「……女……の子?」
どう見ても女の子。しかもけっこうかわいらしい。なんていうか、人形みたいだ。
だけど、決定的に普通の人間とは違うところがあって。
「あっ──」
「うぇええええええええええええええええ!!?」
私が言葉を発する前に、クリスさんからとんでもない奇声が上がった。
そして、何を思ったのか女の子の前に立つと威嚇するようにチハヤの方を見る。
「チ、チハヤくんにそんな趣味があったなんて……いくらイケメンでも許すわけにはいかない!」
「ちょっ、まっ──クリスさん、どういうことですか!?」
いきなりなんなんだよ! 急にわけのわからない行動取らないでくれ! ただでさえ理解不能な状況なのに!!
「どういうことって!? 突然現れた人影に、小さな女の子、この状況でわからないのか、サラ!!」
わからねぇよ! 何が言いたいんだ、この人は!
「クリス、落ち着いて。執事さんの魔法でかわいい女の子が出てきたのは、私も驚いたけど、そんな親の仇みたいな態度にならなくても……」
「そうですよ!」
慌てすぎてエルサさんののんびりとした口調が普通になってる! 新しい発見だけど、そんなこと気にしている場合じゃない!
「なにか誤解があるようですが……」
「それ以上この子に近づくな! 薄汚い手で触らせるわけにはいかない!」
ヤヴぁい。なにがどうなって、どんな思考回路でクリスさんが豹変したのかわからないけど、このままじゃチハヤに噛みつきそうな勢いだ。……文字通りの意味で。
「チハヤ、ちょっと下がってて!」
私の言葉に従うように、チハヤは粛々と店の奥へ移動した。カウンターキッチンの奥から顔だけ出してこっちの様子をうかがっている。
なんかムカつくけど、まあ、それでいいや!
「クリスさん! 本当に落ち着いて! どうしたんですか、急に。驚くのはわかりますけど、チハヤの魔法で野良猫のグレースが女の子の姿に変身しただけじゃないですか!?」
「何を言ってるんだ!? 猫が人間の女の子に変身するわけないだろ! きっとどこかから連れてきた女の子を──」
「私だって自分の口から飛び出た言葉が信じられないですけど! よぉく見てくださいよ! その子の耳!」
「耳!?」
クリスさんは疑いの眼差しで、チハヤの警戒を怠ることなく後ろを振り向いた。
人間そのままの女の子だが、人間とは違う点がいくつかある。その一つが。
「ね、猫耳だ……」
ぴょこんと頭の上に生えている猫耳。薄っすらと髪の毛と同じ灰色の毛が生えて、しかも少し折れ曲がったリアルな耳が、さっきからぴょこぴょこと動いている。
しかもそれだけじゃない。野良猫のグレースの顔についていた右と左の3本の毛が女の子のふっくらとした頬にもついている。
「どこかの猫型ロボットみたいですよね」
「なに、チハヤ」
「いえ、なんでもありません」
にらみつけてやったら、キッチンの下に隠れやがった。こんなときにわけのわからんことを言わないでくれ!
「……まあ、とにかく」
クリスさんに向き直った私は腕を組んで深い深いため息を吐いた。
「これでわかりましたよね? この女の子はグレースで、正真正銘チハヤが魔法で人間に変えたんです」
「……わかったよ。でも、チハヤさん、どうしてこんな小さな女の子なの? はっ! や、やっぱり、チハヤさんの趣味が小さな女の子……とか」
「グレースが雌で、人間の年齢に換算したらちょうど10歳くらいだったからです」
「……そ、そっか……」
ぐうの音も出ないほどのわかりやすく完璧な回答で、クリスさんはやっと警戒を解いてくれた。
今の時間なんだったんだ、マジで……。
「きゃああああああ~!!!!!」
また変な声が店中に響き渡る。エルサさんだった。
「っつ! 今度はなんですか!」
「かぁわいいい~!」
クリスさんを弾き飛ばす勢いで女の子──もといグレースに飛びついたエルサさんは、グレースを抱きしめると、その柔らかそうな頬に頬ずりをし始める。
「ちょっ、なんだエルサ、いきなり!」
「だって~かわいいんだもん~グレースってことは、猫なんでしょ? 抱き締めちゃう♡」
「抱き締めちゃう♡」じゃねぇよ! 話が進まないでしょうが!!
