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第25話 落ち込んでも食欲さえあれば大丈夫

 グレースとの激しい夕食バトルも終わり、私はいつも通り食後の紅茶を楽しんでいた。しかも、今日はマシュマロのデザートつきだ。……マシュマロ、だって?


「チハヤ、これ──」


「お察しの通り、シーラさんからいただいたものです」


「まさかのマシュマロかい」


 シーラさんの腕の中におさまるマシュマロちゃんの顔が思い浮かんだ。うちの猫は満腹になって床でゴロゴロしているが。耳とヒゲがぴょこぴょこ動いてなんともかわいいんだけど……。


「ねぇ、なんでさっき止めてくれなかったの? 私の分の肉、食べられそうになってたじゃん」


 チハヤは香りを楽しむと、紅茶を口に運んだ。


「サラ様、ずっと元気がなさそうに見えましたので、てっきり食欲がないものかと思いまして」


「チハヤがここへ来てから、私の食欲がないことなんてあったか?」


「確かに。ないですね。ですが、そう思ってしまうほどなにかを考え込んでいるようでした。私の予想が外れて元気なようでよかったです」


 にっこりと微笑む。悪魔のくせに、いつも以上に笑顔が優しく見える。


「……元気、ではないよ……」


 チハヤの手が止まる。ティーカップがゆっくりとテーブルへと戻された。


「当てましょうか。エルサさんの件ですね」


 私は、コクリと小さくうなずいた。


「クリスさんのところへ行き、エルサさんが血が苦手な理由について聞いた。しかし、クリスさんからは過去に触れないよう釘をさされてしまい、どうしたらいいかわからない。そんなところでしょうか」


 ……ずるいぞ、チハヤ。全部、聞こえていたはずでしょ。


 クローバーの髪飾りを通してクリスさんの話も筒抜けだったはず。


「そう。私も事情は共有しています。ですが、今のサラ様の気持ちがわかったのは、その顔に大きく書いているからです」


「私って、そんなにわかりやすい?」


「ええ。いつも諦めず、当たって当たって砕けろという感じですから。特に、お金に関わることになると」


 う……反論できないのがくやしい。


「迷う必要はないはずです。ギルドで話し合った通り、エルサさんがギルドに加入することは、サラ様のギルドにとって必要不可欠です。今月の支払いの締切も迫ってきていますし、手をこまねいて待っている猶予もありません。クリスさんは、過去につながるヒントもくれた。エルサさんが血が苦手な理由を追究して、それを克服してもらい、克服できないまでも少なくともギルドに入っていいと思ってもらう。道はあるのですから、いつも通り突き進めばいい」


「……チハヤ。そんな詰め方、本当に悪魔みたいだよ。私だってわかってる。だけど、血が苦手な理由はエルサさんの秘密なんだ。それを勝手に突き止めなんかしたら、エルサさんは──」


 エルサさんが傷ついてしまうかもしれない、じゃないか。


「……少し大きな話をしましょうか」


「大きな話?」


「サラ様がギルドを引き継ぐとき、私はこう言いました。ギルドは魔王討伐に欠かせない存在だ、と。この世界では、怪物モンスター討伐から猫の捜索まで依頼は全てギルドが。そうして圧倒的かつ理不尽な強さを持つ魔王に匹敵する人間集団を育てる、これがギルドの仕事だと」


「そうだよ。だけど、この村にモンスターなんていない。みんながみんな楽しく幸せに生きている平和な村」


「ですが、いつ村にモンスターが現れるとも限りません。今は、たまたま・・・・、これまでは、たまたま・・・・モンスターが出なかっただけかもしれません。仮にモンスターが出現した場合、この村に対抗する術はない。もし、今のこの状況で村にモンスターが現れたなら、エルサさんはどうすると思いますか?」


「それは──」


 エルサさんは。エルサさんなら、猫を探すために必死になって走り回ったように、村の人を守るためにモンスターに立ち向かってしまうかもしれない。


 命をかけて戦おうとするかもしれない。血が怖いくせに。


「そんなのダメだよ。絶対に、そんなこと」


「そうです。ならば、エルサさんをギルドに迎え、しっかりと戦えるように育て上げる。これこそがエルサさんにも必要なことであり、ギルドにとって必要なことでもあり、そして、それをするのがサラ様、ギルド長としてのあなたの本当の仕事のはずです」


「私の、本当の仕事……」


 エルサさんは優しい人だ。誰かのために自分を投げうつことができる人。そんな人を守るために、強くするためにギルドをつくる。それが私の仕事。


 マシュマロをパクパクパクパクと口に入れた。


「なぁーんか、悪魔のささやきにも聞こえるけどさ、わかったよチハヤやってみる」


 顔を上げれば、チハヤは真っ直ぐに私の目を見て深くうなずいた。


「それでこそサラ様です。では、話を進めましょうか」



美容スペシャル施術士ヒーラー──か」


 髪を切る美容師さんがケガの治療やら出産の手伝いやらなんやら、つまり、今の施術士ヒーラーみたいな仕事も兼ねていた、らしい。この本『よくわかる美容師のなり方』によると。


