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第7話 「欲しいモノ」

《琴葉side》


 お義姉様が華月家に引き取られてから数ヶ月がたった。


 その間、お父様は八重桜神社の依頼を受けることはしないで、何やら別の準備に忙しく回っていた。


 私はというと、この間の作戦が失敗して以来華月家には足を運んでいない。だから、今お義姉様がどう過ごしているかは噂程度にしか知らなかった。


 「……はぁ。私、何をしてるのかしら」


 部屋の中で1人、ぼうっとしながらつぶやく。あれから特に何か大きなことが起こるという訳でもなく平穏に日常は過ぎ去っていく。


 お母様もお父様の業務を手伝っているみたいで私のことはほったらかし。


 最近は女学校に行く気もなくなって休みがちになってしまった。


 お義姉様がいなくなって清々したはずなのに心の中はぽっかりと穴が空いたように感じて。急に何をしたらいいのか分からなくなった。


 「……琴葉。少し話があるから、居間に来なさい」


 ぼうっとしながら寝転んでいると突然お父様が扉越しに言った。私は驚いて襖を開ける。


 「話?いったいなんのことかしら?」


 「……お前の今後に関わる、大事な話だ。いいから、黙って来なさい」


 襖を開けると疲れきったような表情をしたお父様が立っていた。


 なんの話しか分からず聞いただけなのに冷たく返されてしまった。その反応に若干イラつきながらも大人しく後ろを着いていく。


 お父様もお母様も、すっかり変わってしまった。


 前は私のことを第一優先で考えて行動してくれていたのに。今では自分のことで精一杯、と言わんばかりに動いている。


 なんだか少し小さくなったお父様の背中を見ながらため息をついた。


 「座りなさい。華子が来るまで、少し待ってなさい」


 居間につき、用意されていた座布団の上に座る。お母様はまだ来ていないみたいで、お父様が呼びに言った。


 その間もそわそわと落ち着かなくて。


 なんだかもうどうでも良くなっていた。


 しばらくするとお母様を連れて、お父様が戻ってくる。私の隣にお母様が座ったのを見届けると、お父様は私たちと向き合う。


 「お前たち、“縁結びの儀”という行事を知っているか?」


 「……縁結びの儀……?って、昔皇帝様の未来を結んだ……?」


 向き合うと同時に“縁結びの儀”に着いて話し始めた。急になんの話しだろうと思ったが昔、一度だけお父様から話し始めた聞いたことがあった。


 それがいったいなんだと言うんだろう。


 「そうだ。その縁結びの儀が今度帝都内で執り行われることになったそうだ。今の皇帝様のご子息は齢15。そろそろ本格的に未来の花嫁を探し出そうとなったらしい」


 ……お父様はさっきからなんの話をしているのだろう。


 縁結びの儀が執り行われることになった?


 その事がウチとなんの関係があるんだろう。話にあまり集中出来ず、右から左へ声が抜けていく。


 だけど次の言葉を聞いて、私の叫び声が居間に響いた。


 「そこでだ。この間、皇帝様から直々に手紙が届いて、その儀式を……八重桜神社で仕切ることになった」


 「はぁぁぁ!?八重桜神社で仕切る!?」


 自分でも驚くくらい、部屋に響き渡る声。


 お母様もその様子に驚いたようで、私の顔を見ていた。


 「待ってよ!お父様、私に縁結びの異能がないことは知ってるわよね!?お義姉様がいなくて、その儀式をどう仕切るというの!?もし失敗したら皇帝様から殺されるのは私なのよ!?」


 早口でまくし立てた。


 自分には異能がないことは十分分かりきっている。


 それはお父様も知っているはずなのに、どうしてそういう話になったのか分からない。


 「まぁ、落ち着きなさい。実はこの前紗和を返してもらえるよう手紙を出した。まだ返事はないが、儀式の前には取り戻すように八重桜で動いている。今この神社は経営が傾いている。それを阻止するため、なんとしてでもこの儀式を成功させたい」


