それから私たちは、持てるだけの材料を持ってチハヤの魔法で無事にギルドへと戻ってきた。たった数時間の旅だったけど、見慣れた場所はとても居心地がいい。
「お帰りなさいませ」
「……ただいま」
なにがお帰りなさいませだ! 大変な目に遭ったんだぞこっちは!
「今、火魔法の応用で服と体を乾かします。少しそこでじっとしていてください」
「それより!」
クリスさんがチハヤに駆け寄る。いつものあれか、と思ったけど目は真剣そのものだった。
「白毫銀針とこのスケルトンフラワーで本当に金色のカクテルができるのか? 量や配分はどれくらいだ? 他に必要なものは?」
矢継ぎ早に飛ぶ質問に、チハヤはにこりと微笑む。いつものクリスさんなら、チハヤにこんな笑顔を向けられたら胸に矢が刺さったみたいに変な言動を取りそうなものだけど、変わらず落ち着いたまま。
金色のカクテル、本当に大切なんだね。
「チハヤ、なるはやで乾かしてもらっていい? 私も一緒に金色のカクテル作ってみたいから!」
「承知しました。では、火魔法と風魔法の合成でいきましょう」
そう言ってチハヤが私に手を向けると、村でも感じたことのない熱風が襲った。……いや、確かに早いかもしれんが、熱いし痛ぇし、なにより髪に超ダメージだわ。
*
「ジンにライムにアップル。それから白毫銀針を──サラちゃん! お茶の準備は!?」
「今、抽出しています。もう少し……OKです!」
ティーポットの中に入れたお茶をキッチンの洗い場に捨てる。美味しくするためには一杯目は捨てる。チハヤがそう言っていた。
もう一度お湯を注ぐ。この温度も重要らしく、沸騰する直前の温度だそうだ。沸騰してしまうとダメらしい。
私は今クリスさんの酒場にいた。ギルドで適当に時間をつぶし、お店の閉店後にやってきた。ゴーレムのイリアムは、お店の中の後片付けをやっている。
クリスさんは材料を全部シェーカーに入れると、私の作っているお茶ができるのを待っていた。その目が早くというのと慎重にという相反する思いを伝えてくる。
お茶だって自分で淹れたことなんてない。でも、最近はいつもチハヤの淹れる紅茶を見ていた。あの通りにやれば上手くいくはずだ。
透明なガラスのティーポットを見つめながら、そのときが来るまで待つ。ギルドの──おじいちゃんから受け継いだ私のギルドの初めての任務。絶対に失敗するわけにはいかない。
「できました!」
今、とティーポットから蒸らした葉っぱを取ると、透き通るようなきれいな金色のお茶ができ上がる。それをクリスさんの持つシェーカーにゆっくりと注いでいく。上品な香りだ。体に良さそうな薬草の匂いがする。
「よし!」
注ぎ終えるとすぐにクリスさんは材料をシェイクし始めた。シャカシャカシャカシャカと鳴る音だけが、お店の中に響いていた。
「できた、入れるよ!」
「はい!」
私が固唾を飲んで見守っている中でグラスにできたばかりのカクテルが注がれていく。それは、濃い金色をしていた。宝石のようにランプの灯りに照らされてしっかりと輝く金色に。でも、これはまだイリアムさんがクリスさんが探し求めていた金色ではない。
あらかじめ花の部分だけを切り取ったスケルトンフラワーをクリスさんに手渡す。
「クリスさん。最後の仕上げはお願いします」
「ああ」
その花びらをクリスさんはそっと柔らかくグラスのなかに入れる。真っ白な花びらが吸い込まれるようにカクテルの表面に付着する。その瞬間、花びらは無色透明になり、溶けて混ざり合っていく。
濃い金の色を吸収するみたいに、カクテルの色が透けていく。少しずつじんわりと溶け込んでいく。
そうして、スケルトンフラワーが跡形もなく消えると、そこにあったのはクリスさんの髪の色によく似た透き通るような金色のカクテルだった。
「……どうですか? 完成でいいですか?」
「まだ、まだだ。飲んでみないとまだわからない」
クリスさんはグラスを取ると、目の高さまで持っていきくるくるくるとその場でグラスを揺らした。
変わらない色合いのカクテルを口につけて、目を閉じるとそのまま一口飲む。
クリスさんの目が見開いた。
「……これ……これだよ! ピッタリくる! 間違いないこれだよ!!」
口に手を当てたまま、クリスさんがグラスをカウンターテーブルに置いた。
「ジンとライムの組み合わせは何度も試したんだ。アップルもオレンジもレモンも。他にもいろいろ試した。だけど、どれも──いいや、一口飲んでみてくれない? サラちゃん、それが探し求めていた味だよ」
私は何も言わずうなずくと、テーブルの反対側へ回ってグラスを手に取った。
時間が経っても変わらない綺麗な金色。飲むのがもったいないくらいの輝く金色。
それをクリスさんと同じように目をつむって舌へと運ぶ。豊かな甘み、だけどその奥にある突き抜けるようなアルコールにバランスの取れた苦み、そして後からやってくるつんとした自然の香り。
「……おいしい」
思わず、そう口にしていた。
「おいしいです! クリスさん!」
クリスさんは背中を向けていた。キッチンの上に座って。
泣いているのだろうか。わからない。すすり泣く声も聞こえないし、涙も見えない。だけど、なんとなくクリスさんの気持ちがわかる気がした。
受け継いだものが完成した。何年も何年も続けていた仕事が終わった。それはきっと感慨深いものだろう。……言葉にならないくらい。
「……ありがとう」
ややあって、こちらを向いたクリスさんの口から感謝の言葉が紡がれ、そして。
「約束通り、ギルド員になるよ。いや、ならせてくれ。ギルドってモンスターを退治したり、荒っぽい依頼ばかりだと思っていた。だけどこれがギルドの仕事なら、悪くはないね」
私は思わずその場でしゃがみ込むと、腕を大きく振り上げて跳んだ。
「やったーーーー!!!!!!!!」
*
「──ってことで仲間になってくれたよ。ギルド員第一号だ」
ギルドに戻ると書類にペンを走らせながら、私は待っていたチハヤに手短に報告した。きっと、クローバーを通して知っているだろうが、チハヤは相槌を入れながら聞いてくれる。
「よかったですね」
私の話があらかた終わったところでチハヤはギルドの受付テーブルにティーカップを置いた。
「あとね。思ったことが一つ」
「と言いますと?」
「クリスさんはお母さんから受け継いだものを完成させるために頑張っていた。必死になって諦めることもなく。だから、私も少し頑張ってみようかなーって」
「おじい様が残したのは借金まみれのギルドですが」
「そりゃそうなんだけど。まあ、たぶんただのおじいちゃんの気まぐれで生まれたギルドなんだろうけど、それでもおじいちゃんはなにかのためにギルドを作ったんだと思う。クリスさんみたいに完成形は見えないけどさ、その完成のためにやってみるよ」
「そうですか。それなら、私も改めて最後までお手伝いさせていただきます」
チハヤは私の目を見ると微笑んだ。どこか意味深な微笑を。
……ってか。
「近いって! もっと離れて離れて!!」
イケメンは時々、目に毒だ。