目次
ブックマーク
応援する
4
コメント
シェア
通報
第3話 幸運のお守り

 時は3日後の今に戻る。


 第一印象を返せと言いたくなるほど、チハヤは知れば知るほどよくわからない奴だった。ミステリアスと言えば聞こえはいいが、実際そう見えなくもないが、ただなに考えてるかわからんだけの奴だ。たった3日で、天使だった印象は悪魔に、そしてやがて魔王となった。


 こいつはまだ事態が呑み込めずあわあわしていた私を差し置いて、大陸にあるギルドセンターとか言うあちこちにあるギルドを管理しているところに連絡を取ると、勝手にギルドの引き継ぎを宣言しやがった。


 どうやって連絡とったのか知らん。魔法が使えるらしいから魔法だろう。


 その結果、長年に渡り蓄積されたサポート料やらがものの数分のうちに計算されて、桁がおかしいんじゃないかと思うほどの金額がなんと一括で請求された。


 一括。そう、一括だ。


 私はもちろん、支払いを拒否しようとした。だって、おかしいじゃないか。借金は私じゃなくておじいちゃんが残したもので、私には一切関係ない。遺産だからって勝手に借金を背負わされるのは理不尽極まりない。


 だいたい、引き継ぎを拒否することはできないのか、と。ギルドを設立したのはおじいちゃんで、ギルドの存在すら私は知らなかった。だいたいギルドの機能とか、ギルドの意味とか、そんなもん、こんなモンスターも出やしない小さな村でわからなくたって生きていける。ってかぶっちゃけギルドなんて必要ない。


 私はそう、交渉しようとしたのだ。しかし、奴が──チハヤという魔王が、もう初手で、勝手にギルドの引き継ぎを宣言したもんだから、こちらの理屈はなにも通らなかった。


「引き継いだのだから、お支払いください」と。そりゃそうだ。引き継いじゃったら払うものは払わないといけない。


 そこでおじいちゃんの遺産を投入し、残りの金額を「せめて分割で!」と交渉してもらい、なんとか月に1万リディアの支払いで妥結した。あまりの額ゆえか、それともこっちの必死の訴えが功を奏したのか、なんと穏便なことに無利子だ。


 それでもここから100万リディアを返していかなければいけない。一年12カ月、毎月ちんたら1万ずつ返していったらなんと8年もかかる。そして、遺産はもうほとんど使い切ってしまった。


 はっきり言えば、ギルドの売上が見込めなければ返すのは不可能だ。家も含めて一切合財売ってもまだ足りない。


 私は、一気に勝ち組から負け組へと堕とされてしまった。もはや詐欺だよ。


 ウソだろ! 1億が、まだこの目で見てすらいない1億もの大金がわけのわからんサポート料にすっかり消えていったんだ! 何不自由ない暮らし! 遊んで遊んで遊び尽くす夢! 全部が消えてしまった! おじいちゃん! 夢を与えておいて一瞬で奪うなんて、とんだ孫不幸者じゃねぇーか!!


 そう、わかる。おじいちゃんが悪いのはわかるよ。だけど、チハヤが簡単に引き継ぐなんて宣言しなければこうならなかったんじゃないのか? まだ方法はあったんじゃないのか?


「簡単に受け入れられるわけねぇーじゃねぇか!!!!」という、私の反対の声に、ギルドの受付らしきカウンターテーブルの向こう側にいるチハヤもとい執事もとい悪魔もとい魔王はため息をついた。くっそ。イケメンは変わらねぇから優雅に見えてしまう!