お姉さんポジションのはずの大人2人が全く役に立たねぇ! 仕方ない、ここは私とチハヤが話を進め──。
「うらやましいですね。私は猫アレルギーなので人間になったとしても抱き締められるかどうか……絵的にも問題がありそうですしね」
「そんなことより、チハヤ。証明ってなんだ? グレースが人間になったからしゃべれるようになったとか?」
無視無視! チハヤのことは無視! これ以上、反応する元気も無し!
「残念ながら、まだ話すことはできません。猫から人間に変身したとはいえ、いきなり言語を扱うのは難しいですから」
しゃべれねぇんかい! 「きゃーかわいい! にゃあって言って!」じゃないよエルサさん。
「じゃあ、どうやって証明するんだよ!?」
「グレースは言葉は話せませんが、こちらの言葉を理解することはできます」
「そっか! なら、私が質問して、その反応を見ればいいってこと?」
チハヤはうなずいた。
「その通りでございます」
そういうことなら話は早い! 今はエルサさんに抱き締められて「にゃあにゃあ」言ってるだけだけども!
「エルサさん、ちょっとグレースを離してくれませんか? 今、チハヤが言っていたことが本当なのか確かめるんで」
「え~」
「え~、じゃない!!」
「わかったよ~もう~」
エルサさんは渋々といった表情で子どもみたいに口を尖らせると、グレースを抱きしめていた腕を離した。
グレースが、少しおどおどとした顔で私を見つめてくる。
かっ……かわいい! 髪色と同じ灰色の瞳が、きゅんってくる!
「サラ様」
はっ!? そうじゃない! これじゃ、エルサさんと同じだ!
私はわざと咳払いをすると、グレースに近づき、その目の前でしゃがみこんだ。
「いい? グレース。今から私が質問するから、YESだったらうなずいて、NOだったら首を横に振って? いい? いくよ!」
大きな瞳が瞬きをする。バッカッ! そんなのかわいすぎるだろ!
──という心の声は心の奥深くにしまいこんで、私はまず気になっている疑問を口にした。
「チハヤの言葉は本当にわかってたの?」
ちょっと考え込むように目線を上に向けて、うんうんうんうん。
「へ~本当にわかってたんだな。チハヤくんの言葉」
ま・じ・か・よ! さすがに嘘だと思ってたのに! おとぎ話じゃねぇのー!?
「じ、じゃあ! チハヤが言ってたことは全部ホントってこと? 他の甘い名前のついた猫たちがさあ、グレースを見て飛び出したこととか! チハヤの作ったおやつを持っていったこととか!」
また、笑顔でうんうんうんうん。
「マジでか……私たちが知らなかっただけで猫たちの世界でそんな事態が……」
グレースは首を傾げる。わからない、と言いたいみたいに。
そんなグレースに、またもやエルサさんが抱きついてきた。びっくりして目を細めるグレースのなんたるかわいいこと!
……さっきからかわいいしか言ってないね。語彙力が低下するかわいさだね。ってか、エルサさんとグレースの組み合わせ、なかなか絵になる……。
「それより、どうするんだ? この子。チハヤくんが本当のことを言っていたことは証明されたけど、このままにはしておけないだろ?」
それはそう。クリスさんが若干呆れたような声で当たり前のことを言ってくれた。
「チハヤ、戻せるんだろ?」
「もちろん戻せますが──ですが、グレースはそれを望んでいないようです」
まだエルサさんに抱きつかれたままのグレースは、潤んだ瞳でふるふると首をわずかに横に振っていた。
「NO」ってことか。
「人間の姿がうれしいのかな?」
首は動かない。……違う?
