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第10話「幸せになる権利」

《琴葉side》


 「はぁ、はぁ……。少し、休憩……」


 「ダメよ!また最初からやり直し!あなたに休憩してる時間なんてあるわけないじゃない!」


 神聖なる神社という名の稽古場から相応しくない竹刀の叩く音、女の悲鳴が聞こえる。私はそっと隙間から中を覗く。


 そこにはお母様から舞の指導を受けているお義姉様がいた。お義姉様は竹刀で身体を叩かられ、休憩する間もなく踊り続けている。


 体力は既に限界を迎えているのか息が上がり、常に苦しそうな表情をしていた。


 ああ、たまらないわ。この感じ。


 久しぶりに感じるこの感情に興奮を覚える私。お義姉様がいなくなってから毎日が物足りなかった。


 だけどつい数日前。


 お義姉様が八重桜家に戻ってきたのだ。


 「そこ!何度言ったらわかるの!言われる前に治しなさい!」


 「申し訳ありません……!」


 容赦なくお義姉様に竹刀を振り下ろすお母様は鬼のように怖い。だけど私が入ると優しく笑い、褒めちぎる。


 その時見たお義姉様の絶望の表情もまたたまらなくゾクゾクする。


 もうしばらくこのままお義姉様の稽古を見ていようと隙間から覗き続けていると。


 「琴葉。少し話があるから、居間に来なさい。華子にも声をかけてるから」


 いつの間にかお父様が後ろに立っていて、居間に来るよう言われた。驚きすぎて言葉も出ない。


 「お、お父様……いたなら声をかけてよ」


 そう言うので精一杯だった。


 お父様が声をかけずに私に用事だけ伝えるのは珍しい。そういう時はだいたい大事な話をする時だ。不思議に思いながらもお父様の言葉に頷き、居間に行くことになった。


 お母様にも声をかけるってことは余程大事な話なのかしら。最近はそういうことがなかったので完全に油断していた。


 いったいどんな話をするのだろうとソワソワしながら居間で大人しく待つ。それにしても、お義姉様の稽古もう少し見ていたかったなぁ。


あんなにボロボロになっているんですもの。縁結びの儀まで持つかしら。


 心の中で稽古のことを思い出していると、お父様とお母様が居間に入ってくる。だけど、お義姉様の姿はなかった。


 「お前達に大事な話がある」


 お母様とお父様が座ると、いきなり本題に入るお父様。こんなに単刀直入に話を始めるなんてお父様らしくないわね。


 本当に大事な話なのかしら。


 「先程、皇帝様から手紙が届いた。その内容は、“縁結びの儀の中心人物を琴葉から紗和へ変更する”というものだった」


 「……え?今、なんて……?」


 お父様の言葉を聞いた瞬間、時が止まったような気がした。言われたことに理解が追いつかず、聞き返すので精一杯。


 お母様も同じように思ったらしく、目をこれでもかと見開いていた。お父様は神妙な面持ちで話を進める。


 「そのままの意味だ。皇帝様は、紗和の異能に気づき始めている。そのせいか、縁結びの儀では紗和を中心に動かせと命があった」


 聞き返した私の言葉に返事をすることも無く淡々と話をする。


 皇帝様がお義姉様の異能に気づき始めてる……?


 そんなこと有り得るの……?


 だけど、このことを皇帝様に話した人物には心当たりありすぎた。おそらく……いや、八割がた華月千隼だろう。


 何よりもお義姉様を大事にし、力を信じた人が身近にいるのだ。


 でも、なんでこのタイミングで?


 皇帝様にお義姉様の異能のことを華月千隼ならすぐに話すはず。だけど縁結びの儀直前になってのこの変更だ。


 皇帝様の考えを揺るがすなにかがあったのだろうか。


 「……それで?お父様はどう返事なさるの?もちろん、お義姉様ではなく私を推薦してくださるわよね?」


 いくら皇帝様から命令があったとしてもお父様は私を裏切るはずがない。


 今までだってお義姉様よりも私を優先してきた。


 「そうよ。今更そんな変更認められないわ。あなた、何とか琴葉をそのまま中心人物にできないの?」


 お母様も私の言葉に乗っかった。誰よりもお義姉様を嫌うお母様は、実の娘よりも目立つことが許せないのだろう。


 それは、私も同じ気持ちだった。


 「申し訳ない。皇帝様の命となれば、紗和を中心人物にしなければならない。じゃないと、八重桜家の名誉に傷がついてしまう。それに、私たち一家にどんな罰が与えられるか分からない」


 何を言っているの、お父様。


 なんでそこで私じゃなくお義姉様を選ぶの?


