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第26話 苦しい気持ちは誤解のもと

 アビシニア村は、自然以外なんにもない村だ。村長の話では、「温かい人の心」と「団結力」もあるらしいけど、そんなの住んでみないとわからないこと。


 だから、なんにもない村に外から人が来る理由はそんなにない──と思う。


 エルサさんが村に来た理由、村に住んで美容師をやることになった理由。そこにきっと「血が怖い」理由が隠されているはず。


 そう思って、私は昔話が好きな村長の家に訪れていた。


「村長!」


「おーサラちゃん! ちょうどいいところに来てくれた! あとで、ギルドに行こうかと思っていたところで──」


「そんなことより! 教えてほしいことがあるんです! エルサさんのことで!!」


 直球で言った。もう迷っている場合じゃない。クリスさんのヒント、そしてチハヤの話と本の内容、さらにはシーラさんの噂話がダメ押しでエルサさんの隠している秘密が、過去にあることは明らかになった。


 だから、あとは真相を聞くだけ。だったのだけど。


「あら~サラちゃん~奇遇だね~」


 ……こ、こののんびりとしたしゃべり方! おい、誰か、ウソだと、言ってくれ。


<これは、さすがに私もびっくりしました。まさか当の本人がここにいるとは……>


 クローバーの髪飾りを通して、チハヤの動揺が伝わってくる。あのチハヤを驚かせるのは、たいしたもんだよ! エルサさぁん!!


「な~に~? サラちゃん、なにか私に聞きたいことでもあるの~?」


 涼しげな青い髪、透き通る海のような青い瞳。間違いない。なんでかわからないけど、偶然に偶然が重なった結果、村長の家の居間にエルサさんがいた。


「いや~その~」


 ここ何日間かで一番必死に頭を巡らせる。


 わざわざ村長の家に押しかけて、しかも、あ~すっごい切羽詰まった感じを出してたよな~。


 ダメだ、これは、なんの言い訳も出てこない! どうする? どうしたら──。


「まあ、立ち話もなんだ。家に入って話を聞こうじゃないか」


「あっ、いやそれは──」



 結果。さらに気まずい状況に追い込まれることになってしまった。


 「よっこらしょっと」と言って、村長は私の向かいに座る。エルサさんは私の隣でニコニコしている。


「それで、話と言うのはなんじゃね。エルサちゃんについて、聞きたいことがあると言っていたが」


 全部説明しないでくれよ、村長~! 逃げ場が完全にふさがっちまったじゃねえか!


 おい、チハヤ。黙ってないでなんか言ってくれよ! こういうときこそ、悪魔のささやきの出番だろ!


<………………………………>


 数秒待つが、なんにも言ってこねぇ。くっそ、逃げやがったなあいつ!


「なぁに~サラちゃん、遠慮しないで言って~サラちゃんにだったら私、なんでも話すよ~」


「エルサさん……」


 いつも通りの笑顔が隣にある。優しくてなんでも包み込んでくれるような。昔から知っている、天使のような笑顔。


 だけど、本当は私、エルサさんのことをなにも知らなかったのかもしれない。


 私は、ひざの上に置いた手をきゅっときつく握り締めた。


「シーラさんから聞いたんです。エルサさん、この村の出身じゃないって本当ですか?」


「「えっ……?」」


 エルサさんと村長が同時に軽く驚いたような声を上げた。そういう反応をするってことはやっぱり……。


「村の出身じゃなくて、本当は大陸のそれも王都に住んでいたって聞きました。本当なんですか?」


「う、うん。それは本当のことだよ。でも、なんでかな?」


 エルサさんは困ったように首を傾げて笑顔になった。


「私、全然知らなかった。なにも知らなくて、エルサさんとはずっと子どものときからお世話になってたから」


 ここに来て疑問に思う。なんでエルサさんはギルドを手伝ってくれたのだろう、と。


 私はエルサさんのことをなにも知らない。クリスさんやシーラさんや村長よりも、全然まったく知らない。


 そんなエルサさんが手伝おうと思ってくれたのは、ただ同情しただけなんじゃないだろうか。


「エルサさん。どうして、仮だとしてもどうしてギルドに入ってくれたんですか? おじいちゃんが亡くなって、私が一人になるのがかわいそうとか、そんなふうに思ったからですか?」


「サラちゃん……」


 ダメだ。チハヤの話を聞いて、一度は決意を固めたけど、やっぱりダメかもしれない。


 エルサさんにはギルドに入ってほしかった。だけど、同情だけでやってもらうことはやっぱり、私にはできないよ。


<サラ様。顔を上げてください。エルサさんがそんな人間ではないことは、サラ様が一番よくわかっているはずです>


 ふっと降りてきた言葉に、気がつけば私はエルサさんの顔を見つめていた。


 さざ波のように柔らかく、穏やかに。エルサさんは微笑むと、私の脳天にチョップを喰らわせた。


 ……え“……い、いたい、痛いんですけど。


「ふ~ん、サラちゃん、私がそんなふうに薄情な人だと思ってたんだ~」


 い、いや? あれぇ? 目が笑ってない?


「同情だけでよくわからないギルドの仕事をするって? そんなわけないよ!」


「あっ……」


 ふわりとせっけんの匂いが香った。抵抗する間もなく、エルサさんが私を抱きしめている。


「私はね、サラちゃんが大好きだからできることをしたいと思ったの。ただ、それだけだよ」


 えっと、なにかがおかしいぞ?


 エルサさんのチョークスリーパーから抜け出すと、私はエルサさんの肩に手を置いた。


「じゃ、じゃあ、なんでいつまでたっても、正式なギルド員になってくれないんですか?」


「えっと、それはね~」


 エルサさんの視線がわざとらしくズレる。この人! またはぐらかそうとしてる!!


「ダメですよ! 私もちゃんと話したんですから、エルサさんも話してください!」


「う~ん、だから血が苦手だから?」


「だから、その理由はなんなんですか!?」


「ほっほっほっほっほ、サラちゃん。少し落ち着くんじゃ」


 なんだ、村長。今、エルサさんと話をしてるところで──。


「サラちゃんが言ったように、エルサちゃんはこの村の出身ではない。大陸のそう、それこそ王都出身じゃ。あるトラウマから、王都では仕事ができなくなっての。アビシニア村に来てくれた、というわけじゃ」


「村長、それは私の口から──」


「いいや、第三者の人間が伝えた方が伝わりやすいこともある。えっと、なんじゃったかな? ああ、そうそう、今、エルサちゃんはそのトラウマと立ち向かおうとしておる。そのためにここに来て、少しの間美容室を休業することを告げに来たんじゃ」


「美容室を休業!?」


 エルサさんは、またもやあいまいな笑みを浮かべる。


「一時的にね。サラちゃん、私、王都に行こうと思って」


 王都? 王都ってことは、エルサさんの故郷、つまり実家に帰るってこと!?


「誤解しないでほしいんだけど、家に帰るとかそういうことじゃないの。むしろ、私は家に帰りたくない。だけど、血を克服するためには、一度戻らないといけないから。そこで、一つサラちゃんに、いえ、サラちゃんのギルドにお願いがあるの」


 話がまったく見えない。エルサさんがなにを言おうとしているかわからない。


 だけど、エルサさんは珍しく微笑を消して真剣な表情で私を見つめていた。


「……お願いってなんですか?」


「私と一緒に王都に来てほしい。そうね、言ってみればこれは護衛の任務」


「──護衛、ですか?」

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