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第21話 猫は好奇心旺盛

「マシュマロちゃん……よかった……本当に」


 もふもふの白い毛並みのちょっとぽっちゃ──ふくよかなマシュマロが飼い主のシーラさんに抱き締められていた。ただ、疲れているのかどこかぐったりしているように見える。


「なあ、チハヤ。大丈夫なのか、マシュマロは。それに他の猫も」


 小声でブローチに話しかけると、頭の中にチハヤの声が響く。


「4匹の猫の誰にもどこにも出血は見られませんでした。外傷もないですし、おやつを元気に食べていたところを見ると問題はないかと。ただ、ぐったりしているというのは、もしかしたら例の悪魔の森のなにかしらが影響しているかもしれません」


「そっか。まあ、とりあえず無事なら、いいか」


 4匹の猫をチハヤの空間魔法で一時的にどこかへ捕まえたあと、私たちはまっすぐ酒場へと戻った。猫をどこかから出してもらったあとは、例のごとくチハヤには外で待ってもらって。


 結局、原因はわからない。3匹が3匹とも山の方へ向かったのも意味不明だし、野良猫がそれを知っておやつを奪って持っていったのも謎だ。言葉のしゃべれない猫のことだからかな。


 ただ、とりあえず、そう、とりあえず無事ならそれでよしとする。頼むからもう逃げ出さないでくれよ。


 シーラさんやアマドさんが泣くのはそんなにつらくないけど、エルサさんの涙は少しこたえるんだから。


「よかった~本当に~よかった~」


 隣にいるエルサさんをチラ見する。嬉し泣きなんだろうけど、まるで自分が飼っていた猫が見つかったみたいに鼻をすすりながら大粒の涙を流している。


<サラ様。飼い主二人も到着しました>


 りょーかい。チハヤの話が終わると同時に扉が開き、アマドさんとオリヴェルさんが駆け込んできた。


「クッキー!!」「シュガー!!!」


 自分の猫を抱き上げる二人の様子を見ながら思ったことは。


 なんで全部おかしの名前なんだよ! シュガーにいたってはもはや調味料じゃねぇか!!


 そんな突っ込みを心の中でしていると、マシュマロを抱いたままのシーラさんがこちらを向いた。


「ありがとう。サラちゃん! なにかお礼をしないと! そうだわ、この子たちを探してくれた依頼料はおいくら?」


「い、依頼料!?」


 そう言えば、依頼なんてこないもんだと思ってたから料金なんて決めてなかった! 他のギルドの相場もわかんないし! どうする、どうする、どうする!?


「お金なんていらないです~この子たちの命が助かっただけで本当によかった~」


 えっ!? エルサさん!? ちょ、ちょっと待って! さすがに困る! 1万リディアが待ってる!!


「エルサ──」


「そうなの? 本当にありがとう! お礼に今度なにか持っていくわ。なにか困ったことがあったらいつでも言ってね」


 今、困ってます! ……とは言えない。もう、そういう流れになってる! 無償労働、ボランティアの流れになってる!!


「……あ、お構いなく。ありがとうございます」


 にこにこ笑ってお礼を述べたが、心の中の私は頭を掻きむしって叫んでいた。



 猫の飼い主たちがそれぞれ帰っていったあと、入口の鐘の音が鳴ってチハヤが酒場に入ってきた。すかさずクリスさんがいつもより1オクターブくらい高い声を出していたが、今は無視だ、無視。


「ずいぶんと悩まれているようですね」


「……わかるのか?」


「それは、机に突っ伏して頭を抱えていれば、誰だってわかるかと」


 そう、頭を悩ませていた。1万とは言わない。でもせっかく依頼料をもらえるチャンスだったのに……!