 申し訳ない、と頭を深々と下げるお父様を睨みつけた。今までお義姉様に取っていた態度はいったいどこに行ったのよ。


 私よりもお義姉様なんかを優先するつもり?


 そんなの、認めないわ。


 「お父様、正気!?なんで私よりもお義姉様を選ぶのよ!お義姉様なんかもうどうでもいいのよね!?だったらこのまま私を中心人物にと返事してよ!」


 だんだんと頭の中で整理が着いていき、気づいたらそう怒鳴っていた。


 お父様にここまで大きな声を出したのは始めてだった。それくらい、この選択は私に取って許せないものだった。


 「そうですよ!あなたも琴葉の味方ですよね!?私と琴葉を裏切るつもりですか!」


 お母様も興奮してきたのか、お父様に掴みかかろうとする勢いで迫る。鬼のような形相で睨むお母様は。とても恐ろしかった。


 私は私よりもお義姉様が選ばれたことに物凄く苛立ちを覚えた。私よりも幸せになる権利なんてお義姉様にはない。


 「裏切るとは言っていない。ただ、八重桜家の名誉の為だと今回は要件を呑んでくれないか?じゃないとお前たちまでどんな罰を与えられるか……」


 お母様に迫られてもお父様の意思は変わらなかった。


 結局お父様の大事なものは“八重桜家の名誉”。


 自分のことしか考えていなかった。何よりも、私とお母様を愛していると信じていたのに。


 お義姉様がいてもいなくても私たちは“仮面を被った家族”だったのね。


 「あなた!まだそんなことを言いますか!」


 私のことが第一優先のお母様の怒りは収まらない。


 収まるところか徐々に爆発していった。


 「……お母様。もういいよ」


 「琴葉……。でも、悔しくないの?あんな邪魔者に主役を奪われて……」


 掴みかかろうとするお母様を引き止め、宥めるように見つめる。すると、お母様は怒りで充血した目で、私にそう言った。


 「悔しくないわけ、ないじゃない。あんな異能しか取り柄のないお義姉様だもの。でも、お父様にはもう何を言っても無駄だと思うわ」


 私を選ばなかったこと、後悔させるくらい、お父様を強く、強く睨みつけた。本当は、悔しいという気持ちを通り越して惨めだと思っていた。


 どちらか二択に迫られて、結局いつもお義姉様が選ばれる。


 「すまない、琴葉。琴葉のことは心から愛しているよ」


 私に睨まれて嫌われていると捉えたのかそんな思ってもないような言葉を言われた。


 久しぶりに聞いたお父様からの“愛している”という言葉。その言葉を聞いた瞬間、ゾッと背中に寒気が走った。


 「……お父様に愛して欲しいなんて思ってないんだから!!」


なんだか気持ち悪くなって、気づいたらそう怒鳴っ ていた。もう同じ空気を吸うのも嫌になって、勢いよく立ち上がると部屋を飛び出す。


 お母様に呼ばれた気がするけど振り向かず部屋から出て行った。


 「……琴葉?」


 廊下を歩き、しばらくするとお義姉様の部屋の前で名前を呼ばれた。


 目の前にはボロボロの姿になったお義姉様が立っていて、私を心配そうに見ている。


 「何よ」


 「琴葉、大丈夫……?なんか大きな声聞こえたけど……」


 そのお義姉様を見てイライラが収まらない。私を心配そうに見ているお義姉様の方が私よりもボロボロで無様な格好なのに。


 なんで私なんかの心配ができるの?


 すべてはお義姉様のせいなんだから。家族が壊れたのも、私の人生が狂い始めたのも。


 「あんたには関係ないでしょ!?そんな目で見るな!鬱陶しい!」


 「きゃあ!!」


 イライラが最高潮に達した時。


 私は、お義姉様を殴っていた。


 パァン!


