慌てたアマドさんの話は要領を得なかったけど、要はこういうことだった。
倉庫のネズミ捕りをしていた猫がいなくなったから、探してくれ。
「猫ねー」
アマドさんが置いていった落書きみたいな猫の絵を見つめる。薄茶色の毛に黄色の瞳。毛は薄く、首や手足の長い賢そうな猫だった。
「ブリティッシュショートヘア」
「ん? なに? 新しい魔法?」
「いえ。転生前の世界ではそう呼ばれている猫によく似ているなと思いまして」
「ふーん。チハヤ、猫飼ってたんだ?」
「いえ、全く。猫アレルギーでしたから」
猫アレルギーってあれか。猫の毛とかに過剰反応しちゃうとか言う。
「でも」と言うと、猫の絵をひょいとつかんで目を細めた。
「飼ってみたかったんですよね。猫って自由気ままなところがいいというか。向こうでは猫カフェって猫がいっぱいいるまあ……ここで言うとレストランや喫茶店のようなものがありましてね。お店の窓の外からよく様子を眺めていたのを思い出します」
「ふーん」
なんだか珍しい。チハヤが自分のことを話すなんて。
でもさ、猫カフェ?って……チハヤが大勢の猫たちに囲まれている姿を想像してみたが、全く似合っていなかった。
「まあ、ともかく探しに行こうか。これで2件目の依頼。これまで来なかったのに案外、依頼って来るものなんかな?」
「ゴーレムの件が宣伝にはなりましたからね。あとは、酒場のクリスさんがギルドに加入したことで噂が広がっているのかもしれません。今回の件は、緊急事態のようだったようですが」
チハヤは猫の絵が描かれた薄い紙を燕尾服の胸ポケットにしまうと、白い手袋をはめた。
「チハヤも行くの?」
「ええ。猫が関わるとなると、少し興味がありますから」
珍しくて逆に怖い。雨か、いや槍でも降るんじゃないか?
*
情報収集ならばまず酒場だろうと、私たちはクリスさんのところへ向かった。話がややこしくなるから、チハヤにはお店の外で待っててもらって私だけ店内へ入る。
「おっ! ちょうどいいところに来た!」
開店前の酒場にはクリスさんだけがいて、ゴーレムのイリアムが品物を店内からキッチンの方へと移動させている。クリスさんは寝不足なのか、中央のテーブルに突っ伏したまま顔だけ上げてこっちを見た。
「いいところってなんですか? いやな予感しかしないんですけど~」
あれからクリスさんは新しいお酒の開発にいそしんでいる。暇さえあれば、どこから入手したのか怪しげな材料を組み合わせて妙なお酒をつくっているのだ。一度、試し飲みしたことはあったけど、あれは……想像を絶する味だった。
「そう警戒すんなって! 相談があったんだよ! ウチでは解決できなそうだったし、お客さんも誰もわからなそうだったから、ギルドで解決するのはどうだって」
「おー! 依頼ですか!」
やっぱり、きてる! ブームの兆しが!! この村にもギルドブームが待ち構えている!!!
<それで、どんな依頼なんでしょうか?>
まぁ、せかすなってチハヤ。今、聞くからさ。
「クリスさん、その依頼の内容ってなんなんですか?」
「猫の捜索だよ」
「えっ?」
クリスさんは眠そうに大きなあくびを一つすると、ニッと笑いかけた。
「喫茶店『メモリアル』あるだろ? パスタの美味い。あそこの店主のオリヴェルさんとこの猫が一昨日から行方不明らしいんだ。昨日の夜に青い顔で酒場に来てね、お客さんたちと話してたんだよ。まあ、帰る頃にはいつも通り真っ赤な顔で帰ってったけど」
……まさか偶然、だよね。
「クリスさん。今、ギルドにも依頼があったんですよ。農家のアマドさんから、同じように猫がいなくなったって。アマドさんの猫が行方不明になったのは昨日らしいんですけど」
怪訝そうに眉をひそめると、金色の髪を揺らしながらクリスさんは立ち上がった。
「おかしいね。小さなこの村に猫なんてそうそう……しかも2匹ともまだ見つかってないなんて」
言われてみればそうだ。アビシニア村はみんなが家族みたいな小さな村。猫なんて、たとえいなくなったとしてもちょっと探せばすぐに見つかりそうなものだけど。簡単に見つからないとしたら、もしかして。
クリスさんと目が合う。
「今、同じことを考えているような気がするけど、この村で簡単に見つからないところと言えば、あるよね──」