 でも、怒るに怒れない。エルサさんは優しく天使のような人だ。それに、そもそも早くに依頼料を決めていなかったこっちも悪い。


 誰も責められない。だから、頭を悩ませている。


 一応、私を悩ませた張本人であるエルサさんが口を開いた。


「悩むよね~グレースをどうしたらいいのか……私のとこは美容室だから引き取れないし、でもこのまま野良猫でっていうのもなんだかかわいそう」


 そうじゃないんだよな~。ホント、エルサさんって天・然!……じゃないなんだわ、もう。


 でもまあ確かに気になる。私はむくっと体を起こすと、いまだにエルサさんの足元でおやつの残りを食べているグレースを見た。


 グレースという名にふさわしい灰色の毛並みに、宝石のような黄色の瞳を持っている。よくよく見れば、きれいな猫に見える。


「この子、結局どういう目的でチハヤから奪ったおやつを森の中に持ってったのかな?」


「聞いてみますか?」


 チハヤがなんともなしに聞いてきた。


「はい? 今なんって言ったの?」


「聞いてみましょう。私は、動物の言葉も理解できますので。ある程度、高度な知能が必要ですが。虫とかは無理ですね」


 「きゃ~!!」という黄色い声が遠くに聞こえる。いや、お前、それ早く言えよ。


「あのさぁ。まあ、いいや。今さら感はあるけど、聞いてみてくんない? そしたら真相がわかるかもしれないでしょ」


「はい。かしこまりました」


 チハヤは今まで見たことのないような楽しそうな微笑を浮かべて膝をついて座ると、グレースの頭を撫でた。


 絵になる。この光景を誰かに描いてもらえば、きっとそれなりの値段がする絵になるだろう。あるいは雑誌の表紙なんかにも使えるかもしれない。


 グレースはチハヤの目を見つめて、一生懸命「にゃーにゃー」と何かを訴えている。チハヤは、黙ったまま微かにうなずいて話を聞いているように見えた。


 いつもはうるさいクリスさんも、惚けているのか、誰も声を上げることなく、じっと動かないでいるチハヤを見つめていた。


 チハヤの手が動く。


「なるほど。わかりました」


「本当にわかったの!?」


「どうやら、飼い猫たちは外を歩くグレースの姿を見かけて外に飛び出してしまったようですね。1匹が飛び出すとそれを見た別の猫がまた飛び出して……という連鎖が起こっていたようです」


 猫は好奇心旺盛と聞くもんな。退屈な日常のなかに面白いものを見つけて、みんな外へ出たって感じか。


「それと知らずグレースはいつもの散歩コースを回っていた。つまり、あの森の中です。しかし、森に慣れていない飼い猫たちは迷子になってしまい、そして時間も経ち疲れて動けなくなってしまった」


 わかる。わかるよ! 私も運動不足だから足手まといになってしまった。おかげでチハヤに恥ずかしいお姫様抱っこをされることになってしまうし。


「事に気づいたグレースは、責任を感じてなにか食べ物を……と思っていたところ、私が作ったおやつを見つけた」


「なるほどね。そして、猫たちのところへ戻り、みんなで食べていたってわけだ。しっかりしてんな~その猫……とでも言うと思ったかチハヤ!」


 魔法は認めよう。何度も見たから。猫のおやつも信じよう。実際食べてたから。でも、でもだ。


「動物の言葉がわかるなんてさすがに信じられるか!? 上手いこと言って誤魔化そうとしてるんじゃないのか!?」


 ビシィッと人差し指を指す。騙されないぞ、私は! 魔法というか、それはもうおとぎ話のようなものだ。そんなこと現実に起こってたまるか!


「なるほど。では、証明しましょう」


「な、なに!?」


 チハヤは、もう一度グレースの頭を撫でるとなにやら呪文のような言葉をぶつぶつとつぶやく。すると、グレースの体からまばゆいばかりの光が溢れてきて──。


 ってか、まぶしすぎ! 目を開けてられねぇじゃねえか!


「どうぞ。サラ様。その目で確かめてみてください」


 チハヤの声にゆっくりと目を開く。するとそこにはいつの間にか、10歳かそれくらいのかわいい女の子が座っていた。

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