 という乾いた音が廊下に響き、バランスを崩したお義姉様はそのまま転がり落ちる。


 思いのほか力が強かったらしい。ジンジンと手のひらが熱く、痛かった。こんなことをしても私の心が満たされることなんてないとわかっているのに。


 どうしてもお義姉様の存在が許せなかった。


 「お前なんか、死ねばいいのに!なんで生きて、婚約して、幸せな生活送ってるのよ!自分の身の丈をわきまえなさいよ!」


 そのまま倒れ込むお義姉様に蹴りを入れる私。ああ、この感じ久しぶりだわ。


 鈍い音、お義姉様の悲鳴。


 婚約しても、やっぱり何も変わらないのね。少しは反論できるようになったと思ったけど最初だけだった。それ以外は前と変わらぬお義姉様。


 生きていて恥ずかしいと思わないのかしら。


 「……こと、は……。やめて……!」


 私の止まらぬ暴力に掠れた声で抵抗するけど、身体は動かない。されるがままのお義姉様はまるで人形のようだった。


 「琴葉!何をしてるんだ!やめなさい!」


 「いやぁ!お父様、なんで私を止めるの!」


 しばらくこのまま蹴っていたら、お父様が私を羽交い締めにして止めに入ってくる。


 それが不快で、気持ち悪くて。お父様の腕から抜け出そうと必死にもがいた。


 「やめなさいと言ってるんだ!お前、いくらなんでもやりすぎだ!」


 そんな私を見て、お父様は手を緩めたかと思えば私の頬を手のひらで叩く。


 「お、とうさま……?今、何を……」


 「いくら琴葉でも紗和に手を出すことは許さん!少しは反省しなさい!」


 はっと意識を戻した私は、痛む頬を抑えながらお父様を見る。お父様は私を睨むとお義姉様を庇うようにして、立ちはだかった。


 お父様のここまでの変わりように驚きを隠せなかった私。それは、後から来たお母様も同じだったようで。


 状況を上手く呑み込めていない様子だった。


 「お父様……?」


 静まり返った廊下にお義姉様の声が聞こえる。目を見開きながら、よろよろと立ち上がるその姿はみっともなかった。


 だけど、お父様はそんなお義姉様に寄り添い、優しく話しかける。


 「大丈夫か?無理はするな。琴葉にはよく言って聞かせるから……。それと、後で治癒能力で怪我を治してやるから、部屋に戻ってなさい」


 いつものお父様とはまるで別人だった。前のお父様なら、お義姉様のことなんて見向きもしなかったのに。


 今では腫れ物を扱うかのように、よそよそしかった。


 お父様のそんな変わりようにお義姉様も驚いたらしく、目を見開きながらその場を動こうとしない。私はその様子を見て、思い切り舌打ちをしてからその場を去った。


 もう、お父様は宛にできない。


 こうなったら、自分で自分の地位を守らなければ。裏切者のお父様なんか……。


 「大っ嫌い!」


 自分の部屋に着くなり、そう叫ぶ私。


 悔しいやら情けないやら訳の分からぬ感情に押しつぶされそうになって。その後は、声を押し殺しながら、部屋の中で泣きじゃくった。


 ***


 翌朝。


 泣きじゃくった目は思った以上に腫れ上がり、重たかった。鏡を見て、お化粧で隠そうとしたけどそれは無理だった。


