アビシニア村は、自然以外なんにもない村だ。村長の話では、「温かい人の心」と「団結力」もあるらしいけど、そんなの住んでみないとわからないこと。
だから、なんにもない村に外から人が来る理由はそんなにない──と思う。
エルサさんが村に来た理由、村に住んで美容師をやることになった理由。そこにきっと「血が怖い」理由が隠されているはず。
そう思って、私は昔話が好きな村長の家に訪れていた。
「村長!」
「おーサラちゃん! ちょうどいいところに来てくれた! あとで、ギルドに行こうかと思っていたところで──」
「そんなことより! 教えてほしいことがあるんです! エルサさんのことで!!」
直球で言った。もう迷っている場合じゃない。クリスさんのヒント、そしてチハヤの話と本の内容、さらにはシーラさんの噂話がダメ押しでエルサさんの隠している秘密が、過去にあることは明らかになった。
だから、あとは真相を聞くだけ。だったのだけど。
「あら~サラちゃん~奇遇だね~」
……こ、こののんびりとしたしゃべり方! おい、誰か、ウソだと、言ってくれ。
<これは、さすがに私もびっくりしました。まさか当の本人がここにいるとは……>
クローバーの髪飾りを通して、チハヤの動揺が伝わってくる。あのチハヤを驚かせるのは、たいしたもんだよ! エルサさぁん!!
「な~に~? サラちゃん、なにか私に聞きたいことでもあるの~?」
涼しげな青い髪、透き通る海のような青い瞳。間違いない。なんでかわからないけど、偶然に偶然が重なった結果、村長の家の居間にエルサさんがいた。
「いや~その~」
ここ何日間かで一番必死に頭を巡らせる。
わざわざ村長の家に押しかけて、しかも、あ~すっごい切羽詰まった感じを出してたよな~。
ダメだ、これは、なんの言い訳も出てこない! どうする? どうしたら──。
「まあ、立ち話もなんだ。家に入って話を聞こうじゃないか」
「あっ、いやそれは──」
*
結果。さらに気まずい状況に追い込まれることになってしまった。
「よっこらしょっと」と言って、村長は私の向かいに座る。エルサさんは私の隣でニコニコしている。
「それで、話と言うのはなんじゃね。エルサちゃんについて、聞きたいことがあると言っていたが」
全部説明しないでくれよ、村長~! 逃げ場が完全にふさがっちまったじゃねえか!
おい、チハヤ。黙ってないでなんか言ってくれよ! こういうときこそ、悪魔のささやきの出番だろ!
<………………………………>
数秒待つが、なんにも言ってこねぇ。くっそ、逃げやがったなあいつ!
「なぁに~サラちゃん、遠慮しないで言って~サラちゃんにだったら私、なんでも話すよ~」
「エルサさん……」
いつも通りの笑顔が隣にある。優しくてなんでも包み込んでくれるような。昔から知っている、天使のような笑顔。
だけど、本当は私、エルサさんのことをなにも知らなかったのかもしれない。
私は、ひざの上に置いた手をきゅっときつく握り締めた。
「シーラさんから聞いたんです。エルサさん、この村の出身じゃないって本当ですか?」
「「えっ……?」」
エルサさんと村長が同時に軽く驚いたような声を上げた。そういう反応をするってことはやっぱり……。
「村の出身じゃなくて、本当は大陸のそれも王都に住んでいたって聞きました。本当なんですか?」
「う、うん。それは本当のことだよ。でも、なんでかな?」
エルサさんは困ったように首を傾げて笑顔になった。
「私、全然知らなかった。なにも知らなくて、エルサさんとはずっと子どものときからお世話になってたから」
ここに来て疑問に思う。なんでエルサさんはギルドを手伝ってくれたのだろう、と。
私はエルサさんのことをなにも知らない。クリスさんやシーラさんや村長よりも、全然まったく知らない。
そんなエルサさんが手伝おうと思ってくれたのは、ただ同情しただけなんじゃないだろうか。
「エルサさん。どうして、仮だとしてもどうしてギルドに入ってくれたんですか? おじいちゃんが亡くなって、私が一人になるのがかわいそうとか、そんなふうに思ったからですか?」
「サラちゃん……」
ダメだ。チハヤの話を聞いて、一度は決意を固めたけど、やっぱりダメかもしれない。
エルサさんにはギルドに入ってほしかった。だけど、同情だけでやってもらうことはやっぱり、私にはできないよ。
<サラ様。顔を上げてください。エルサさんがそんな人間ではないことは、サラ様が一番よくわかっているはずです>
ふっと降りてきた言葉に、気がつけば私はエルサさんの顔を見つめていた。
さざ波のように柔らかく、穏やかに。エルサさんは微笑むと、私の脳天にチョップを喰らわせた。
……え“……い、いたい、痛いんですけど。
「ふ~ん、サラちゃん、私がそんなふうに薄情な人だと思ってたんだ~」
い、いや? あれぇ? 目が笑ってない?
「同情だけでよくわからないギルドの仕事をするって? そんなわけないよ!」
「あっ……」
ふわりとせっけんの匂いが香った。抵抗する間もなく、エルサさんが私を抱きしめている。
「私はね、サラちゃんが大好きだからできることをしたいと思ったの。ただ、それだけだよ」
えっと、なにかがおかしいぞ?
エルサさんのチョークスリーパーから抜け出すと、私はエルサさんの肩に手を置いた。
「じゃ、じゃあ、なんでいつまでたっても、正式なギルド員になってくれないんですか?」
「えっと、それはね~」
エルサさんの視線がわざとらしくズレる。この人! またはぐらかそうとしてる!!
「ダメですよ! 私もちゃんと話したんですから、エルサさんも話してください!」
「う~ん、だから血が苦手だから?」
「だから、その理由はなんなんですか!?」
「ほっほっほっほっほ、サラちゃん。少し落ち着くんじゃ」
なんだ、村長。今、エルサさんと話をしてるところで──。
「サラちゃんが言ったように、エルサちゃんはこの村の出身ではない。大陸のそう、それこそ王都出身じゃ。あるトラウマから、王都では仕事ができなくなっての。アビシニア村に来てくれた、というわけじゃ」
「村長、それは私の口から──」
「いいや、第三者の人間が伝えた方が伝わりやすいこともある。えっと、なんじゃったかな? ああ、そうそう、今、エルサちゃんはそのトラウマと立ち向かおうとしておる。そのためにここに来て、少しの間美容室を休業することを告げに来たんじゃ」
「美容室を休業!?」
エルサさんは、またもやあいまいな笑みを浮かべる。
「一時的にね。サラちゃん、私、王都に行こうと思って」
王都? 王都ってことは、エルサさんの故郷、つまり実家に帰るってこと!?
「誤解しないでほしいんだけど、家に帰るとかそういうことじゃないの。むしろ、私は家に帰りたくない。だけど、血を克服するためには、一度戻らないといけないから。そこで、一つサラちゃんに、いえ、サラちゃんのギルドにお願いがあるの」
話がまったく見えない。エルサさんがなにを言おうとしているかわからない。
だけど、エルサさんは珍しく微笑を消して真剣な表情で私を見つめていた。
「……お願いってなんですか?」
「私と一緒に王都に来てほしい。そうね、言ってみればこれは護衛の任務」
「──護衛、ですか?」