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第4話 「大嫌いな人」

《琴葉side》


 小さい頃から、私はお姉様が大嫌いだった。


 異能を持っていて、家族からの愛を貰っていて。お父様も昔はお姉様のことを愛していたと聞いたことがある。


 一方、私はというと異能があるお父様を持ちながら、何も受け継ぐことは出来なかった。幼い頃から習い事をさせられ、ある程度のことはできるけど、お姉様みたいな力はなかった。


 かろうじて『縁結び』の異能を少し使えるが、未だ成果を上げたことは無い。


 お姉様の仕事をまるで私がやったと噂を流している。お父様は、お姉様のことよりも私のことを愛している。異能持ちの後継を迎えるために、そうしているのだろう。


 そして、いつか私を“八重桜神社の跡取り”として育て上げたいと思っていることは知っていた。


 「琴葉はなんでも出来て優しい子」


 「お前は自慢の娘だ」


 小さい頃から両親から言われ続けてきた言葉たち。私はお姉様とは違う。異能はあるけど、それ以外なんの取り柄もないお姉様と一緒になってはいけない。


 そう教えられてきたし、自分でもそう思っている。だってお姉様は……私の、“大嫌いな人”だから。


 異能なしの私じゃ、『縁結び』はまともに成り立たない。この家でしか過ごしたことの無いお姉様は、華月家で何日持つかしら。


 お姉様の泣きついた顔を想像しながらニヤリとほくそ笑む。お父様は相変わらず力が抜けたようになっているけど、お母様は私の言葉に表情を輝かせた。


 「……そう、そうよね。あの子はろくに花嫁修業をしたことないんですもの。きっと向こうでも“邪魔者”扱いとして追い出されるに決まっているわ」


 私と同じ考えをしたのだろう。楽しそうに話すお母様とをよそに、お父様はゆっくりと立ち上がり、ふらふらとした足取りで自室にこもった。


 ……何よ。


 お父様ったら、お姉様が居なくなったこと、そんなにショックだったのかしら。 


 いつも私と一緒にこき使っていたのに。何よ、今更。お父様の行動がよく分からなかった私は、怒りをつぶやく。


 だけど、後日。


 お父様がショックを受けていたことの理由を聞いて愕然とすることになる。


 ***


 「……え?お父様、どういうことかしら?」


 お姉様が居なくなった数日後。


 話があるとお父様とお母様に呼ばれ、ひとつの和室に通された。私はお姉様のことだろうと思いながら話を聞いていた……が、話が進むにつれ、そうでは無いことを知った。


 内容を上手く呑み込めず、聞き返す。


 「……だから、元々お前は皇帝様の息子の花嫁候補だったと話している。そして、その『縁結びの義』を琴葉に任せようという話をいただいていたのだ」


 あまりにも衝撃的な事実に言葉を失う。お父様が婿養子を欲しがっていたことを前から知っていた。だから、もし私が婚約するとなると婿養子を貰うことになるだろうと思っていたのに。


 そんな話があったなんて信じられなかった。それに『縁結びの義』を私に任せようとまで考えていたなんて。


 私に異能がないことはお父様はよく知っているはず。


 もしその事が皇帝様にバレてしまえば……私……いや、私たち八重桜家が危ない。お姉様がいればそれは別の話になるが、私だけとなると……。


 「お父様はいったい何を考えていらっしゃるの!?私にそんな大役を任せようだなんて。お姉様の異能がなければ私たち家族は大恥かいて終わるのよ!?」


 八重桜家の名誉のことを一番に考えるのに、こんなことをするなんてお父様じゃない。


 お姉様がいない今、いったいどうやって『縁結び』をするというのかしら。もちろん、この『縁結びの義』を成功させることが出来れば八重桜の名は全国に広まり、それなりの褒美が貰える。


 もしかしてその事だけを考えて引き受けようと……。


 「わかっている。だからまだ返事は渋っていた。話はまだ保留で、紗和の婚約と琴葉の婚約の話だけ進めていた」


 「まさか私を皇帝様の息子と……って考えてないでしょうね!?嫌よ、皇帝様のところに嫁ぐなんて!あんな堅苦しいとこは願い下げよ!」


 心の底から訳の分からない怒りが湧いてくる。言葉が溢れて止まらない。


 「琴葉、落ち着きなさい。まだ花嫁候補のことは了承していないの。第一、和樹さんはあなたの婿養子を欲しいと考えている。だから、あなたが皇帝様の所へ行くという確率は低いわ」


