そんな強引にいくわけがなかった。
私はエルサさんに手を引かれて、背中を押されていつもの髪を切る席へと座らされる。映る大きな鏡には戸惑っている私の顔とにっこりと微笑む青い髪と青い目のエルサさん。
なんか、逆に怖いんですけど?
「とりあえず、サラちゃん。今、なにをしているか話してくれないかしら?」
妙な圧を感じる。エルサさんから漂ってはいけない強いオーラが感じられる!
お店にはお客さんは一人もいなかった。私は言われるがままにエルサさんにこれまでの経緯を話した。
つまり、おじいちゃんが亡くなって遺産とギルドを引き継いだこと、ギルドの借金が大変なことになっていること、すぐさまギルドを動かさないといけないこと、クリスさんには断られて、他に誰も「YES」と言ってくれる人がいないこと、チハヤの悪魔の所業の数々──そうしてエルサさんは納得したのか、頬に手を当てて「ほう」とかわいくため息を吐いた。
「話はわかったわ。それで心を病んで、猫に話しかけていたのね……」
「はい、そう──です?」
エルサさんの言い方だと、なんか違うよな? もしかして誤解されてる?
エルサさんは私の頭をなでると、突然後ろから抱き締めてきた。
「でもね、大丈夫。どんな問題もいつか解決するから。猫に話しかけなくたっていいの。私がいつでも話を聞いてあげるわ」
エルサさん、シャンプーのいい匂い……じゃない! 苦しい!!
私はヘッドロックされてるんじゃないかって思うくらい強く首を締め上げてきているエルサさんの腕から抜け出すと、椅子から立ち上がった。
「エ、エルサさん! 違いますからね! なんかおかしくなって猫に話しかけてたとかじゃなくて! いや、そう見えたかもしれないですけど! どっちかって言うと八つ当たりですから! 村の人が誰もギルドに入ってくれないなら、せめて猫だけでもって!」
その猫にも断られたわけだが。あいつも憐れんだ目でこっちを見てきやがって。
「……そうなの~?」
首をかしげるエルサさん。かわいいけどさ、この人はときどきとんでもない勘違いを起こす。かみ合っているようで話がかみ合っていないときもあって、いわゆる天然の部類に属する人だ。私は知っている。注文と全然違う髪型にされたお客さんのことを。一度や二度だけじゃない。数え切れないくらい、よくある話だった。
私が髪の長さをだいたい伝えてあとはお任せにしているのは、そういうところがあるからだ。
でも、エルサさんは優しい。めちゃくちゃ優しい。村の誰からも慕われていて、エルサさんの悪口は聞いたことがない。だらか多少──と言えない失敗をしても、みんな笑って許してくれる。そのあと、笑い話にしてくれる。
本当の天使とは、この人を指す言葉なのかもしれない。
「そうなんです。だから、改めてエルサさん、ギルド員になってくれませんか?」
そんな優しいエルサさんなら、事情を話せばきっとわかってくれる。仲間になってくれる。
そう期待を込めた目で見つめると。
「う~ん、私も忙しいからな~」
とやっぱり断られてしまう。
「そう……ですよね」
やっぱり、ダメだ。エルサさんにも断られてしまった以上、もう当てはない。
まさか、もう引退しそうなおじいちゃんやおばあちゃんに声をかけるわけにはいかないし。
はぁ……そう言えば、クリスさんが雇ってくれるみたいな話してたっけ? もう、こうなったら腹をくくってクリスさんのとこで雇ってもらうか、それか──。
──都会。都会に行くしかないよね。
話で聞いたことしかない都会。雑誌や本の中でしか見たことのない都会。田舎とは違い、たくさんの人とモノで溢れた街。そこへ行けば、仕事の一つや二つはあるに違いない。
いっそのことギルドをたたんで引っ越して。私一人で……一人。
「……そっか。今、私一人なんだ」
「サラちゃん?」
エルサさんが不思議そうに目をぱちくりさせた。私は、なんだか急に疲れてしまってイスに腰かける。鏡に映る自分には、笑顔がなかった。
「エルサさん、私、一人になったんですよね? もう、おじいちゃんはいないんですよね」
どうしてだろう。言葉が止まらない。なにかをしゃべっていないと、胸が苦しくなってしまいそうで。
「私、どうしていいか。こんな借金抱えて、ギルドなんて。だって、私なにもしてこなかったんですよ? 働いたことないし、働こうと思ったこともないし、できれば働きたくないと思ったくらいにして──」
本当にどうしたらいいんだ。考えたくはないけど、最悪なことばかりが頭をよぎる。マイナス思考はマイナスのことばかり思い浮かべてしまう。
そのとき。天からの声のようにクローバーから声が聞こえてきた。
<いいですね。泣き落とし作戦。そのまま続行しましょう>
……お前、やっぱり悪魔だろ、魔王だろ! この状況でそんなこと私が思ってるわけねぇーだろ!
「サラちゃん! 大丈夫!」
またエルサさんが飛びついてきた。今度は首をはめられないようにしっかりと両腕を上げて首を守る。
「私がいるよ! サラちゃん! 困ったことがあったら私がなんだってするから!」
え……おい、マジか。意外に、泣き落とし作戦効いてる?
<そこです。サラ様。一気にたたみかけるように>
おい、ケンカしてんじゃねーんだわ。でも、まあ、背に腹は代えられないとか言うし!
「エルサさん! じゃあ、ギルド員になってほしいんです! エルサさんが入ってくれたとあれば、きっと他のみんなももっとしっかり話を聞いてくれるようになると思います!!」
腕の締め付けが緩む。
「うーん、それはやっぱり厳しいかな?」
「えー」
なんだよ。そこはかたくなだな! なんでもしてくれるって言ってたのに!
「で・も」
と言うと、エルサさんは立ち上がって私の頭を優しくなでてくれた。鏡越しに見る笑顔は、女神のように優しかった。ふんわりとなでる指先が少しくすぐったい。
「力になりたいとは思ってるよ? だから、仮ってのはどうかな?」
「……仮、ですか?」
「うん、正式ではないけれど~手伝えるときに手伝う~みたいな?」
目の前がパッと明るくなった気がした。
「そ、それ大歓迎ですよ! ぜひぜひ、仮でもなんでもギルドに来てもらえるなら!」
エルサさんはにっこりと微笑むと、パンツに取りつけたシザーケースからくしを取り出して私の乱れた前髪を直してくれる。
「じゃあ、セット終わったらさっそくお邪魔しようかな? 今はちょうどお客さんがいない時間だし」
「はい! ぜひぜひ!! よろしくお願いしまっす!!!!」
<やはり、泣き落とし作戦、ひとまず成功ですね。サラ様>
笑顔を張りつけたまま、私は心の中でやつのことを呪った。
自分の手柄みたいに言ってんじゃねぇよ!!