「ひま……だぁあああ!!!!!!」
2人しかいないのに無駄にでかいギルドの中で私の情けない声が響いた。
ひまだ。ひますぎてひまと叫ぶことを思いついてしまうくらいひまだった。
ひまということはどういうことかというと、つまりやることがない。
強制的にとはいえ仕事を始めたはずなのに、仕事をしていないときよりひまなのはどういうわけか。
「ふむ。これは一つの人生の哲学かもしれない」
「そんなものはただの言い訳です。生きるために必死な人間は、哲学など問うてるひまはないはず。おかしいですね。サラ様は生きるのに必死のはずなのに、なぜ受付テーブルに顔を突っ伏してこちらを見ているのですか?」
執事兼悪魔、いや悪魔兼執事が優雅に紅茶なんぞをたのしみながら皮肉を入れてくる。
どうでもいいけど、紅茶好きだよね。
「……ご丁寧に状況説明をありがとう。だけど、静かにしててくれない?」
「おかしいですね。今さっきひまだと叫んでいたはずですが」
的確な皮肉。こいつ、一週間経ったらさらに性格が悪くなってきたんじゃないか?
私は反対側に顔を向けると、目をつむった。
「今はね。ひまというこの状況を楽しんでいるわけ。どうせ動いたってなんも変わらんって」
「変わらないとか変わるとかではありません。変えないといけないのです。このままではせっかく希望の芽が出てきたギルド再建ならず、借金地獄の道を進むことに──」
「わかってるよ~。だけどさぁ、ずぅっとスカウトして回ってるけど、やっぱり誰もギルドに興味すら持ってくれないじゃん! 依頼も全然こないじゃん! 結局、エルサさんは美容室が優先で全然ギルドに来れていないしさぁ~」
みんな話は聞いてくれるけど、何回お願いしてもギルドに入ってくれない。仮とは言え、エルサさんは優しいから特別引き受けてくれただけなのだ。
つまりは今、動けるのはなにも変わらず私とこいつだけ。2人じゃなにもできねぇー。
「それにさ、みんな忙しいわけ! 自分の仕事で手一杯! 基本的にこの村はさ、同じ仕事をしている人はいないの! 私みたいな仕事しなくてもよかった人はまれなんだよ!」
「しかしそう愚痴を言ってても状況は変わりません。サラ様の取り得は、若さとアグレッシブさだけなんですから、何度も足を運んだりお願いを重ねればいずれ誰かが折れてギルドに加入するなんてことも……あの、凶悪なモンスターのように、にらみつけるのはやめてもらっていいですか?」
こいつさっきから、私のことをディスディスディスディス、ディスってばかりいやがる!
起き上がりざまに思い切り机を叩くと、チハヤも少し驚いたのか細い眉を上げた。
「あの、痛くなかったですか?」
「痛いわっ! 違う、そうじゃないわ! なんなん、もう頑張れ頑張れって! 完全に乾季の来たこのクソ暑い中外回りしてたらぶっ倒れてしまうじゃねぇかよっ! だいたい、何か秘策があるみたいな含みを出してさ! そんなもんあるなら、早く教えろっての!」
くっそ。熱い。勢いあまって大声で捲し立てちまったもんだから体から湯気が出そうなくらいに熱い!
「とりあえず、落ち着きましょう」
氷をまとっているからとか言って、暑さを気にしていなそうな執事は手に持っていたティーカップを消すと、右手を私の額に当てた。
「ってぇぇ、ええええええ! ちょ、ま──」
いくら悪魔みたいな性格だとは言え、急にそんなことされたら心臓に悪すぎる!
「魔力のコントロールが難しいので動かないでください。水魔法の応用です。直接、体内にこもった熱を冷やしています」
「たた、確かに体は涼しくなってきたけどさ、チハヤ、あんた自分の顔見たことある!?」
「……失礼のないよう、一応、毎朝鏡でチェックしていますが」
そういう意味じゃねぇー。厳しいって。絵画みたいなイケメンが目と鼻の先にいるのはさすがに厳しいって。
とかなんとか動揺しまくっているうちにさっとチハヤの手が離れた。
「どうでしょう?」
「す、涼しいけど」
納得したように微笑むと、チハヤの体が離れていった。
もう二度と心臓に悪いことはするなよ!
「秘策はもちろんありますよ。ですが、かなり危険です。なので、今は他の作戦を考えましょう」
「他の作戦、とは?」
「それは村に共通するある問題です──っと、エルサさんがやってきましたよ」
入口の扉を見ればエルサさんのニコニコ顔がステンドグラス越しに映っていた。
「こんにちは~!!」
「エルサさん! 今日も仕事じゃ?」
「今、ちょうどお客さんの流れが切れたから来てみたの~。どう? あれからなにか進展はあった?」
「それが──」
チハヤの方を見る。自信たっぷりにうなずいていた。
「ちょうど作戦を考えていたところです。ずばり、この村の抱えている大きな問題を解決することができれば、ギルドの評判は高まりギルド員も増え、依頼も舞い込むはずです」
「だからさ、その問題ってなんなのさ!」
「つまりはそれは、村の人たちみんなが忙し過ぎるということです」