 真剣に話すお父様。


 この話を聞いて、お父様は本当に自分のことしか考えていないんだと思ってしまった。


 私に向けられた眼差しも、期待も全て自分の神社と名誉のため。お義姉様がいなくなってから薄々感じていた。


 でも考えないようにすればするほどそう思えてきて。


 今頃お義姉様がここにいれば……前の生活を守れていたのに。そう思ってしまった。


 隣に座るお母様は黙り込んだまま一言も話さない。


 お義姉様がいなくなってから、目に見えるほど我が家は変わってしまった。


 「……どういう風にお義姉様を取り戻すの?あの華月家に容易に近づくのは無理な話よ?」


 私はお父様と向き直り、そう尋ねた。正直お義姉様がいないと成り立たない儀式に参加するのは癪だけど、私の名誉と株が上がるのなら悪い話じゃない。


 最近は面白いことが何も無かったのでこの話に乗ってみることにした。


 「それは十分承知している。……なんだ、この話に乗ってくれるのか?」


 「ええ。最近何も面白いことがなくてつまらなかったもの。お義姉様をあの華月家から奪い取れるなら、取り返したいものだわ」


 私の言葉に顔を上げるお父様。


 私が食いつくと思っていなかったのか驚いていた。お母様も同じで、目を見開いている。


 こうなったらとことんこの状況を楽しんで見せようじゃないの。お義姉様の苦しむ姿が見れるならなんだってするわ。


 私を差し置いて婚約だなんて……生意気なのよ。


 「そうか。琴葉が乗ってくれるなら話が早い。今度作戦をお前に話そう。しばらくの間は八重桜神社は閉める。後数ヶ月したら、その儀式がやってくるから、よろしく頼む」


 「わかったわ」


 話がまとまり、お父様は満足そうに笑った。驚いていたお母様もほっとしたように胸をなでおろしていた。


 ……さて。


 これからお義姉様をどうやって取り戻すのか見ものだわ。どんな作戦を練ってくるのかしら。その日は久しぶりにわくわくした。


 ***


 翌日。


 私は、お出かけ用の着物を身にまとい、街を歩いていた。ここはお義姉様と華月千隼が住んでいるところから一番近い街。


 ついこの前もふたりがこの街を歩いていたと目撃情報もあった。


 前、私は華月家の周りを散策した。


 あの時は華月家の人間に見つかり、追い返されてしまったけど今日は違う。


 お父様の“秘策”も用意されている。私は迷わず華月家まで歩き、家周辺を歩き回る。


 「……さぁ、今回はいったいどんな反応を見せてくれるのか、楽しみだわ」


 こんなに楽しいと思ったことはない。この前私を追い返した人を嵌めてみせる。


 「……またあなたですか。ここに来るということは余程暇人だということで間違いないですか?」


 華月家の周りを歩いていると、何周目かの時に嫌味たっぷりな声が聞こえた。


 ……来たわね。


 そう思いながらニヤリと笑う。


 「あら、あなたはこの前の。いつも姉がお世話になっております」


 にやけ顔を何とか抑えながら振り向く。


 すると目の前にはやはりこの前私を追い返した人間がいた。名前は確か風神凪砂。華月家の執事兼側近。彼はため息をつきながら私に近づく。


 2度目の顔合わせになるけど私のことは嫌いらしい。


 「今度はいったいなんの用です?千隼様と紗和様なら今は外出していらっしゃいませんが」


 「用という程でもないけど……この前のことを謝りたくてここに来たのよ。この間はごめんなさい。出すぎた真似をしてしまったわ」


 一応私はお義姉様の妹。


 家族が来てるのだから無視はできないらしい。仕方なしに私に用事を聞いて来た。私は、ここぞとばかりに頭を下げ、この前のことを謝る。


 それと同時に目の前の風神凪砂にグッと近づく。


 「いったいなんの風の吹き回しでしょう?こちらは何も思っていないのでお引き取り願います。今後、二度とこのようなことがないように……」


 私が近づくと素早くそれを避けようとする。だけど私はそれを逃がすまいと左手を握った。


 その行動に一瞬息をのみ驚く風神。


 私は、そのまま力を入れて握りしめた。


 「あ、あの……今度、私とお茶でもいかがですか?私……貴方のこと、運命の人だと思って……ずっと、忘れることが出来なかったんです」


 顔を上げて上目遣い。


 お父様から言われた通りの“シナリオ”を演じる。私の行動に戸惑う風神凪砂。


 さぁ、もう私から逃げられない。


 「は?何を……」


 「お願いします。一度だけでいいんです。どうか私とお茶をしてくれませんか?なんなら、今お時間あれば今からでも構いません」


必死に懇願するように私は詰め寄った。これで合っ てるのかしら……と若干不安になりながら演技を続ける。


 お父様の用意したシナリオは私から程遠いものだったので少しめんどくさいと思っていた。だが、意外と効いているらしく、風神凪砂の目は泳ぎまくっていた。


 「……い、今はちょっと……。離してください」


 さらに詰め寄る私に我慢の限界を感じたのか力を振り絞って振りほどこうとしてくる。


 だけど私が耐えられるほど力は弱く、少し驚いた。


 お父様がかけてくれた異能の力ってほんと凄いのね。なんて思いながら風神凪砂とやり取りしていると。


 「……こと、は……?なんでここに……」


 後ろからドサッという音ともに聞き覚えのある声が聞こえた。そっと後ろを向くと、そこにはお義姉様と華月千隼が立っていた。お義姉様は私を見るなり顔を引き攣らせ、後ずさっている。