「ですから、何度も言っています。今いないのなら雇えばいい。いくら大陸から海を隔てた遠い辺境の地と言えども、村を営めるほどの人は住んでいるのです。そこから目星を付けてスカウトすればいいじゃありませんか」


「それはそうだけどさ! みんな仕事やってるの! それにギルド員ってあれでしょ? モンスターと戦ったり、戦場に行ったり、街の見回りとか防衛とか、戦うことが本業じゃん! モンスターの1匹もいない平和な村で戦える人なんていないよ!」


「はい。では、膨らんだ借金を抱えて路頭に迷うしかありませんね。サラ様の自宅を売り払ってもまだまだお金は足りません」


「う……」


 そうだ、わかってる。現実はつらい。理不尽な仕打ちを受けたわけだが、なにもしなければこのままどんどんと貧困に陥っていくだけ。


「それに、確かに戦うことはギルド員の本業ですが、戦うことだけが仕事ではありません。言ったように猫の捜索など、依頼を引き受ければなんでも仕事になりうるのがギルド員です」


「……でも、その仕事だってないじゃん」


「誰も存在を知らないからです。サラ様。ギルドの話、今まで他の村人から聞いたことはありますか?」


「……ない、ね」


 ここはみんなで自給自足しているような小さな村だ。みんながみんなのために仕事をしていて、誰かの仕事が誰かの仕事につながり回り回ってみんなの生活が成り立っている。


 この輪の中にギルドなんて必要なかった。だから、廃れたんだから。


 もちろん、狂暴なモンスターがいれば別だろう。冒険者たちが一攫千金を夢見ると言う噂のダンジョンでもあれば。あるいは、大きな街と街の中継地というだけでも、ギルドの存在意義はあったかもしれない。


 でもない。ないからいらない。いらないのにある。


 なんだこれ? 罰ゲームなのか?


「ギルドの存在意義。それが村の人たちに認められれば、自ずとギルド員も増え、依頼は舞い込み、どんどんとギルドは発展していきます。ランク0を抜け出すなんて簡単なことです」


「いや、だからさぁ」


 無理やん。


「まずは一人、ギルド員を見つけてきてください。どんな手を使ってでも引きずり込むのです。そうでなければ──」


 喉が鳴る。怖いよ。チハヤの目がことのほか嬉しそうに見えるよ。


「そ、そうでなければ?」


「あなたの生活は一気に底辺になります」


 ぐほわっ!


「わかった。うん、そうだよね。一人くらいならなんとかなるよね。まず一人、まず一人……ってチハヤは探してくれないの?」


「私はあくまでも執事として、サラ様をお手伝いするように言われているだけですので」


 そう言うと、チハヤはどこかから白いカップとソーサーを取り出すと、茶葉にお湯を入れて紅茶を優雅に注ぎ始めた。


「ああ、これは空間魔法です。嗜好品が好きなのでいつでもカップとソーサーを取り出せるようにしていまして。後は茶葉に火魔法でちょうどいい温度に設定したお湯を入れまして、完成です。本当は紅茶じゃないものが飲みたいのですが」


 えっと、知らんがな。


「とりあえず、行ってくるよ。もう、留守番くらいしといてよ」


「サラ様。少しお待ちください」


 チハヤは、カウンターテーブルの上のホコリをささっと手で払うと、ティーカップを置いた。


 真っ直ぐに私の方を見つめてくる。


 ……えっ、なに? なに、この時間。


 彫刻みたいな綺麗な顔が近づいてきて、私の手を取ると何かが渡された。


 ち、近すぎる! そして、謎にいい香り! 花の香りっぽいけどかいだことのない不思議な──じゃない。


 惑わされるな、私。こいつは悪魔だ。無理難題を無理くりに押しつける魔王だ。


「な、なに? これ?」


 私は努めて冷静に。そういつも通りクールビューティーにチハヤに聞いた。


「手を開いてみてください」


 言われるままに手を開くと、そこには緑色をした髪飾りがあった。4枚の葉っぱを模したガラス細工が光っている。 


「私の世界で幸運の意味がある四葉のクローバーです。お守りがわりに、どうぞその先日髪を切ったばかりの綺麗な赤髪にお付けください」


 チハヤはまた、意味深に微笑んだ。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?