「実はその──」
言いながら私はクリスさんの視線から逃れた。……考えないといけない。さて、どうやって切り出すか、と。
ギルドの説明が必要だろうか。隣にある建物ですって? でも、そんな悠長に話しているひまはないかもしれない。それに私自身もよくわかっていない。いろいろ質問されても答えられる自信はない。そんな状態で、ギルド員になってください、なんて簡単に言っていいのだろうか。
うーむと考えあぐねていると、向こうの方から話を振ってきた。
「大丈夫か? ご飯ちゃんと食べれてるのか?」
心配そうな目つき。そう言えば、だ。私は3日前におじいちゃんを亡くしたばかりだった。悪魔のせいで急に忙しくなってそれどころじゃなかったけど。
「はい、大丈夫です!」
むしろ元気がない方がうらやましい。3食完全にお腹を満たすまで食べている。やつの作ってくれる料理だが。
気持ち悪いことに、チハヤの料理の腕はそこそこだった。いや、カフェやレストランを営めるくらいはおいしいと思う。レパートリーも多い。とは言っても、村で取れる野菜やパン、肉が中心だけど。
チハヤの趣味なのかなんなのか、ほぼ毎食肉料理が出るので、ついつい食べ過ぎるのも合わせてカロリーが心配なくらいだ。
「そうか。う~ん、ならいいんだけど……うーん……」
なにか言いたげな言い回し。
「なにかありましたか?」
「あぁ、いやねぇ。サラちゃんのおじいさんが亡くなってから、なんかどこぞのイケメンに入れ込んでいるっていう噂が村中で広がっていてね」
「? 誰がですか?」
「誰って、そりゃサラちゃんだけど……」
心配そうな瞳は憐れむような瞳に変わる。いや、ちょっと待て。
どこぞのイケメンに入れ込んでるって? 私が? くっそ、そうかチハヤのやつ!
「酒場の隣の古びた倉庫に入っては、ああだこうだ密談をして二人手と手を取り合って家に帰っていく。サラちゃんは寂しさのあまり──危険な男と……って聞いたけど?」
違うね。古びた倉庫みたいなギルドに入って、ああだこうだ文句を言い合い、黙りこくって帰ってるだけだ。あいつは執事らしいからね。四六時中だいたいいつも一緒だ。
「違います! あいつはただ押しかけてきただけです!」
「そうなん? てっきりサラちゃんの恋人じゃないかと思ってたんだけど」
ありえねぇー。あいつが恋人なんて。背筋凍るわ。
私の顔面が拒絶していたからか、クリスさんは妖艶な笑みを浮かべると首を傾げた。
「ふーん、じゃあ、あいさつ行ってこようかな~」
「あいさつ?」
「だぁって~イケメンなんでしょ~? 私はまだ見たことないけどさ、村のお姉さまたちが騒いでたよ! サラちゃんはまたどっからあんな王子様みたいなイケメン連れてきたのかしら、って」
クリスさんの目がとろんとしている。まだ見ぬイケメンがその目に映ってるんだろう。
そうだった。忘れてた。クリスさんはイケメンに弱いんだった。それはもう、めちゃくちゃ、むちゃくちゃ。たま~に村にくる観光客でイケメンが酒場に来たとなればもう大変。とっつかまえて身ぐるみはがして……ってどこかの追いはぎか? とにかく、クリスさんはイケメンとなると目の色が変わって誘惑しようとする。
あぶねぇー人だ。
でも、チハヤのことが噂になっているんだったら、話は早い、かも。
「あいさつは、まあ、いずれこちらからしようと思ってました」
「おっ、そうなの? ってか、サラちゃんとイケメンくんはさ、隣でなにやってんの?」
ナイスな質問だ。重かった口がすごぉく軽くなる。
「ギルドです。クリスさん、ギルドって知ってますか?」
「ギルド? あれかい? 大陸にあるモンスターとかを退治するなんか冒険者集団みたいな」
ですよね。そういう認識ですよね。
「はい。そのギルドをおじいちゃんが生前つくってたらしくて、私が引き継ぐことになったんです。それで詳細は省きますけど、今、絶賛ギルド員募集中で、クリスさんギルド員になってみませんか?」
「え、やだ」
はい、即答~。即答だよ、もう~取り付く島もない! でも、これで諦めちゃぁなんにも進まないってもんよ! 私には一つ秘策がある!
