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第23話 グレースはやっぱり猫

「サラ・マンデリン……っと」


 新しいギルド員の契約書をまとめ、最後に名前を書く。私の最も苦手とする地味な事務作業だ。いや、かといって体力使う仕事が好きなわけではないけど。ってか、嫌いだけど。ってか、ぶっちゃけ、働くのが嫌いだけど。


「お疲れ様でした。サラ様。こちらを」


 イケメン執事チハヤが、キラキラな笑顔で新しい食器に淹れた紅茶をテーブルの上に置いてくれる。ちなみに、食器は猫を救ったお礼にと喫茶店のマスター、オリヴェルさんからもらったもの。


「ありがとう。……ああ、いい香り。これはオレンジ?」


「ええ、そうです。この間、猫を救ったお礼にと、農家のアマドさんからもらったものです」


「へ~」


 ほのかに酸味の香る紅茶を口に含める。紅茶の上品な苦みと爽やかな酸味が混ざり合い、舌の上でハーモニーが奏でられる。まっ、なんだ。ようするに、「いつもと違って、んめぇ~!!」ってこと。


「なんだっけ? オレンジペコだっけ? こういうの?」


「あ~オレンジという名前が入っていますが、オレンジペコは紅茶の等級の一つです。なので、今サラ様が飲んでいらっしゃるのは、オレンジティーですね。紅茶は、茶葉から作られるわけですが、茶葉の大きさによって味わいや香りが変わります。オレンジペコはその中でも、お茶の新芽の最先端から2番目の葉っぱのこと。前にクリスさんの依頼で白毫はくごうぎんしんを取ってきていただきましたが、実はその白毫が、〇×&%#──」


 知ってるかい? チハヤ、私はいらない知識は右耳から左耳に聞き流すというスーパー特技を持っているんだ。


 どうでもいい雑学も含めて、こうして紅茶を用意してくれているチハヤの姿は、キラキラと輝く執事のように見える。ただ一点・・を除いて。


「それでチハヤ、なんでさっきから頭の上にグレースを乗せてんの?」


 肩車でもないんだよな~。完全に頭に乗っけてる。猫みたいに。


 いや、猫ならわかるよ猫なら。でも、10歳(想定)と言っても人間の子どもはそれなりにデカい。なのに、その人間の姿のままでグレースはチハヤの頭の上で寝そべっている。


 どういう状況だよ?


「ああ、今、猫アレルギーの治療中でして。知ってますか? アレルギーはアレルギーを発生させる原因物質であるアレルゲンに少しずつ慣れることで克服することができるんです」


「ふむ……」


 そっと、チハヤの白い手袋を取った。


 無理するな、バンバンじんましんが出てるやないか。


「それ、本当?」


「わかりません。食べ物なら治療としてありますが、猫アレルギーは猫の毛によって起こるものなので、どうでしょう?」


「どうでしょう、じゃないよ、どうでしょうじゃ。……いや、そうじゃなくてさ、聞きたいのはグレースが、その、どういう原理で、そうなってるの?」


「重力魔法です」


「ああ、魔法ね」


「ええ」


 いや、そんなわけあるか!! ──とちょっと前までの私なら、全力で突っ込んでいたことだろう。だが、もう突っ込まないことにした。おとぎ話だと思っていたものが目の前で現実に起こったのだ。チハヤが魔法だというものは、全て魔法で実現している。原理は知らん。それでいい。


 それに、気持ちよさそうに眠っているグレースの顔を見ていると、原理とか理由とかどうでもよくなってしまう。


 オレンジティーを飲む。ペンを取る。折り畳んでいた依頼書を開く。


 ペンを置く。依頼書を折り畳む。オレンジティーを飲む。


「……それよりさ、エルサさんの件、どう思う?」


「目の前で急に仕事を放り出して、どう思うと聞かれても困るのですが」


「大事な仕事だよ。書類は後からでも書けるけど、エルサさんを勧誘できるのは今しかない」


「上手く誤魔化しているつもりかもしれませんが、誤魔化せていません」


 バレたか。


「ですが、エルサさんは大事な戦力になります。グレースを追いかけていたときのあの脚力、体力、前も言いましたがきっと素晴らしい前衛職に──グレース、少々ソファの方で寝ていてください」


 チハヤは、頭の上のグレースを軽々しく抱きかかえる……というかバックを持つように両手で持つと、窓際に置いたソファにグレースを移動させた。


 猫探しの依頼の件で、掃除屋のシーラさんがくれたものだ。なんでもシーラさんの飼い猫マシュマロちゃんが、色違いの同じソファがお気に入りらしい。


 同じ猫の血がそうさせるのか、グレースは一度まぶたを開けたけれども、すぐに背中を丸めて眠ってしまった。


「ハックション……失礼しました。それでは話の続きを。エルサさんを仲間に迎え入れる秘策を考えましょう。その前にランクアップの条件を今一度確認した方がいいですね」


 ずいぶんと勢いのないくしゃみを一つしたあと、チハヤは空中に手をかざした。瞬きをする間に、チハヤの手の中に一枚の羊皮紙が握られている。


「条件は2つだったよね。1つは、6件の依頼の解決。『金色のカクテル』が1件で、結局金銭はもらってないけど、お礼品をもらったってことで依頼達成とカウントして、『迷い猫探し』でそれぞれ3件。あとは残り2件」


 これは、たぶん時間の問題だ。ゴーレムの手伝いに今回の迷い猫探しでギルドの噂は広がっている。お酒好きの人は、クリスさんの金色のカクテルも飲んでるしね。


「そして、やはり問題はギルド員の確保。クリスさんにグレース、目標の3人まで残り1人です。ゴーレムの派遣により、忙し過ぎた村の方達の余暇時間は増えましたが、現状ではエルサさん以外ギルドに入ってくれそうな方はいない」


「やっぱり、おじいちゃん、おばあちゃんが多いしなーこの村」


「こう考えていくと、やはりエルサさんの勧誘は必要不可欠ですね」


 チハヤは、なぜか顔の前で人差し指を上げた。謎ポーズも様にはなってんだけどね。


「探るべきは、エルサさんがギルドを拒む理由。極端に血を恐れる理由です」

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