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第6話 猫にすら拒否られる

 悪魔だ。やっぱり悪魔だ。


 何が幸運のクローバーだよ! 全然効果ないっての!


 喫茶店、衣服店、本屋──途中からやけになってあれこれ押しかけ回ったけど、どこも答えは「NO」だった。商店街を超えて、開拓された農地をまわり、海岸沿いも歩いて、港に赴き、山道の途中にある村長の家にまで押しかけたけど、誰も彼もが困惑顔を浮かべていた。


 なかには「ヤケになっているんじゃないか」とか「噂のイケメンにそそのかされたんじゃないか」なんてこそこそ言い合う人もいたから、そこは一つ一ついらぬ誤解を解きながらまわった。


 チハヤのせいで余計な仕事も増えてるじゃねーか。


 とにもかくにも忙しいのだ。当たり前だ。どれもこれも店に一軒しかないようなお店ばかりなんだから、ギルドなんてできやしない。


「やっぱり! 全然無理じゃん! 望みゼロじゃん! うわ~!!」


 情けない声を上げる私を通りすがる野良猫が興味なさげにチラ見して素通りしていく。灰色の体毛に黄色の瞳が、野良にしてはなかなかきれいなフォルムをしている。


「猫! お前! ギルドに来い!」


 抱きかかえようと飛びかかったが、ものの見事にスルーされてしまう。


「にゃー」


「にゃーじゃない! もう! 猫にまで相手にされないでどうしたらいいんだっつの!」


<サラ様。猫相手はさすがに無理かと。亜人種や友好的なモンスターはウェルカムですが、さすがに意思疎通のできないただの猫ではギルド員にはなれません>


 突然、どこからともなく悪魔もといチハヤの声が聞こえてくる。


「うわぁあ! ってどこから聞こえてんの!? まさかこの猫が!」


 猫は変わらずにゃーにゃー鳴いているだけだった。


<違います。確かにそういう魔法もあるにはありますが、今は直接サラ様の頭の中に話しかけています。四つ葉のクローバーを通して>


「気持ち悪! ってか、クローバーの髪飾りって、そのためにくれたの!?」


<はい。幸運のお守りと言ったはずですが、意味が通じなかったですかね>


 こいつ。軽く私が頭が悪いとディスりやがった。わかるわけないやろ。


「くっそ……ちょっと嬉しかったのに」


<? 何か? 声が小さくてよく聞こえませんでした>


「なんでもない! それでなに? 誰もスカウトできないからバカにしたいの!?」


<……だいぶ、荒れてますね>


「荒れもするわ! こんな、無理難題を押し付けられて! だいたい働いたこともない私が誰かを雇えるわけないじゃん!」


<働いたことがないわりにはアグレッシブでした。転生前の私とは大違いです>


 そんな情報、今はどうでもいいのよ。


「それで、何の用があったの? わかってると思うけど、もう全部ダメダメだよ。断り続けられてもう当てがないんだから」


<いえ、それなんですが──>


 ? なんだ急に声が途切れたぞ。髪飾りを取って耳に近づけてみる。


<きゃー!!!!!>


 甲高い女性の声が発せられた。


「どうしたの!? 非常事態かなに──」


<魔法が使えるんですかぁ? カッコいいですぅ! もっと、ほら! 私に見せてください~!!>


 なんだ……これは……。


 聞いたことがある、聞いたことがあるぞこの声。いや、つい今しがた聞いたばかりだ。


 私はクローバーに向かって思い当たる名前を呼んだ。


「クリスさん! 何やってんすか!!」


 酒場のマスタークリスはイケメンに弱い。重要な情報なので2回目だ。


<あっ、サラちゃん! 今、ちょうど暇だったし、やっぱり気になってあいさつ、と思ってきたら本当に王子様みたいなイケメンじゃん! ウチ、このお兄さんと仲良くやってるから。じゃ! ──ねぇ~もっと魔法見せてください! 恋の魔法とかないんですか~>


 発情期の猫かよ。確かに、チハヤはフェイスだけは完璧だけど。


<サラ様、すみません。この通り緊急事態なため、一時会話を中断します>


 ブチって、あっ切りやがった。


 私は、手の平の中にあるクローバーの髪飾りをそっと握った。


 くそ、こっちが大変な思いをしてるってのに、あいつは、あいつは~~。


 握り締めて地面に投げ捨てようとしたが、なぜだか捨てることはできなかった。


「……売ったら、結構な値段になりそうだしな」


 そうだ、本気でお金に困ったら売りつけてやろう。性格悪いが顔だけはいいイケメンと、いつでもどこでも会話できますとかって。


 そんなことを真剣に考えていたもんだから、私は後ろに人がいるのに話しかけられるまで気がついていなかった。


「あの、大丈夫~? サラちゃん」


 振り向けば天使がいた。もう、天使のように見えた。


 私の髪を切り、どんな話も微笑みながら聞いてくれる天使。


 村の誰からも好かれる美容院のエルサさんだ。


 そうだ、忘れていた。押しに弱そうなエルサさんならワンチャンもしかして──。


「エルサさん! なんていいところに! あのあの、一生のお願いです! ウチのとこのギルド員になってくれませんか?」


 ウェーブがかった海のような青色の髪をなびかせたエルサさんは、同じ海色の瞳を真ん丸くさせた。


「へ? うん、はい」


 勢いよくその手をつかむ。


「よっしゃ! 言いましたからね! うん、はいって! じゃあ、よろしくお願いします!」


 狂喜乱舞する私と戸惑いを隠せないエルサさんの様子を見ていた猫が、呆れたように調子はずれの鳴き声を出した。

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