「ですよね。でも、クリスさん。ギルドには噂のあのイケメンがいます」
イケメン好きのクリスさんだ。馬の前ににんじんを置くようなもの。私の前に札束を置くようなもの。これなら、効果ばつぐんに──。
「え、無理」
ならなかった。
「……イケメン好きのクリスさんが断るなんて」
「あのねぇ。そりゃイケメンはそそられるけどさ、私には親から受け継いだ
「……謹んで遠慮させていただきます」
クリスさんは「そだよね」と言うと、カラカラと笑った。
「で、要件はそれだけ?」
「はい、そうです」
撃沈。ものの見事に振られたような気分だ。
大きくため息を吐いた私を見て、クリスさんは私の顔を覗き込んでくる。
「なんですか? 憐れみですか? 憐れみならギルドに入ってくだせい」
「それは無理だって。ねぇ、サラちゃん、さっきからちょい心配してんだけど、その話大丈夫そ?」
「全然、だいじょばないっすよ。ギルド員が誰もいなくて、サポート料という名の借金抱えて、掃除も片付けもこれからやんなきゃだし、片付けの人手もほしいし、ギルド員雇ったって依頼なんてないし、あ~~~~~!!!! って感じです」
「いや、そうじゃなくて。そのさぁ、イケメンってのは何者なの?」
「あいつは悪魔みたいなもんですよ。元はと言えばウチのおじいちゃんが悪いんだろうけど、あいつが簡単にことを進めるからおじいちゃんの遺産が一気になくなって、こんな事態に。って、まぁ、私もサインしたんですけどね。見てくれはめちゃくちゃカッコいいですけど、騙されちゃダメっすよ、クリスさん」
「あのさ」
クリスさんは私以外誰もいないのに、顔を近づけてくるとそっと小さな声で言った。
「ぶっちゃけ、新手の都会の詐欺なんじゃないの?」
「えっ……」
詐欺と言えば詐欺だけど……いや、違うんだよな。クリスさんが言ってるのは、マジの詐欺の方だ。
「気持ちは詐欺られた気分ですけど、詐欺……ではないです。おじいちゃんがギルドバブルだとかのときにノリで作っちゃったみたいで。そしてそれを忘れて物置と化していて、その間ずっとサポート料を滞納していて、だから正式な遺産……ではありますね」
クリスさんはわからないと言った感じで目を細めた。
「ギルドバブルってなに?」
「さぁ……」
それについては私もわからん。
「まあ、いっか! サラちゃんが納得してるっぽいし? それに隣の建物めちゃくちゃでかいし物件としてはいいよね~。あと、サラちゃんが楽しそうだしね」
「はぁ? いや、楽しくないですよ、ぜんぜん! 苦しんでますよ! だから、こうしてお願いに来てるんですから!!」
クリスさんは、なぜか嬉しそうに笑うとテーブルの上に頬杖をついた。
「楽しそうだよ。だって、サラちゃん、いつもひまそうな顔してたじゃん。今の方がなんていうか、生き生きしてるって感じ? イケメンくんのおかげかな?」
「……っつ! なに言ってんですか!?」
「まぁまぁ、ギルドには入れないけどさ、一杯おごってあげるから、頑張りなよ」
そう言って、クリスさんからオレンジジュースを一杯ごちそうになると、私はまたクソ暑い外にいた。オレンジジュースだ? 子ども扱いされてる気がする。
くそっ! こうなったら! 村中回ってやっからな!!