「全部やる」、と。そう、みんなの前で宣言してはや一週間。
私は本当に一生懸命に働いた。それはもう、これまで働いたことなどない私が必死になって汗をかき、髪もぐしゃぐしゃにして、時には涙を流──してはいないそこまではいっていないけれども、とにかくこれまでのぐーたら、いや余裕のある生活が嘘みたいに朝から晩まで働き詰めた。
「……ふう」
中身がパンパンに詰まっている酒樽を外からお店の中に運ぶと、痛む腰を伸ばして額ににじむ汗を拭く。一週間働いたせいで、顔も体もこんがりと黒く焼けているぜ。
衣服店では服を陳列し、喫茶店では茶葉の補充や簡単な皿洗い、本屋さんは本の陳列と整理、なぜかエルサさんの美容室まで手伝って……だいたいが雑用程度の仕事だったけど、中でも一番大変だったのは畑の水やりと収穫だ。
重労働だった。なにせ乾季の時期だから雨が降らない。作物には細かく水を与えなきゃいけないし、一方収穫の時期が来ていた作物はこれまた丁寧に収穫していかないといけない……このときすごい腰に来て、今の痛みにつながる。完璧、運動不足を自覚したね。
「で、クリスさんこれ、どこに運べばいいんですかー?」
そして、今私は、最後の仕事としてクリスさんの酒場に来ていた。クリスさんの心意気で自ら一番最後でいいよ、と他のみんなに順番を譲ってくれたのだ。一週間の最終日、最後の仕事。これが終われば、私は解放される!
「あぁ、それ? キッチンいっぱいだから、向こうのテーブル席の奥に置いといてくれない?」
「え~?」
「え~じゃないよ! ほら、さっさと運ぶ運ぶ!」
「はいはい、もう人使いが荒い……」
<もう一息です。サラ様。クリスさんを仲間に迎えるためにも、さあ>
一番人使いが荒いのはこいつだった。まぁた、用もないのにクローバーの髪飾りを使って話しかけてきやがる。
ひまなら少しか手伝えよな。
<ひまではありません>
言葉を出してないのに会話しているみたいに返事が返ってきた。だから、心を読むなって。
チハヤは近くにはいない。隣のギルドできっとまた紅茶でも嗜んでいるのだろう。
<サラ様の分も用意しておきますから>
「いや、だから! 心を読むな!」
「ん? どうかしたか、サラちゃん」
「あぁ、いえ。ちょっと虫が飛んでたんで。ぶんぶんって」
はぁ。この髪飾りのことはクリスさんだけには秘密にしておかないとな。チハヤといつでも話せるとなったら、興奮して奪われそうだ。……いや、いっそのこと売った方がいいか?
いやぁ。でも、まあせっかくチハヤがくれたものだしな。あればあったで便利だし、やめとくか。
「さて。じゃあ、見ててよクリスさんのゴーレム! こんな重労働、何度もやりたくねぇーからさ!」
振り向くと、私の背丈の2倍はあるごつごつの岩みたいなゴーレムが私の後ろに突っ立っていた。ただ突っ立っているわけじゃなくて、私の動きを学習しているらしいんだけど。なんの反応もないのに、ずっと私の後ろをついてくるだけだから、正直不気味だ。
チハヤが言うには、命令を覚えるためには何度も同じ作業をくり返す必要があるらしい。
命令を覚えたゴーレムは突然立ち止まるので、めちゃくちゃびっくりする。
それにしても、だよ。
「うっ……くっ!」
重い。重すぎる! 声が出せないくらい重い。
なんとか震える足を一歩一歩進めながら言われた場所に置いたが、それだけで汗が噴き出るほど重労働だ。
「ふい~」
汗を拭きながらクリスさんを見ると、平気な顔して酒樽やら箱やらを運んでいる。
クリスさんスリムなのに、どこにそんな力があるんだ。そりゃあ、出るとこは出てるけどさぁ。
私が様子を見ているのに気がついたクリスさんは、いたずらっぽい笑顔で店のカウンターテーブルに頬杖をついた。
「けっこう大変でしょ! それ、重いからね!」
「重いというか、重過ぎです! クリスさん、よくこんなの運べますね!」
「仕事だからね~! 今は私一人で切り盛りしてるから、泣き言なんて言えない。それに、村にある酒場はここしかないだろ? みんながここに来て日々の疲れを癒して、明日から頑張ろうと思える。そのためにはウチも頑張らないとなってね!」
この人、イケメンが関わっていないと本当に仕事熱心だよな。自分の仕事を大事にしているというか、しっかりと自分の思いを持ってるというか。
私はどうなんだろう。これまでは全部嫌な仕事ばっかりだった。
重労働は無理だし、手先も器用じゃないし、要領がいいわけじゃない。
<ほう、さすがですね。仕事に対する向き合い方が、サラ様とは全然違う>
また、お前……そういうのは心の中でつぶやいとけ! せっかく少し感傷に浸ってたのに、台無しじゃん!