その先の言葉は頭に流れてくる金切り声が邪魔をして聞き取れなかった。
<あなた! サラちゃんとこのチハヤさんよね!! 助けてちょうだい!! うちのかわいいマシュマロちゃんがいなくなっちゃったの!!!>
おいおいウソだろ、チハヤ。
<承知しました。サラ様、こちらのご婦人も飼い猫がいなくなってしまったようです>
「まさかっ! 猫の集団失踪!?」
「集団失踪!? どういうことサラちゃん! いなくなったのは2匹だけじゃ」
後ろの扉がギィと開く音がする。振り返るまでもなく、クリスさんの顔が紅潮することで誰が来たのかは容易にわかった。
チョロすぎなんだよ。クリスさん。マジで。
「さすがにちょっとした事件です。詳しくはここでお話をうかがってもいいでしょうか?」
「チハヤくぅ~ん!! いらっしゃーい! あっ、掃除屋のシーラさんも! 今、なにか飲み物用意しますから~!!!」
ルンルン気分でスキップを踏みながらクリスさんは奥のキッチンへと向かった。クリスさんが座っていたテーブルに私とクリス、そして──。
「よっこいしょっと。サラちゃん、顔を見るのは久しぶりだけど、さっそくだけど頼むよ! うちのマシュマロちゃんを助けてちょうだい!!」
ぽっちゃ……ふくよかな体のシーラさんは椅子に座ると、唾が飛ぶんじゃないかと思う勢いでまくし立てる。
シーラさんは、村中の清掃を一手に引き受けている凄腕の掃除屋でチハヤが来る前はしょっちゅう私の家にも来て掃除をしてくれていた。
「マシュマロちゃんって、あのシーラさんがよく抱っこしていたぽっちゃ……じゃなくてシーラさんによく似たふさふさの白毛の猫?」
「そうそう! 綿毛のようにふわふわしていて、目なんて宝石みたいにキラキラしていて。サラちゃんにもよく遊んでもらったっけ」
遊んでもらったというか、もふもふを触りにいってたというか。ふてぶてしい猫だったな。目は毛に覆われてくぼんでたような気がするが。
「ふさふさの白毛に宝石みたいな瞳──それってヒマラヤンという種に特徴が似ていますね」
「ヒ、ヒマ……?」
「ヒマヤラン、だそうです。すみません、チハヤのいた世界の猫の種類らしくて」
「あ、あらそう」
チハヤ、お前。余計な混乱を生むな。今はこっちの世界に話し合わせろっての。
「待ってくださいね。今、描いてみますから」
そう言うとまたどこからか羽ペンと紙を取り出して、猫の絵を描き始める。
待っている間、「い、今のは魔法よね」「そうです。空間魔法とかいう便利魔法です」「ああ、便利魔法、いいわね~」みたいな会話をして場をもたせる。
「できました」
チハヤによって描かれた猫は、まさしく私が見たことのあるマシュマロちゃんだった。
「ああ! マシュマロちゃん! そう、そうそうこんなかわいい猫が突然いなくなったのよ!!」
「チ・ハ・ヤくぅん! 絵も描けるなんて、さすが~!!」
戻ってきたな。クリスさん。話がややこしくなる前に進めないと。
クリスさんの入れてくれた特製ミックスジュースを一口飲むと、私は本題に切り込んだ。
「それで、どこに行ったとか手掛かりはなんにもないんですか?」
シーラさんは、職業柄、村のことをよく知っている。なにか異変があれば気づきそうなものなんだけど。
「それが全くないから困ってるのよ。もちろん、あの子が行きそうなところは全て探したわ。でも、足跡もないし何もわからないの」
「考えられる可能性としては──」
チハヤは湯気の出ている紅茶に息を吹きかけ、口に運んだ。その仕草だけでクリスさんがハートを射抜かれたみたいに胸を押さえている。
「誘拐、でしょうか。猫は魔法実験としても相性のいい動物ですから」
「実験って……そんな、マシュマロちゃんが……!!」
「そんなわけないでしょ。この村で魔法使えるのはチハヤだけだよ。変なこと言わないで!」
ったく、こいつは。だから余計な混乱生むなっつーの!
「と、なれば考えられるのは自らいなくなったということですね。マシュマロとほぼ同じ日に他の2匹の猫も。……さっき、クリスさんなにかを言いかけていましたが、思い当たる節があるのですか?」
チハヤのこの質問には、さすがのクリスさんも真面目な顔になった。そして、私たち以外誰もいないのに声を潜めて言う。
「『悪魔の森』。もしかしたら、行方不明になった猫たちはそこにいったんじゃないかって、ね」