 しかも、これそんな大昔の話じゃない。5、60年前、エルサさんのお父さんかおじいさんの時代だ。


 ふーむ。


「おっ、サラちゃんやん~真剣な顔して珍しっ! なんか面白い本でもあった?」


 ナンパはされたことないけど、ナンパみたいに話しかけてくる本屋の店主ミラベルさんを無視して、ページをめくる。


 なるほど。そのちょうど50年前くらいに今の美容師ギルドと施術士ギルドの2つの職業ギルドができて分かれたんだ。でも、そのまま両方続ける人もいてってことか。


 こりゃあ、チハヤの言った通りかもしれない。


「もしも~し聞こえてますか~? ダメやな~これこそ本当の本の虫ってか、はっはっは!」


 黙れ。今、チハヤの言葉を思い出そうとしてるんだから。


 それに、なんだ「これこそ本当の本の虫」ってなんにも面白くないから!


 チハヤはなんて言ってたっけ。ああ、そうそう──。


『私たちのいた世界には、かつて理髪外科医と呼ばれる職業がありました。こっちの世界には魔法なんて便利なものはありませんでしたから、人の体を治療するにも、体を切って、なかの内臓を──』


 ヒ~!! こわい!! 飛ばそ、飛ばそ!


『驚きましたよ。それと同様な職業がこっちの世界にもあるとは。まあ、スペシャルヒーラーなんて大層な名前がつけられているようですが、私の見たところはただの教会の下請けのような状態ではありましたけど』


 ……後半は何を言っているかわからなかったけど、チハヤの話とこの本を読んで、とにかく50年くらい昔はスペシャルヒーラーっていう仕事があったことはわかった。


 そして、エルサさんが選んだ仕事は美容師。スペシャルヒーラーと美容師、ここになんらかの関連性があると見て、間違いない!


 と、意気込んでいたら持っていた本がスッと取られてしまった。


 視線の先に耳にピアスがつきまくったミラベルさんの顔がある。


「も~いくらサラちゃんと言っても、立ち読みはダメや」


「すみません! でも、もうちょっと……」


「ダメや、ダメ。人の話、無視しよってからに。……ん? 『よくわかる美容師のなり方』? なんやサラちゃんギルドの仕事始めたんちゃうんか?」


「いえ~それはその~」


 言えねぇ。エルサさんの秘密を知りたくてなんて言えねぇ~。


「あら、ミラベルさん、あんまりサラちゃんいじめちゃだめよ?」


 どう言い訳したものか、困っていたら店の入口から声が聞こえた。……けど。


 こ、この妙に上品な口調は! 


「シーラさん!」


 まずい! ただでさえ、掃除屋のシーラさんは噂好きだ。あちこちを掃除しているから、村の事情に精通しているし、みんなのことも詳しい。村で起こったほとんどのことは、だいたいがシーラさんがクリスさんの酒場に行ってぺらぺらとしゃべることで広がる。


「サラちゃん、この間は本当にありがとうね! サラちゃんとギルドのことはみんなに紹介したから、また依頼が増えるといいわね~。あら、その本、美容師の本かしら?」


「えっとぉ、ええ、まあ、はい」


「そう、美容師ね~。そう言えば、エルサちゃんが村に来てくれて本当に助かったわよね」


 ……えっ? 今、さらっととんでもないことを言わなかったか?


「もう、10年以上になるかしら? エルサちゃんが来る前はみんな自分たちで髪切ってて、でも私、何回も髪切るの失敗してね。サラちゃんは?」


「あの、っていうか。私、エルサさんがずっと村に住んでいたと思ってたんですけど……」


 うそ、エルサさんってアビシニア村出身じゃないの!?


「あぁ、そうね。サラちゃんはまだ物心ついてなかったものね。エルサちゃんは、元々大陸のしかも王都出身なんですって。今はもうずいぶん村に馴染んでるから、誰もそんな話しないけど、来たばかりのときはみんなエルサちゃんの話で持ちきりだったわ~今の、そうチハヤくんが来たときみたいに」


 まじか、待てよ。……そうすると……!


「ありがとう、シーラさん! ちょっと、急用思い出したから行くね!」


「あらそう。それじゃあ、また今度ゆっくりお話ししましょう~」


「うん! それじゃ、ミラベルさんも、ありがと!」


「──あっ、ちょ! サラちゃん! ちゃんと本、買ってってや~!」

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