 私は隠すことを諦めた。今日は女学校がある日だから登校しなければいけない。


 学校用の着物を身にまとい、荷物を持って部屋を出た。


 「琴葉。昨日は大丈夫だった?」


 そんな私を待ち構えていたのはお母様。心配そうに私を見ながら、そっと抱きしめる。


 久しぶりに感じたお母様の温もりに安心したけど。


 もう、私は誰も信じられなくなった。お母様もお父様みたいに裏切るんじゃないか。そういう思いが拭えなかった。


 「大丈夫よ。女学校に行ってくるわ」


 心の声を諭されないように笑顔を貼り付け、お母様を見る。正直、お母様といるのでさえも苦痛で仕方なかった。


 早くこの家から出たくて、顔を逸らすように足早に玄関に向かう。これからどうしようかしら。そんなことを考えながら、女学校での一日を終えていた。


 あっという間に今日の授業は終わり、家に帰る時間になる。私は家に帰りたくなくて友達に声をかけた。だけど皆用事やお稽古があって、なかなか予定が合わない。


 無理もない。


 ここに通う生徒はみんなどこかの名家の令嬢なのだから。みんなこれからのためにお稽古をしたり家の用事をすることが多いのだ。


 私はため息をつきながら、ひとり女学校を出る。


 特に用事はなかったが街へ出かけることにした。街は危ないからといつも両親と行くのだが今日は違う。


 ひとりで街を歩くのはなんだか新鮮で。


 色んなものに目がいってしまった。日が暮れるギリギリまでここにいよう。


 そう思いながらしばらく街をブラブラしていたら見覚えのある後ろ姿を見つけた。


 「……なんで、ここに?」


 私は反射的に物陰に身を隠し、その後ろ姿を見ていた。すると、何かを感じ取ったのかその人はキョロキョロと辺りを見渡す。


 その姿というのは、華月千隼だった。


 華月千隼は淡い着物を身にまとい、街を歩いていたのだ。


 しかもいつも一緒に連れている風神凪砂はいない。


 どうやらひとりで街に来ていたらしい。息を潜めながらそっと行方を見守りながら後ろを着いていく。


 この先のことなんて考えていなかったが、ここに来てチャンスが来たのでは?


 と思ってしまった。


 もう私は誰からも相手にされない。だったら自分できっかけを作ればいい。こんな近くに華月千隼がいるんだもの。


 こんな好機を逃さないわけがない。


 お義姉様のことを聞かれるかもしれないけどきっとどうにかなるわ。


 そこまで考えた私は少し早く歩き、華月千隼に追いつこうと必死になる。男の人ってなんでこんなに足が早いのかしら。


 などと心の中で呟いていると……。


 ードンッ!


 誰かにぶつかってしまった。


 「……いったぁ……。どこ見て歩いてんのよ!しっかり前を見なさいよね……」


 ジンジンと痛む鼻を抑えながら顔を上げる。だけどその瞬間、息を呑んだ。


 だって、そこに居たのは……。


 「こ、皇帝様……!?」


 ここにいるはずのない皇帝様だった。


 目の前にいたのは華月千隼のはずじゃなかった……?


 なんでここにいるの?


 これ、幻覚……?