「さて、休憩は終わりにして仕事仕事! 早くしないと開店時間が来てしまう! サラちゃん頑張って~仕事が終わったら一杯おごってやるから!」
「わかりましたよ! とびきりおいしいやつ頼みます!」
*
「これで……どうだ!?」
何度目か、もう数えるのも嫌になったので数えるのをやめたけど、腕も足もパンパンになるくらい酒樽を運んだあと、私は期待を込めて後ろを見た。……動いていない? 動いていないよね?
<おっ。おめでとうございます。サラ様。無事に学習が完了したようです>
「よっしゃぁあああああ!!!!!!」
チハヤの「完了」の言葉が嬉しすぎて獣みたいにめちゃくちゃ大きな声で吠えてしまった。
料理やお酒の準備をしていたクリスさんがキッチン越しにひょこっと顔を出す。
「ちょうど終わったみたいだね。これで命令すれば、やってくれるのかい?」
「あっ、はい、そうです。今までのところもそうでしたから」
「じゃあ、イリアム! 酒樽を全部運んでくれ!」
クリスさんの声に従ってゴーレムが動き出す。
ちなみにチハヤが出したゴーレムは同じ形のは一つもなくて、酒場のゴーレムはなんとなく女性の雰囲気もあった。
だからなのか、クリスさんがゴーレムを呼んだ名前は──。
「クリスさん、名前……」
「あぁ。ずっと考えてたんだ。ゴーレムじゃちょっと愛嬌がないだろう? だから、イリアム──ウチの母親の名前をね」
クリスさんのお母さんは、クリスさんとずっと酒場を営んできたはずだ。
でも、確か突然倒れちゃって──私のおじいちゃんみたいに。
「……そんな顔すんなよ! 深い意味はないんだ! そりゃ、寂しいよ。だけどな──って、湿っぽい話になってしまうから、ほら、早くこっちに座りな!」
「は、はいっ!」
言われるがままにカウンターテーブルに座ると、クリスさんはニッと笑いかけてきた。
「ご注文はどうします? とは言っても、サラちゃんにはまだ酒は早いか」
「いえ、私もう18なんで、成人ですよ」
「成人だぁ? まだまだ甘いね! 今日はジュースにでもしときなよ。イリアム直伝、クリス特製ミックスジュースにしとくから」
はぁ……いや、お酒飲めるよ? たぶん、まだ、飲んだことはないけどさぁ。
ゴーレムが酒樽をひょいひょいと運んでいる間、クリスさんはいろんな色のジュースを混ぜ始めた。最後にライムをしぼって、ゴージャスな金色になったジュースをカウンターに置く。
「どうぞ」
「いただきます」
正直、美味しそうではない。なに入ってるかわからんし、色もなんか嫌だ。
でも、一口飲んでみると印象が変わった。
「うんま!」
うますぎる! ベースは甘いけど、酸味もあってほんの少しの苦味もあって、さわやかな味がする。
「だろだろ?」
クリスさんは嬉しそうに笑った。
「イリアムは私の髪と同じ色のドリンクが作りたかったんだ。でもね、結局完成できなかった。色が変だったり、味がいまいちだったり」
「じゃあ、完成したのは?」
「今! ……と言いたいところだけど、イリアムが作りたかったのはカクテル。しかもそんなゴテゴテの金色じゃない。もっと透き通るような透明感のあるような」
「クリスさんの髪の色きれいですもんね」
「ふふっ。くすぐったいね。でも、ありがとう」
クリスさんは長い髪の毛を手ぐしですくと、自分の髪を見つめた。その目はどこか、わからないけど少し哀しそうに見えないこともないこともない。
「まっ。やめよう、やめよう湿っぽい話は! それ飲んだら、もういいよ。あとは、イリアムにお願いするから」
<……サラ様>
まぁたチハヤが声をかけてくる。……わかってるよ。クリスさんはできることならなんでも協力すると言っていた。今、ギルドの加入をお願いしたら、きっと仲間になってくれるはず。
クリスさんは情に厚いんだ。約束は守ってくれる。
「クリスさん」
「うん? ああ、わかってるよ。ギルドの話だろ、こっちの仕事でまだ忙しいと思うけどね、それでもよければ──」
「いえ。ギルドの加入は待ってもらえますか?」
クリスさんが眉をひそませる。
「──どういうことだい? あれだけウチを勧誘していたのに」
クリスさんは、約束を守る人だ。だけどそれ以上に自分の仕事に誇りを持っているし、責任感が強い人。今まで働いたことのない私と違って。
だから。
「クリスさんには入ってほしいんです。だけど、その前に一つギルドに依頼してください。その金色のカクテルを完成させるっていう」
「……イリアムのカクテルを完成させる? サラちゃんになにか当てがあるのかい?」
「ありません。だけど、ウチのチハヤならなにか知ってるはずです。異世界転生者ですから」
そうだろ? チハヤ?