 興奮する私を宥めるお母様。お母様も詳しい話はよく知らなかったらしい。私と一緒に聴きながら、驚いていた。


 「華子の言う通りだ。お前のことをよそに行かすことはない。ただ……。『縁結びの義』を断ることは難しいだろう」


 お父様の言葉に力が抜けていく。


 なんだ……と思ったのも束の間。『縁結びの義』の話が出て、どうするのだろうと思った。


 「お姉様は……今いったいどうなさってるの?お姉様がここに帰ってくれば、『縁結びの義』は成功に終わるのではなくて?」


お 姉様の存在を急に思い出し、お父様に聞いてみた。八重桜神社の『巫女の舞』はお姉様といつも一緒に舞っていたから、お姉様がいても大丈夫なはず。


 そうすれば私はいい所だけ持っていける。


 「それが、まだ華月家と連絡がつかず、どうなっているのか分からない。ただ、この間帝都に近い街でふたりが出かけていたという噂は耳にした。もしかしたら……上手くやっているのかもしれん」


 私の問に神妙な面持ちで話すお父様。その話を聞いて私の怒りは頂点に達した。


 ……なんで“邪魔者”のお姉様があの華月家で上手くやっているの。あんな綺麗な方を旦那様として受け入れるだなんて。


 私よりも先に婚約して旦那をとって。私よりも先に幸せになるなんて……許すことはできない。


 なんとしてでも、お姉様をここに引き戻す。そして、一生この八重桜神社のために働いてもらうわ。


 私の“引き立て役”としても活躍してもらわなくちゃ。


 「お父様。大丈夫よ。その『縁結びの義』までにお姉様を取り戻してみせるわ。その話、受け入れてちょうだい。いざとなったら、お姉様を使うから」


 この『縁結びの義』はお父様も断りたくない仕事なのだろう。我が家は神社を営んでいるが今やお客様がほとんど来ない。


 この『縁結びの義』も10数年に1度の行事なので、断ると痛いのだろう。


 これが成功すれば八重桜家の名はまたうなぎ登りで、全国に知れ渡ることになる。ここはお姉様にしっかりと働いてもらわないと。


 「琴葉。本当にそんなことができるのか?もし失敗したら……」


 「大丈夫よ。失敗なんてしない。私は、あのお姉様よりも上なの。お姉様が先に幸せになるなんて許せないんだから」


 あまりにも自信たっぷりにいう私に心配そうな表情を見せるお父様とお母様。まだどうするかは考えていないけど、あのお姉様の事だ。


 少し強引なやり方でここに戻ってきてもらうことにしましょう。そして二度と華月家の敷居を股がせない。


 ……私の召使いとして一生こき使ってやるわ。


 「……和樹さん。ここは、琴葉に任せてみましょう。『縁結びの義』まで少し時間はあるのよね?それまで何とか時間を稼いでください。私も琴葉に協力するわ」


 私の自信満々な言葉に納得したのかお母様は賛成してくれた。私にはとことん甘いふたりは、何をしても認めてくれる。2人からの愛はいつも独り占めだった。


 「……わかった。皇帝様にその行事のことを承諾したと手紙を送ろう。琴葉、この家の事に関わることだ。頼んだぞ。何か必要なものがあればいつでも言いなさい」


 お母様に促されたお父様は、深いため息をつきながら頷いた。


 「ありがとう、お父様。お母様。きっとお姉様を取り戻して、『縁結びの義』を成功させて見せるわ」


 2人に抱きつきながら、そう言った。本当はお姉様が私の“引き立て役”になり成功の名をあげなくてはいけない。


 それなのに、この私の前からいなくなるなんて許せない。心の中ではそう強く思っていた。


 ***


 「……ふーん。華月家もなかなか立派なところに住んでいるものね」


 数日後。


 私は、とある家の周りを散策していた。その家の持ち主は『華月家』だった。


 お姉様と華月千隼様が住んでいるところ。


 なんでこんなところに来ているかというと、私はひとつの作戦を試してみることにしていたからだ。お姉様は数日たった今でも帰ってくる気配はない。


 むしろ華月家で良いように扱われ、花嫁として迎えられたらしい。


 お姉様の旦那様に当たる千隼というお方は、お姉様にベタ惚れなのだとか。そんな話を華月家で働く友人から聞いた。


 女学校に通う友達の中に幸運にも華月家で働く人がいた。私が聞いたことを割とすんなり話してくれて。楽々と情報を仕入れることができたのだ。


 「もしかして結界を張っているのかしら?少し息苦しいわ」


 家の周りを歩いていると、少し息苦しいことに気づく。華月家は異能持ちの優秀な家系。あやかしを相手に闘うこともあるから、警戒しているのかもしれない。


 異能があまりない私でもわかるくらいその結界は強く張り巡らされていた。