 訳の分からぬ状況に頭の中は大混乱。皇帝様は私を見下すように睨みつけている。一言も話さず、圧が一気に降りかかった。


 幻覚を疑った私は辺りを見渡したが、周りの人は皆跪き、頭を垂れている。


 どうやら目の前にいる人は本物の皇帝様らしい。この場の空気が一気に凍りついた。


 「……貴様、私にいったいなんの用だね?」


 明らかに怒っている皇帝様の声。その声を聞いてはっと意識を取り戻す私。


 急いで周りの人たちと同じように跪いた。


 だけど緊張と恐怖で心は支配され、思うように身体は動かない。ガタガタと身体を震わせていると。


 「皇帝様。こちらにいらっしゃいましたか。勝手にどっか行かないでくださいよ」


 奥の方から1人の男性が走りよって皇帝様に話しかけた。皇帝様にこんな風に話しかけられる人は限りなく少数に近い。


 「済まないな。ちと気になることがあって」


 「だとしてもですよ。私から離れないでください」


 申し訳なさそうに謝る皇帝様を見ると余程相手は気心知れた者なのだろう。


 恐怖に逆らってそっと顔を上げると。その話しかけた人物は、華月千隼だった。


 「華月、千隼……なんで」


 驚きすぎて思わず名前を口に出す。はっとした時はもう遅くて華月千隼は私を睨んだ。


 すると私を見つけた華月千隼の表情はみるみるうちに変わり、鬼のような形相になっていった。


 「お前……。なんでここにいる!紗和はどこにいる!」


 私を無理やり立ち上がらせると胸ぐらを掴み、吐き出すように怒鳴る。


 その剣幕に一瞬ひるんだけど、あまりにも必死なその形相に思わず笑ってしまった。


 「何を笑っているんだ!紗和を返せ!」


 何も抵抗しない私にさらに腹が立ったのか手を振り下ろし、殴ろうとする華月千隼。


 ああ、お義姉様のためになんでそんなに必死になれるのかしら。お義姉様より私を選んだ方が絶対にいいはずなのに。


 「……千隼。やめなさい。女性に手を出してはいけないよ」


 殴られる、と目を瞑ったけど一向に痛みは来なかった。変わりに皇帝様の優しい声が聞こえ、そっと目を開ける。


 皇帝様が華月千隼の腕を掴み、殴るのを阻止していた。


 「皇帝様。申し訳ありません。ですが……私の腹の虫が収まらないのです」


 皇帝様に止められ、さすがに殴れないと思ったのか腕を下ろす。そして私の胸ぐらを掴んでいた手も離した。その瞬間自由になる身体。


 このまま逃げてしまおうかと思ったけどそれだけじゃ負け犬のような気がして、なんだか嫌で。


 皇帝様の目の前にいるとわかっていても気持ちは抑えきれなかった。


 「華月千隼。お義姉様はもうあなたの家に戻りたくないと仰っているわよ」


 「……何?」


 抑えきれない笑みとともに吐き出された言葉を聞いて反応する華月千隼。その様子がとても面白くて、笑いを堪えるのに必死になった。


 お義姉様は実際はそんなこと言っては無いのだけど、戻りたいといったこともない。


 だから私は、2人の仲を引き裂くことにした。


 大事だと思っていた婚約者に捨てられるのなんて一体どういう気持ちなのかしら。


 「あなたの愛に縛られるのが嫌、愛されたくないと嘆いていたわ。これでも、お義姉様のことを信じるおつもり?」


 「そんなこと、紗和が言うはずないだろう!?お前、いい加減にしろよ!」


 私の言葉を信じるつもりのない華月千隼。余程お義姉様のことが好きなのだろうか。


 もっと言ってやりたい。


 もっと二人の仲を邪魔したい。


 お義姉様が幸せになる権利なんてないんだから。


 これくらいのことは許してくれるでしょう?


 「それと……」


 「八重桜琴葉。これ以上なにか言うのはやめなさい」


 もっと言ってやろうと口を開いたけど、それを皇帝様に止められた。


 その瞬間、口が開かなくなり、まるでくちびるがくっついているような感覚になった。皇帝様は私を抑えると同時に華月千隼も宥めていて、大事にならないように配慮している。


 「八重桜琴葉。お前には失望した。今度の縁結びの儀を八重桜家にお願いしていた私が馬鹿だったな。……縁結びの儀の依頼を取りやめる。それと、八重桜紗和を速やかに解放しなさい。これは私の命令だ」


 「……」


 何も話せず黙りこくっているとたんたんと話す皇帝様。表情は何を考えているか分からないものだったが、言葉の節々から怒りを感じ取れた。相当怒っているのだろう。


 私は、やり過ぎた……と思い、その場で崩れ落ちる。


 お父様がこれを知ったら、私に何をするか分からない。縁結びの儀にすべてを捧げていたお父様。


 下手したらお義姉様と同じように扱われるかもしれない。


 「千隼、行くぞ」


 「……承知しました」


 崩れ落ちる私を見下すと、皇帝様は華月千隼を引っ張りながらその場を後にする。


 華月千隼はまだなにか言いたそうな顔だったが、皇帝様の後ろをついて行った。


 その場に取り残された私。周りの者は皆軽蔑したような目で私を見ている。


 何やらヒソヒソと話す声も聞こえてきて、ゾッと背中に寒気が走った。時間が戻ったように、周りの人は歩きだし、街に活気が戻りつつある。


 皇帝様が少し前までここにいたなんて信じられない程街は穏やかな時間が流れていて。楽しそうに買い物をしていた。


 だけど……私は、未だ動けず、周りの流れに逆らうようにその場に留まり続けた。


 ……華月千隼。


 皇帝様。


 なんで、みんな私のことをぞんざいに扱うのだろう。なんでみんなお義姉様に持っていかれるのだろうか。


 私なんかよりも、お義姉様に幸せになる権利があるというの?


 そんなの、おかしいわ。


 「……お義姉様、許さない」


 しばらくして自由になった口で言い放った言葉は、憎しみ、怒りで溢れていた。


 私が欲しいと思ったものは何故かお義姉様が全部持っていく。そんなお義姉様を許せるはずもなく。私はゆっくりと立ち上がり、道の奥を睨みつけた。


 ***


 「……お前はいったい何をやっているんだ!馬鹿娘!」


 ーバシンっ!