 「おい、凪砂。いったいこれはどういうことだ?お前、なぜその娘と手を繋いでいる?」


 華月千隼はそんなお義姉様の前に立ちはだかると今度は風神凪砂に詰め寄る。眉間にシワがよっていて明らかに怒りを顔に出していた。


 そんな華月千隼を見て風神凪砂は困惑する。


 「これは誤解です!この娘、突然ここに来ては私から離れなくて……。力を入れてもビクともしなくて」


 「あらあら、お義姉様。お久しぶりですね。すっかりここの若奥様気取りでやってるみたいね」


 一生懸命弁明しようとする風神凪砂を遮り、彼を引きずりながら私はお義姉様に近づく。


 「お前、なんでここにいる?先日来た手紙の返事ならもう送った。ここに用は無いはずだ。目障りだからとっとと帰れ」


 近づく私に警戒心上がりまくりの華月千隼。両手を前に突き出し、近づくのを制している。


 ……と思ったのも束の間。


 強い光が洗われ、それと同時に私も一緒に包み込まれる。


 そしてぱんっ!という軽い音が響いたと思ったら、周りの景色が変わっていく。


 ……なるほど。


 これが華月千隼の最強の異能……“超強運”。自分の祈りは必ず叶い、人を操るのも簡単にできる異能。


 だけど今回は違う。


 今まで簡単にやられていた私だったけど、今回は……お父様の異能の力があるから。


 私はグッとその場で力を入れ、光が無くなるのを待った。


 「……は?なぜ、まだここにいる」


やがて光がなくなり、私が見えると。


 その光景を見て華月千隼は信じられないという表情をしていた。隣にいる風神凪砂もそうだったようで、ここから微動だにしていなかった。


 「さすが華月家の異能。お父様の力でも吹き飛ばされそうになったわ」


 彼の力を感じて面白くなってきた。異能に恵まれなかったからこそこの状況を楽しもうじゃないの。


 お義姉様……あんたのせいで私の人生めちゃくちゃよ。なんでなんの取り柄もないお義姉様に異能があって、私には何も無いの。


 私にとって目障りなやつは、一生奴隷のように働けばいいのよ。


 「おい、凪砂!いい加減そいつから離れろ!」


 「離れようとしています!ですがなんかの力で押さえつけられていてビクともしないんです!千隼様、私の事よりも紗和様をお守りください!」


 いつまでたってもここに残る私を見て、イラつきが止まらないのか風神凪砂に詰め寄った。


 そんな華月千隼を止めようとお義姉様の方に視線を向ける。


 「旦那様、落ち着いてください!私は大丈夫なので……風神さんを琴葉から離してください」


 何かを感じたのかお義姉様は華月千隼から少し離れた。それを見た後、私はニヤリとほくそ笑む。


 この瞬間を待っていたのよ。


 やっとチャンスが訪れた。


 「きゃあああ!」


 「紗和、どうした!」


 華月千隼と離れた一瞬の出来事だった。


 お義姉様の悲鳴が聞こえ、バタバタと大きな音がしたと思ったら大柄な男たちがお義姉様を取り囲む。そのことに華月千隼と風神凪砂は気づいたが時すでに遅し。


 お義姉様は攫われるようにして用意されていた車に連れ込まれていた。それを見届けた私は素早く風神凪砂から離れると後ろに乗り込む。


 「紗和、紗和!おい、どけろぉ!」


 いきなりお義姉様が攫われて驚く暇もない華月千隼は力づくで車の扉を開けようとする。


 ……本当に作戦通りいったわ。


 お父様、やるじゃないの。


 乱暴に連れ込まれたお義姉様を見ながらこの状況を楽しむ私。お義姉様は薬をかがされて、眠っているようだった。


 動くこともせず、ただ椅子に寝転ぶその姿はなんだかとても無様で面白くて。


 「……私を刺し抜いた罰よ」


 高価な着物を身にまとったお義姉様に向かって吐き捨てたのだった。


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