エルサさんを連れてギルドへ戻ったときには、中にいたのは悪魔ただ一人だった。クリスさんを追い出す手間が省けたのはありがたい。まあ、時間も時間だし、クリスさんも本当にあいさつの時間くらいで帰ったんだろうけど。
「おかえりなさいませ、サラ様。そして、初めてお目にかかります。エルサ様」
「……えっと~」
明らかに困ってる顔を浮かべているエルサさん。
「こいつが例の悪魔──チハヤですよ。エルサさん」
「あっ、そうなんだ。なんか、本当に執事さんみたいな格好なんだね~」
「ご心配なく。体の周りを水魔法で覆っておりますので、この見た目でも暑くはありません」
いや、そうじゃないんだよ。暑さとかじゃなくて、見た目が浮いてるんだよ。この村では。
「魔・法? ふーん、よくわからないけど、暑くないのは便利かも~」
そうだったわ。ごめん、エルサさん。
「それで、どうせ聞いてたんでしょ? 他のみんなは全然ダメだったってこと」
「ええ、聞いていました。それでは、これからどうするか。そこのテーブルで紅茶でも飲みながらお話ししましょう」
チハヤの視線の先には備え付けの丸テーブルがあった。また、紅茶か、と思わなくはないけど、確かに歩き回ったから少し休みたい気分ではある。
「それじゃあ──」
「ちょっと待って」
エルサさんが、わからない、という顔で首をひねる。
「どうしたんですか?」
「汚い」
「えっ?」
「汚すぎるよ! ちょっと掃除しよう!」
え~!! とは言えないくらいの、確かな汚さ。仕方なく、押し込められたゴミたちに向き直る。
いや、待ってよ。ちょっと掃除しただけじゃ終わらなくない?
長年に渡り敷き詰められ、積み上げられたゴミたちが「へい、どうやって俺たちを片付けるつもりだぜ?」と挑発している。そんなわけないんだけど、あまりの量にそう感じてしまう。
「……エルサさん、でもどうやって片付けましょうか? 実は、ここも2階もゴミでいっぱいなんです」
「う~ん……」
あごに手を当てて目を閉じて、しばし考え込んだエルサさん。なにかいいアイディアを思いついたのか、大きな瞳を輝かせて手のひらをポンと叩いた。
「フリーマーケットをするのはどうかしら? 村のみんなを呼んで好きなものを買っていってもらうの」
「エルサさん……それは──」
誰も買わないよ。ゴミだもん。おじいちゃんが残していったゴミだもん。売れるものは全部売り払ったあとに残ったゴミだもん。
「その提案は難しいかと思います。実行するのに時間がかかりすぎますし、なによりここにあるものはどう見ても不必要なものばかりです」
うんうん。チハヤ、そこは、ありがとう。私では言いにくいことを言ってくれて。
「え~そっかなぁ~でも、確かに時間はないわね。私も、今日はまだお客さんの予約が入ってるし」
「ですよね! じゃあ、ささっとテーブルの周りだけ片付けて紅茶を飲みながら話をしましょう!」
エルサさんは不服そうに唇を尖らせた。
「なんかね~でも、スッキリさせたいというか。なんなんだろう~なにかこのままじゃいけない気がするのよね~」
謎のこだわり! いや、まあ、でも普通はそうか。ギルドとは言え、お店を構えるんだから居心地のいい空間を提供するのは当たり前。エルサさんの美容室が、こんなぐっちゃぐっちゃだったら、私だったら寄りつかない。自分で髪切る。……切れないけど。
「では、こうしましょう」
状況を見かねたのか。なにかいいアイディアでも浮かんだのか。チハヤがすっと人差し指を上げた。
「私の魔法で片付けます」
「えっ? 魔法!?」
「はい。少々危ないので、少し後ろに下がっていてもらえますか?」
チハヤの言うままに入口の近くまで下がると、エルサさんと顔を見合わせた。たぶん、おんなじことを考えているだろう。魔法って、燃やしたり凍らせたり、なんかモンスターとかを攻撃するのに使うもんなんじゃないのか、と。
「サラ様」
「はい?」
「さきほど、空間魔法というのをお見せしましたよね」
あぁ、たしか。紅茶のティーカップとか出してたあれか。
「出すのもできるということは入れるのも自由自在です。しかし、これだけの量、正直手間ですし汚いので、彼らにお願いしようと思います」
はて。彼ら、とは?
