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第27話 エルサさんの秘密

 ゆったりとした動作でチハヤはティーカップをお皿の上に置いた。長いまつげが瞬く。


 いいな~そのまつげほしいな~。


「サラ様、けている場合ではありません」


「誰がぼけてるだ!! ちょっと現実逃避してただけだわ!」


「はい。なので指摘させていただきました」


 くうっ! 言い返せない! そうだよ! その通りだよ!


「エルサさん、事情はわかりました。ですが、私どもができることは王都まで一緒に行くことくらい。それから先のことは、お手伝いすることは叶わないかと」


「一緒に来てくれるだけで心強いんです。サラちゃん、引き受けてくれるよね?」


「それは、まあ、もちろん引き受けますが」


 「やったー!」とはしゃいだ声を出すと、私の隣に座っているエルサさんはにっこりと笑顔になった。


 ──エルサさんの事情はこうだ。


 チハヤがにらんだ通り、『よくわかる美容師のなり方』で読んだ通り、エルサさんはスペシャルヒーラーと関係を持っていた。もっと言えば、エルサさんの家は代々スペシャルヒーラーの家系で、王都でも名門らしい。しかし、スペシャルヒーラーの家庭で育ったことにより、血が苦手になり、エルサさんも途中までは親の言う通りにスペシャルヒーラー……長ったらしい名前だな。「スペラ」にしよ、略してスペラだ!


 スペラの道を進んでいたのだが、挫折し美容師になり、超ド田舎の私たちの村、アビシニア村にやってきた。


 だが、苦手な血を克服するために今一度王都へ戻る、らしい。でも、一人で帰るのはなんか怖いから一緒についてきてほしい、とそういう事情だ。


 このエルサさんの事情が、あまりにも大きな話になったもんだから、頭が一回現実逃避を求めったってワケ。


 そんなエルサさんは、急に私の頭を触った。


「前切ったときから1カ月くらい経つから、だいぶ伸びてきたね」


「エルサさん……」


 なんか、これはあれだ。語る感じのやつだ!


 しっかり涙腺を閉めておかないと。


 私はチハヤの顔を見た。そ知らぬ顔をしているが、こいつは絶対さっきの村長の家での話を聞いていたんだ。恥ずいわ! もう二度と涙腺は緩めないからな!


「──私、本当はずっとなんとかしなきゃいけないと思ってはいたの。出来損ないとして、隠れるようにアビシニア村に来て、最初はとっても不安だったけど、村の人たちはすぐに私を受け入れてくれた。でも、ずっと、このまま逃げ続けていたらダメだって心の底では思ってた。サラちゃんが、ギルドに誘ってくれたとき、10年経って立ち向かうときが来たって思ったの」


 そうは言うけどさ。どうしても思ってしまうことがある。


 本当は嫌なんじゃないんだろうかとか。私がギルドに誘ったから、無理に克服しようとしているんじゃないかとか。


「サラちゃん、そんな顔しないでって。大丈夫。これは私の意志。だけど、無事、血が克服できたら正式なギルドのメンバーになるからね!」


 エルサさんは、そう言ってもう一度私の頭をなでると、いつものようにとびきり優しく微笑んでくれた。


「では、行きましょう。準備を。さすがに王都に行くには少々時間がかかります」


「ちょっと待ちな!!!」


 ギルドの入口の扉が開いたと同時に、クリスさんが大きな声を出した。


「これは、クリスさん。お疲れ様です」


「は~!! チハヤくぅん! 会いたかった~!!!!」


「……ク・リ・スさん?」


 なんだいきなり来て、せっかく王都に向けて盛り上がる雰囲気だったのによ~。


「ああ、ごめん。今、仕事モードになるから」


 ……クリスさん、そのくせ、一応、自覚あったんだ。


「エルサ。話は村長から聞かせてもらったよ」


「え? なんで村長から?」


「今、店に来てしこたま酒を飲んだらベラベラしゃべってたんだ」


 口が軽い人が多いな、この村。


「王都に行くんだってね。私も行くよ。この中でエルサと一番付き合いが長いのは私だ。それに──」


「……それに?」


 クリスさんは髪を払い腕を組むと、つむっていた目を開けて私にドヤ顔を見せつけた。


「チハヤくんと王都でデートができる、またとないチャンスだろ?」


「……はっ?」


 全っ然、仕事モードになってねぇじゃねぇか!


「そんな不純な動機が認められ──」


「まあまあ、もう一つ依頼も持ってきたから! サラちゃん!」


「えっ!! 依頼ですか!?」


 依頼達成数は現在4つ。これにエルサさんの依頼を加えて、そして、今、クリスさんが持ってきた依頼を合わせれば一気に条件の6件の依頼をこなすことができる! エルサさんも仲間に加わり、ギルド員も3人目! うそだろ! 0ランクから1ランクへ、ランクアップが果たせる!!!!!!!!!!


「クリスさん!!!! その依頼の内容は!?」


「あ~それは……まあ、村長の依頼なんだけど、チハヤくん以外には内緒にしといてって頼まれてしまってね。特にサラちゃんには絶対に秘密だって言われちゃったから、とりあえずチハヤくん、はいこれ」


 クリスさんは、折り畳まれた紙をなぜか胸元から取り出して、チハヤの手に押しつける。チハヤが紙を広げると──。


「……こ、これは。なるほど、確かに。本来は、サラ様に秘密をつくることはいけないことなのですが、この依頼は丁重に私チハヤがお預かりします」


「さすが! チハヤくん!! 話がわかる~!! それで、どんなプラン? 王都ってことはお泊りでしょ? どこでどうやって──」


 ……じー。あの紙には絶対に、村長からの依頼が書いてあるはず。それを見てチハヤはわずかに眉を上げた。


 つまり、あのチハヤが動揺したということ。そして、クリスさんがわざわざ強調するようにボリューミーな胸元から、依頼書を取り出した。さらに、極めつけは「私には絶対に秘密」というあの言葉。


 間違いない! これはあれだ! 大人な感じの依頼だ!


 なるほど確かに。ギルド。そういう依頼が舞い込むこともあるか。


 ……気になる。気になるけど、ここはあえて黙っておこう。


「そしたら、王都に行くのはギルドの全員ってことでいい? エルサさんにクリスさんに、チハヤ。グレースはもちろん一緒に連れていかないといけないし」


 ちらりと横目でグレースの様子をうかがうも、まぁたソファの上でだらだらと横になっていた。


「そうするしかないよね! みんな、ありがとう~お願いします!」


「だけど、いつ行くんだ? 王都からの船はまだしばらく来ないんじゃ」


 クリスさんの疑問に、チハヤが当たり前のように答えた。


「この際、魔法を使います。みなさん準備ができたら、船着き場へお集まりください」

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