 部屋に響くのは、お父様の怒鳴り声と平手打ちされた、乾いた音。


 お父様と2人きりの居間はとても広く感じて、寂しかった。私は勢いに負け、あっさりとその場で転がり落ちる。


 家に帰るなり鬼のような形相のお父様が玄関に待ちわびていた。早速皇帝様はお父様に手紙を出し、側近に届けさせたと言う。


 それを知ったお父様が私を無理やり居間へ連れ込み、殴られたというのだ。


 お父様に殴られたのは生まれて初めてで。ヒリヒリと頬が痛かった。だけど動揺とかは一切なくて。


 むしろこの状況を冷静に受け止めている自分がいた。


 「なんで皇帝様に歯向かうような言い方をした!しかも華月様にまで何か言ったそうだな?お前は私一番の娘だと思っていたのに、失望した!」


 興奮が収まらぬお父様。


 私はその怒鳴り声を聴きながら呆然としていた。もう何もかもどうでもいい。


お父様は、いつも私の味方だったけど、皇帝様から手紙を貰った瞬間この有り様。やはりお父様は私のことを愛していなかったのね。


 お父様にとっての大事なものは“八重桜家の名誉”。


 そのためなら私のことを殴ったりもするんだから。所詮人間は欲望の固まり。


 もう、何も期待しないでいけばいいのかしら……。


 「……お父様、何をしているの?」


 お父様に殴られていると、いつの間にか襖が開いていて、そこからお義姉様が見えた。


 お義姉様は私の姿を見ると引きつったような表情をして、お父様を見る。


 「さ、紗和……なんでここにいる。紗和には関係ないから、部屋に戻りなさい」


 先程までの怒鳴り声はどこへ行ったのか、お義姉様を見ると優しい声色で話すお父様。その変わりように吐き気がして。気持ち悪くて仕方なかった。


 ……これは。


 まるで昔の立場とは真逆じゃないか。昔のお義姉様が受けていた事を私が今受けている。


 「関係なくないわ!琴葉……大丈夫!?」


 焦るお父様を他所にお義姉様は慌てて私の方へと駆けつける。なんで私の事を助けるの。


 いつもお父様と一緒に私は、お義姉様を“いじめ”ていたのよ?


 なのに、なんで。


 「大丈夫よ!触らないで!」


 お義姉様が来たことに混乱してしまい、思わず手を振り払ってしまう。


 「……大丈夫。怖かったね……ごめんね」


 そんな私を宥めるように抱きつくお義姉様。一瞬の出来事すぎて振り払うことは出来なかった。されるがままに、抱きしめられていた私。


 何が起こったのか理解出来なかった。


 「……紗和?お前、何してんだ」


 「お父様こそ、何してるんですか!私にならともかく、琴葉に手を上げる何て信じられません!」


 予想外の行動にお父様もあたふたしていた。


 お義姉様はきっと睨むと、お父様にそう怒鳴りつける。お義姉様の怒鳴り声を聞いたのなんて初めてだったから、驚いてしまった。


 こんなにも大きな声が出せたなんて。


 「そいつは私を裏切るような事をしたから、罰を与えてやっているだけだ!いいからそこをどきなさい!」


 そんなお義姉様に驚きながらも威嚇を止めないお父 様。


 「嫌です!私の大事な家族に手を出すなんて私が許しません!」


 そんなお父様に負けずに叫ぶお義姉様。お義姉様の言葉を聞いた瞬間、訳の分からない感情が溢れ出し、自然と涙がこぼれ落ちた。


 なんで泣いているの。


 気づいた時にはボロボロと涙を流していて。お義姉様の腕の中で震えていた。


 泣いている私を落ち着かせるように何度も背中を優しく撫でてくれるその小さな手は。


 とても、暖かかった。


 「……ちっ。琴葉!もうお前に期待なんかしないからな」


 意地でも動こうとしないお義姉様に観念したのか思い切り舌打ちすると、そう吐き捨て、部屋から出て行った。


 その後も泣き続ける私は、何かが吹っ切れたようにお義姉様の背中に腕を伸ばした。優しい温もりを求めて、すがって。今までの私の人生は馬鹿みたいだなと思った。


 「大丈夫、大丈夫」


 私が泣き止むまで、お義姉様は私の背中をさすり続けた。

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