 「……すみません。あなたはどちら様でしょう?」


 「きゃあ!」


 家の周りをぐるっと一周し終えた時。不意に肩を叩かれ、聞いた事のない声に呼び止められた。


 思わず悲鳴を上げてしまったが、これはチャンスだと思った。


 「いきなり声をかけてしまい申し訳ございません。ですが、不審な人物がいると目撃情報がありました。あなた、名前はなんて言うのですか?」


 ゆっくり後ろを振り向くと、たんたんと彼は話した。


 もしかしてこの人……千隼様の側近かしら。名前は確か……風神凪砂。茶色い髪の毛を腰まで伸ばした男の人。友達から聞いた通りの見た目ね。目の前の男の声を聴きながら頭の中では冷静に情報を処理していた。


 この人に自分の名前を名乗ったら、きっと千隼様に言いつけられるわね。それだけは阻止しないと。


 「も、申し訳ございません。ちょっと道に迷ってしまって。もしお時間あれば、ご案内してもらうことは可能でしょうか?」


 名前のところを綺麗に聞かなかったことにして、とぼけて見せた。少しこの人の情報を探りたい。そう思った私は、道案内してもらいながら話を聞き出そうとした。


 「……すみません。私、これから仕事がありまして。行きたい場所を言っていただければそちらまでの道をご案内します」


 ……断られた?


 私からのお誘いを断ったの……?


 あまりにもあっさりとお誘いを断られてしまった私は、その場で固まる。


 嘘でしょう……?


 今まで、私がお誘いした男の人はみんな乗ってきたのに。断ることなんて一切なかったのに。なんで、断るの。


 ……許せない。


 「いや、その……ここら辺、よく分からなくて。道を聞いただけじゃわかんないんです」


 私はそっと風神という男に近づき、上目遣いで話す。この技を使えばどんな男でもきっと私に惚れる。その経験として、今までこれで断られたことはなかった。


 「……じゃあ、強制送還でもいたしましょうか?私、しつこい女性は苦手で、嫌いなのです」


 そんな私をものともせず、ニヤリとほくそ笑みながらそんなことを言った。その意味がよく分からなくて数秒、頭の中が混乱する。


 情報が上手く入っていかなくて。


 『しつこいぞ、八重桜琴葉。とっとと消えろ』


 情報処理をしていると、ふと頭の中に別の男の声が聞こえて。はっと顔を上げた。


 ……だけど。


 「きゃあああ!」


 「もう二度と来ないでください」


 顔を上げた瞬間、目の前が風で吹き荒れ、視界が悪くなる。風神という男は煽るようにそう言っていた。


 あまりの強風に目を瞑っているといつの間にか風はやんで、気づいたら自分の家の玄関にいた。


 「……あら、琴葉。おかえりなさい。もう用事は済んだの?」


 戸惑う私を見つけたのはお母様だった。戸惑う私を見ながら、お母様は首を傾げながら尋ねる。用事があるから、と言って出かけたのは確か数十分前のこと。


 あまりにも早い帰りに驚いているのだろう。私は1度出かけると少なくとも半日は帰ってこない。1日遊ぶなんてしょっちゅうあること。


 そう考えると、お母様が不思議に思うのは必然的になる。


 「た、ただいま」


 あの一瞬でいったい何が起こったのかよく分からないまま私は家に上がり、自室にこもる。


 ついさっきの出来事が信じられない。


 なんで私は、華月家から自分の家に戻っていたのかしら?


 それに……あの頭の中で聞いた声はいったい誰なの?


 訳の分からないことが起こりすぎて、頭の中は整理しきれていなかった。


 「……風神凪砂。なかなか手強いわね」


 状況を整理しつつ、私はぼそっとつぶやく。おそらくあの家からは風神凪砂しか出てきていないはず。


 だったら、あの声は家の中から飛ばしているということ?


 ほかの異能家系じゃありえないことだけど、華月家なら有り得そうだ。なんたって華月家は『超強運』という異能を使える。これは自分の良い方向にことを動かし、勝利を導く異能。


 そのために、ほかの人の頭の中に自分の声を入れることも可能だと聞いたことがある。この異能は、超強力で場合によっては毒になるもの。異能の中では一番地位の高いものだ。


 だとしたら、あの頭の中に流れ込んだ声は華月千隼……。


 お姉様ではないし、風神凪砂でもないだろう。だとしたら、家の中にいた華月千隼の仕業だということになる。


 もしかして、私がいると見抜かれた……?


 自分のしたことが失敗に終わったことを悔やみながらその日は終わった。


 また新しい作戦を考えなければ……。


 お姉様は私が連れ戻すんだから……。


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