「それでは行きますよ」
チハヤは手を頭の上にかかげた。瞬間。部屋の空間がぐるりと回ったような錯覚を覚える。
チハヤの手のひらから黒い渦巻のようなものが現れたと思ったら、大きな岩の塊が部屋の真ん中にドン、と置かれた。
「え……新しいゴミ?」
「違います。今の魔法はゴーレム召喚。召喚魔法の一種です。ゴーレム、彼らは言わば岩人形。彼らに片付けを手伝ってもらいます」
なに言ってんだ? こいつ。ただの岩の塊になにが──と状況を確認しようとするよりも早く岩の塊がうごうごと動き始めた。うげぇ、なんだ!?
「あっ、見てかわいい~」
「か、かわいいですかね?」
チハヤの言う岩人形は、本当にそのとおりだった。大きな土の塊は分裂して小さな岩の塊になって動き始めた。胴体に頭、そして両手両足がくっついている。かわいい、という感性はよくわからないけれど、まるで生き物のように動くと一斉にゴミの山へと向かい、一つ一つ片していく。
そして、片した先からチハヤの方にゴミをぶん投げていくのだが、ゴミはチハヤに当たることなくどこかへ消えていく。本当に消えていく。
ティーカップがどこからともなく現れたのと逆で、ゴミがどこかへと消えていく。
そんな作業を10分ほど行うと、ゴミはすっかりさっぱりなくなった。
「チ、チハヤ、お前……」
「なんでしょうか。サラ様。これが魔法の力です」
「そうじゃなくて。そんなことできるんだったら、さっさとしてくれよ~!!」
なんだ、こいつ! 今まで3日間はあったんだぞ! 3日のうちのどこかで片付けることだってできただろ! わざとやらなかったのか? 忘れてたのか?
「そうは言われましても、あまり魔法を使いたくありませんし、そもそもサラ様のギルドですし」
「それは! ……そうだけど」
くっ。真っ当なことを! 言い返せない!
「まあまあ、あとはサラちゃんと私で掃除しちゃおう?」
「エルサさん……! わかりました。私のギルドですからね。私が、きれいにしますよ!」
また10分ほど、ほうきで汚れをかき出し、雑巾がけと、慣れない掃除をして、ギルドはペカペカのピカピカになった。
「お疲れ様でした。サラ様。エルサ様」
「はぁ~疲れた~」
文句の一つでも言いたかったが、もうそういう元気はなかった。チハヤの入れてくれた悔しいがおいしい紅茶を一口飲み、ほうっと息を吐く。
椅子に座りながらキレイになったギルドの中を見回すと、見違えるように広く感じた。今はテーブル一つに3人しかいないけど、ここにたくさんのギルド員が集まれば──楽しいかもしれない。
「ねぇ。……掃除して思ったけど、たぶん、おじいちゃんはきっとこの広い空間をサラちゃんに残したかったのよ」
エルサさんがこちらを向いて柔らかく微笑んだ。
「……私に?」
「サラちゃん、おじいちゃんがいないと独りぼっちでしょ? でも、新しくギルドを始めるならいろんな人がここへ集まるじゃない。きっと、寂しくないようにと思って残しておいてくれたんじゃないかなと思うんだけど、ね」
確かに今、そういう想像はした。だけど、あのおじいちゃんは単に忘れていただけなんじゃないか?
「単純に忘れていたのだと思います」
思ったことと同じことを言われても、悪魔に言われると腹が立つのはどうしてだろうか。
「ですが、いろんな人が集まる場所へ変えていきましょう。まずはランク0からランク1へ。条件はここに記されています」
チハヤはまたどこからか1枚の羊皮紙を取り出すと、私たちの間にポン、と置いた。
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ランク0のギルドとは、ギルド員も0、依頼も0のギルドの
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ひどい書かれようだ。
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~ランク1へのランクアップ条件~
・ギルド員3名
・依頼6件をこなす
ランク1ギルドになれば、ようやくギルドとして正式に認められ依頼に応じた報酬がギルドセンターを通じて支払われることになります。
また、特典としてギルドセンターから一名、事務職員を派遣します。
いざ、ランクアップ目指して頑張ってください。
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「……なるほど、無理だね」
「そんなことないじゃない。執事さんにはきっと条件を満たす秘策があるのよ」
「……あるの?」
チハヤは紅茶をゆっくりと飲み干した。
「さて、どうでしょうね」
まぁた、にやりと微笑んでいるが、実はこいつ何も考えていないんじゃ。