ゆったりとした動作でチハヤはティーカップをお皿の上に置いた。長いまつげが瞬く。
いいな~そのまつげほしいな~。
「サラ様、
「誰がぼけてるだ!! ちょっと現実逃避してただけだわ!」
「はい。なので指摘させていただきました」
くうっ! 言い返せない! そうだよ! その通りだよ!
「エルサさん、事情はわかりました。ですが、私どもができることは王都まで一緒に行くことくらい。それから先のことは、お手伝いすることは叶わないかと」
「一緒に来てくれるだけで心強いんです。サラちゃん、引き受けてくれるよね?」
「それは、まあ、もちろん引き受けますが」
「やったー!」とはしゃいだ声を出すと、私の隣に座っているエルサさんはにっこりと笑顔になった。
──エルサさんの事情はこうだ。
チハヤがにらんだ通り、『よくわかる美容師のなり方』で読んだ通り、エルサさんはスペシャルヒーラーと関係を持っていた。もっと言えば、エルサさんの家は代々スペシャルヒーラーの家系で、王都でも名門らしい。しかし、スペシャルヒーラーの家庭で育ったことにより、血が苦手になり、エルサさんも途中までは親の言う通りにスペシャルヒーラー……長ったらしい名前だな。「スペラ」にしよ、略してスペラだ!
スペラの道を進んでいたのだが、挫折し美容師になり、超ド田舎の私たちの村、アビシニア村にやってきた。
だが、苦手な血を克服するために今一度王都へ戻る、らしい。でも、一人で帰るのはなんか怖いから一緒についてきてほしい、とそういう事情だ。
このエルサさんの事情が、あまりにも大きな話になったもんだから、頭が一回現実逃避を求めったってワケ。
そんなエルサさんは、急に私の頭を触った。
「前切ったときから1カ月くらい経つから、だいぶ伸びてきたね」
「エルサさん……」
なんか、これはあれだ。語る感じのやつだ!
しっかり涙腺を閉めておかないと。
私はチハヤの顔を見た。そ知らぬ顔をしているが、こいつは絶対さっきの村長の家での話を聞いていたんだ。恥ずいわ! もう二度と涙腺は緩めないからな!
「──私、本当はずっとなんとかしなきゃいけないと思ってはいたの。出来損ないとして、隠れるようにアビシニア村に来て、最初はとっても不安だったけど、村の人たちはすぐに私を受け入れてくれた。でも、ずっと、このまま逃げ続けていたらダメだって心の底では思ってた。サラちゃんが、ギルドに誘ってくれたとき、10年経って立ち向かうときが来たって思ったの」
そうは言うけどさ。どうしても思ってしまうことがある。
本当は嫌なんじゃないんだろうかとか。私がギルドに誘ったから、無理に克服しようとしているんじゃないかとか。
「サラちゃん、そんな顔しないでって。大丈夫。これは私の意志。だけど、無事、血が克服できたら正式なギルドのメンバーになるからね!」
エルサさんは、そう言ってもう一度私の頭をなでると、いつものようにとびきり優しく微笑んでくれた。
「では、行きましょう。準備を。さすがに王都に行くには少々時間がかかります」
「ちょっと待ちな!!!」
ギルドの入口の扉が開いたと同時に、クリスさんが大きな声を出した。
「これは、クリスさん。お疲れ様です」
「は~!! チハヤくぅん! 会いたかった~!!!!」
「……ク・リ・スさん?」
なんだいきなり来て、せっかく王都に向けて盛り上がる雰囲気だったのによ~。
「ああ、ごめん。今、仕事モードになるから」
……クリスさん、そのくせ、一応、自覚あったんだ。
「エルサ。話は村長から聞かせてもらったよ」
「え? なんで村長から?」
「今、店に来てしこたま酒を飲んだらベラベラしゃべってたんだ」
口が軽い人が多いな、この村。
「王都に行くんだってね。私も行くよ。この中でエルサと一番付き合いが長いのは私だ。それに──」
「……それに?」
クリスさんは髪を払い腕を組むと、つむっていた目を開けて私にドヤ顔を見せつけた。
「チハヤくんと王都でデートができる、またとないチャンスだろ?」
「……はっ?」
全っ然、仕事モードになってねぇじゃねぇか!
「そんな不純な動機が認められ──」
「まあまあ、もう一つ依頼も持ってきたから! サラちゃん!」
「えっ!! 依頼ですか!?」
依頼達成数は現在4つ。これにエルサさんの依頼を加えて、そして、今、クリスさんが持ってきた依頼を合わせれば一気に条件の6件の依頼をこなすことができる! エルサさんも仲間に加わり、ギルド員も3人目! うそだろ! 0ランクから1ランクへ、ランクアップが果たせる!!!!!!!!!!
「クリスさん!!!! その依頼の内容は!?」
「あ~それは……まあ、村長の依頼なんだけど、チハヤくん以外には内緒にしといてって頼まれてしまってね。特にサラちゃんには絶対に秘密だって言われちゃったから、とりあえずチハヤくん、はいこれ」
クリスさんは、折り畳まれた紙をなぜか胸元から取り出して、チハヤの手に押しつける。チハヤが紙を広げると──。
「……こ、これは。なるほど、確かに。本来は、サラ様に秘密をつくることはいけないことなのですが、この依頼は丁重に私チハヤがお預かりします」
「さすが! チハヤくん!! 話がわかる~!! それで、どんなプラン? 王都ってことはお泊りでしょ? どこでどうやって──」
……じー。あの紙には絶対に、村長からの依頼が書いてあるはず。それを見てチハヤはわずかに眉を上げた。
つまり、あのチハヤが動揺したということ。そして、クリスさんがわざわざ強調するようにボリューミーな胸元から、依頼書を取り出した。さらに、極めつけは「私には絶対に秘密」というあの言葉。
間違いない! これはあれだ! 大人な感じの依頼だ!
なるほど確かに。ギルド。そういう依頼が舞い込むこともあるか。
……気になる。気になるけど、ここはあえて黙っておこう。
「そしたら、王都に行くのはギルドの全員ってことでいい? エルサさんにクリスさんに、チハヤ。グレースはもちろん一緒に連れていかないといけないし」
ちらりと横目でグレースの様子をうかがうも、まぁたソファの上でだらだらと横になっていた。
「そうするしかないよね! みんな、ありがとう~お願いします!」
「だけど、いつ行くんだ? 王都からの船はまだしばらく来ないんじゃ」
クリスさんの疑問に、チハヤが当たり前のように答えた。
「この際、魔法を使います。みなさん準備ができたら、船着き場へお集まりください」