「じゃあ──なんだ?」
「待ってください」
私の横にチハヤが並んだ。いつも以上に真剣な(たぶん)眼差しでグレースを観察している。
「ふむ。……なるほど。どうやら、グレースは私たちの仲間になりたいと思っているようです」
「仲間?」
「正確に言うならば、ギルド員にですね」
驚天動地とはこのことだ。
「ってえぇ!! 猫がギルド員に!? そ、それはいくらなんでもぉギルド員が増えるのは嬉しいけどぉ~!!」
「無理だという気持ちとギルド員を増やしたいという願望がごっちゃになってるぞ、サラ」
冷静になったクリスさんに当たり前の顔で突っ込まれた。
「くぅうう! クリスさん! だって、千載一遇のチャンスですよ! ギルド員はあと一人増えれば目標達成なんですから! チハヤ! なんとかならないの!?」
「なんとかなります。さすがに動物は無理ですが、獣人ということなら十分に可能かと」
「獣人……か」
神妙な台詞を吐くと、クリスさんは神妙な面持ちで腕を組んで目を瞑った。
「なにか、あるんですか?」
獣人──聞いたことはある。人間とは違う亜人種の一種で、大陸に行けば獣人だけの町や国もあるとか。
ま、アビシニア村にはいないし、見たことないんだけど。
「昔、イリアムに聞いたことがある。獣人には気をつけろって。いなくなった私の父親になにか関係するらしいけど」
「なるほど、それは──」
意味深だけど、ぶっちゃけどうでもいい。こちとら一人でも二人でもギルド員を増やしたいんだよ!
というわけで、私は頭をフル回転させるほどでもないけど、少し考えてこう言った。
「グレースは猫が人間に変身しただけだし、獣人とはちょーっと違いますよね。獣人っぽいなーって感じはありますけど、ねぇ、チハヤ」
「そうですね。元々猫ですし」
「だよねだよね~。エルサさんは、グレースが仲間になることどうですか~? こんなかわいいグレースを野良猫に戻すなんてことはちょっとかわいそうだなぁって思うんですけれども」
「うん~かわいそう~かわいいからこのままがいい~」
ふっ、決まった。周りから攻める外堀作戦!
ちらっ。ちらっ。クリスさ~ん、多数決では圧倒的に不利ですよ。どうするんですか~。
「でも、私はやっぱり反対だ!」
なっ、なに!?
「どうしてですか!? グレースがギルド員になってくれれば、仲間も3人! グレースの願いも叶う! 野良になる必要がない! 一石三鳥じゃないですかっ!」
「考えてもみろ、サラちゃん、いや、サラ。グレースは一人では暮らせない。つまり! サラとチハヤくんと一緒に過ごすことになる!」
まあ、そこまで考えてなかったけど、確かにそうかもしれん。
けど?
「そうなったら! チハヤくんとグレースが一緒に暮らすんだぞ! こここ、こんな小さな女の子がチハヤくんと暮らすだなんて、おかしいだろっ!」
オカシクナイヨ。論点がワカラナイヨ。
助け舟を出してくれたのは、エルサさんだ。
「でもね、クリス。私とあなたじゃ、子どもを育てられないでしょう? その点、サラちゃんだけじゃ心配だけど、執事さんと一緒なら育てられる。それに執事さんがグレースに手を出すと思う?」
おぉ。エルサさんの正論パンチに赤い顔したクリスさんが、ぐぬぬって感じになってる。
……いや、今なにげに私の悪口言ってなかった?
「……それは、ない。確かに! チハヤくんはそんなことをする人じゃない、と思う」
「だ、だったら!」
クリスさんは私の目を見て恥ずかしそうに微笑んだ。
「ああ、私も賛成だ」
「やったー! これで3人目のギルド員もゲット!!」
「よかったね~グレース~……あれ? でも、3人目って、私まだギルドに入ってないよ? 仮のままだもん」
グレースのふさふさの頭をなでながらエルサさんは、ニコニコととんどもないことを呟いた。
えっ? うそだろ? ホント?
「……そう言えば、一緒に迷い猫探しをしたとはいえ、エルサさんは正式にギルドに加入はしていませんでしたね」
「う~ん、私は~猫たちが心配で手伝っただけだから~」
なんてことだ! ちくしょう! また、こういう終わり方かよ!!