砂浜に倒れたままのグレースを助けること!!
「チハヤ! 無理だと思ったら逃げるよ!!」
「了解しました。しかし、問題ありません。ギルドからの応援もちょうど来たところですし」
応援? そう言えば、あの強面のおっちゃんがギルドに通報しておくとかなんとか……。
「来ましたわよ!! 田舎娘のサラ!!! そしてチハヤ!!!!」
あの声は──後ろを振り向くと崖の上にはざっと十数人くらいのギルドのみなさんが立っていて、その真ん中に腕を組んで堂々とやつがいた。
マリアンヌ──通称マリー。
「さあ、今行きますわ!! みなさま、コンフォートギルドの力を見せつけてあげなさい!!!」
マリーの一言で動き出したコンフォートギルドのメンバーたちは、一斉に崖を飛び降りてくるのかと思いきや、私と同じように遠回りをして降りてこようとしている。
「……任せたよ、チハヤ」
頼りになるんだかよくわからないが、とりあえずモンスターとの戦闘は私の出る幕じゃない。私は、私のやるべきことを──。
チハヤに後を託して動けないでいるグレースの元へ急ぐ。同時にかけつけたエルサさんとクリスさんと一緒にグレースを立たせると、崖下へと連れていく。
「……グレース」
その体は震えていた。ヒザはガクガクしていて、呼吸も浅い。
「過呼吸を起こしているかもしれない。サラちゃん、まずは安静にさせないと」
「そうだな。だが、あんなモンスターすぐに倒せるものじゃないから、時間がかかってしまうんじゃないか──」
ドォオオオオン!!!!!
なにが起こったのか見えなかった。とりあえず、シーサーペントとかいうモンスターは海の底に沈められ、海の中に巨大な水しぶきが生まれる。水しぶきっていうか、もう渦って言っていいんじゃないかと思うようなレベルだけど。
見えなかったのは、グレースを見ていたからもあるけど、たぶんちゃんとしっかりチハヤを目で追っていてもその動きを目で追うことはできなかったと思う。
視界の端に映っていた黒い影は、空中に高く跳びあがったと思いきや、次の瞬間にはとんでもない衝撃音が起こっていた。家が爆発したんじゃないかってくらいの。
「なっ……なんだ!?」「今……なにが起きたの?」「あのシーサーペントが……一瞬で沈めたっていうの!?」
駆けつけてくれたギルドの人たちも驚いているじゃねぇか!! とんでもねぇ……。
「グレースの様子はどうですか?」
気づいたときには眼前にチハヤ。
「うわぁ!! いきなり目の前に現れんな!!!!」
「失礼。すぐに戦闘へ戻らないといけないので」
シーサーペント、倒したと思ったけどそうじゃないんだ……さ、さすがにね! あれをワンパンとか人としてヤバいもんね!!
「執事さん。グレースは見ての通り、いろんなことが立て続けに起こったから過呼吸状態。落ち着こうにもここじゃ無理だろうし、せめてなにか心を落ち着かせる薬草みたいなものがあれば」
ん? 薬草? どこかで聞いたような──。
「薬草! ちょうど持ってる! 王都でもお酒の研究ができたらと思って、手持ちに確か──」
なぜ、胸の中をのぞく! そこにはないでしょ絶対! あっても使いたくないわ!!
「なるほど。いい役割分担ができていますね。それでは、グレースのことは3人にお任せして、私はあれを仕留めてきます」
また消えた。と思ったら、上空へ姿を現したチハヤは海の中へと飛び込もうとしている。海面が大きく揺れて、またモンスターが出現しようとしていた。
「あった、これだ!!」
クリスさんはどこから取り出したのかわからない薬草を手に取ると、エルサさんの腕に頭を預けているグレースの鼻にそっと近づけた。
ピクッピクピクッピクッとグレースのかわいらしい小鼻がちょこちょこ動く。
ザパァンと水しぶきが踊ったのは、ちょうどそのタイミングだった。
「来ますわよ!!!!」
砂浜に走り降りてきたマリーが、そしてギルド員が配置を展開する。でも、それよりはるかに早くシーサーペントは、小さな船なら丸呑みできそうな大口を開けて降りてくるチハヤを迎え討とうとしている。
対するチハヤは、こうなることを予想していたのか、驚く素振りを微塵も見せずに無表情のまま落下していく。
接触する直前に赤色に染まった右腕を軽く後ろに引いて、そして。
「……行っけーーー!!!!! チハヤ!!!!」
わけがわからない。デタラメすぎる。だけど、チハヤならきっと、いや絶対にやる。
パクッ。
「ってぇ、えええええええ!!!! 食べられ──」
「いいえ、そうではありませんわ!」
そう。そうやってマリーが否定すると、シーサーペントの口がもごもごと動き、燃えるような眩い光とともになにかが内側から皮膚を破って外へと出てきた。
見まがうはずがない、チハヤの黒い燕尾服だ。
「……やった……のか?」
「コホッ……ゴホッ……ゴホッ!!」
「サラちゃん! グレースが!!」
慌ててグレースを見れば、小さな体を揺らして一生懸命せきをしていた。ひとしきりせきを繰り返したあとは、呼吸がだんだんと穏やかになっていく。
「やった! エルサさん、これで大丈夫ですよね!?」
「うん、これで一安心だよ!」
「よかったです。グレースは落ち着いたようですね」
私は、また変な悲鳴を上げてしまった。
「だから、突然現れるなって!! そ、それに一回食べられたってことは、体中、唾液とかでベタベタなんじゃ……」
「ああ、問題ありません。体には身を守るバリアを張っていましたから、体も服もきれいなままです」
この悪魔みたいな強さをもったチハヤとかいう執事は、平気な顔でそう言うと、また不意に微笑みやがった。