「そう言えば、チハヤに初めて会ったときに気がつくべきだったって今になって思うんだけど」
「なんですか? 急に改まって。気持ち悪──いえ、なんでもありません」
今、誤魔化しがきかないところまで口に出してたけどね。まあ、考えるべきことが多いから、今はいいや。
「知っての通りこの村ってさ、大陸から船で5日はかかるわけね」
そう。アビシニア諸島は大陸からめちゃくちゃ遠い。でも、全く交流がないと必要な物資がもらえないから、王都からの船が
「それなのに、チハヤは船にも乗らずにおじいちゃんが亡くなってすぐに来たよね。気づくべきだったね、あのときに。こいつはおかしいと」
「気がつかなかったんですか? そんな当たり前のことを、なぜ?」
「な、なぜ? は~ん、それは、その……」
イケメンだったからだよ! お前が! 今まで見たことのないようなイケメン過ぎて! あのときの私の思考能力は著しく低下してたんだよ!!
私はまだうら若き乙女だから! しょうがないの!!
「は~い! チハヤくぅん~!!」
乙女じゃないのに、イケメンにめっぽう弱い人が来たわ。……って。
「な、な、なんちゅう格好してるんですか!? クリスさん!!」
そこには、惜しげもなくボンキュッボン(死語)の肢体を露わにした赤い水着姿のクリスさんがいた。
「服着ろ! 服!!」
「えぇ? だってぇ~せっかくチハヤくんが海に誘ってくれたから~」
「そういう意味じゃないでしょ! クリスさんもわかってますよね! わざとやってません!?」
「わざと!? 当たり前じゃない! 女はね、時にはあらゆる武器を使って敵を篭絡する必要があるの」
敵って……チハヤのことかよ……。
待ってくれよ。クリスさん。金色のカクテルを一緒に探したときには、あんなにカッコよかったのに。
「どうでもいいですから! 早くしてください! ほら! 集まった村のみんなも見てますから! それにチハヤは全然こっち見てないですよ!」
「はぁ……チハヤくんのいけず……」
大人しくクリスさんが水着の上に服を羽織る間、私はグレースを頭に乗せて、桟橋まで降りていったチハヤの後を追っかけた。
「チハヤ! なにしてるんだ!? ってか、どうすんだこれから! また、この前の魔法か?」
桟橋にはもちろん船は一隻も停泊していない。小さなボートはあるけど、王都までなんて全然もたない。なにより、5人も入らない。
チハヤは、海面に近づくと水の中に手を入れ、なにやらぐるぐると回し始めた。グレースが頭から降りて、チハヤの隣で真似し始める。
「大陸へ向かう方法はいくつかあります。一番簡単な方法は、サラ様が言われた転移魔法ですが予想外に村のみなさんが集まり人目が多いので、ここは別の方法で向かおうかと」
「……別の方法?」
「ええ。そのためには少々時間が必要ですが、エルサさんが来るまでには終わるでしょう。……よし」
なにが「よし」なのかわからんが、満足げに立ち上がると、チハヤは海の方に向かって手をかざした。
本当に瞬く一瞬の間に、バカでかいゴーレムが海の上をうつ伏せにぷかぷか浮いている。
あぁ、なにかと思ったら、便利魔法の一つ、ゴーレムか。最初はびっくりしたけど、村のあちこちにいるから、もう見慣れちゃったぜ。
「そして、クリスさん。こちらへ来ていただけますか?」
おっ、珍しくご指名だ。
チハヤに呼ばれたクリスさんは、とたんにペカーっと太陽みたいな明るい表情を見せて走り降りてきた。そして、チハヤに近づくと、背中をポンっと軽く押される。
あぁ~。落ちていく海に。あぁ~。
ジャポンと。やることが、さすが悪魔だ。
「いくらはしゃぎ過ぎたからって、今のはひどくないか?」
「大丈夫です。ゴーレムと同じように落ちてもケガもしなければ溺れもしない、そして濡れもしないマジックバリアをかけておきましたから」
「いや、そういうことじゃなくてだな……」
「?」
グレースが不思議そうにこっちを見てるぞ。かわいい。
「っぷは!? ちょっ、えぇ!? 落とされた? 待って、私、チハヤくんに海に突き落とされたんだけど!?」
「びっくりさせて申し訳ありません、クリスさん! 知っての通り、ゴーレムはお手本がないと動作を覚えないもので!」
棒読みにもほどがある。与えられたセリフを声を大にしてしゃべってるだけだ。
「クリスさんの華麗な泳ぎを見せていただけませんか!?」
理不尽だな。私なら怒ってやらないところだけど。
「もう、チハヤくんったら。お願いごとなら、先に言葉で言ってくれればいいのに」
「すみません! 口下手なもので!」
目がハート状態のクリスさんは、単純だった。もう、すぐにゴーレムの前に移動すると、そのままクロールで泳ぎ始める。クリスさんの後ろをゴーレムが追っかけていくわけだから、さながら怪物に追わているように見えなくもない。
グレースが飛び込みはしないけど、クリスさんの真似をしている。
……いや、まあわからないこともないこともない。チハヤが悪魔だと知っていなければ、私もわけのわからない理不尽な要求も呑んでしまっていたかもしれない。
ん? 新しい魔法だなこれは。イケメンマジック。
「みんな~お待たせ~」
そうこうしている間に、帽子をかぶったエルサさんが大きな荷物を両手に……いやいや多すぎない!? 背中に3つくらいリュック背負ってんだけど!!
「荷物多すぎじゃないですか!?」
「う~ん、そうなんだけどね~実家に帰るとなるとそれなりの服装しなきゃいけないから~」
どんな服装だよ!? 貴族が着ているようなドレスとか、か? いや、でも……。
「おおっ! なんだかよくわからないけど、すごい状況ですな、チハヤさん」
エルサさんの後ろから、村長と村のみんながやってくる。
「みなさんもお見送りわざわざありがとうございます~」
頭を下げるエルサさん。私も一応、ペコリしておいた。
潮風のにおいが強く感じられる。いよいよ、出発か。
「チハヤ、まだかかりそう?」
「いえ、もうじきかと」
チハヤがそう告げると、ゴーレムの動きが停止した。気づいたクリスさんがこっちに向かって泳いでくる。
「……で、どうすんの? さすがにこんなゴーレムの背中に乗っては行けないと思うんだけど」
「ええ、ですからこうします」
チハヤはまた手をかざす。すると、瞬く間に今度は何十体ものゴーレムが現れ、なんかうまい具合にイカダみたいな形を作った。
「おい……まさか」
「そうです。一体のゴーレムでは、その面積は限られますが、これだけいれば船のようになるでしょう。名付けてゴーレム船団とでも言っておきましょうか」
「おお! ゴーレム船団!」「これが……魔法の力か」「すごぉーい! 乗ってみたいー!」
村のみんなが拍手をしている。いやいや、おかしいだろ! ゴーレムをくっつけただけだぞ!
「では、行きましょう」
当たり前のように当たり前の顔をして、チハヤは途中でクリスさんを救助してそのままゴーレムの背に乗った。
揺れは少なそうに見える。い、意外と丈夫ではありそうだな。
「……ひゃっ」
グレースが小さく楽しそうな声を上げると、ゴーレムの上に飛び乗った。うわぁ、と心配したが全然ビクともしていない。
本当に、大丈夫なのか?
「──行こう、サラちゃん」
振り向けばエルサさんが手を指し出してくれている。
「都会、憧れだったよね。いつも髪切るときに熱心に都会の雑誌を読んでた。ふふっ、私に付き合わせるような形になっちゃっけど、やっと行けるね」
「エルサさん!」
そうだ。私は、いつか都会へ行こうと思っていた。でも、おじいちゃんを置いていくことはできなくて。一人で行く勇気もなくて。
でも、私は今、村を出ようとしている。いつの間にかできた仲間たちとともに。
私は、エルサさんの手をつかむと、ゆっくりとした足取りでどうにもへんてこりんな「船」に乗った。
爽やかな海風が赤い髪を揺らす。後ろからは村のみんなが送り出してくれるあたたかい声援があって。
「さて、行きますよ。サラ様」
「うん。行こう! 王都レブラトールへ!」